『キリの理容室』(講談社文庫)刊行記念対談! 上野歩×清中愛子 

文字数 2,732文字

夢追う熱血女子の姿を爽やかに描く、お仕事×青春小説『キリの理容室』(講談社文庫)。

その刊行を記念し、著者の上野歩さんと詩人でアーティストの清中愛子さんの豪華対談が実現!

作品のことから、お互いの創作活動についてまで盛沢山! ぜひご一読ください!

レディースシェービング



清中愛子(以下、清中)
 理容師を経験されたことがあるのかと思うくらい、すごくリアリティがありました。このお話を書かれるキッカケは、なにかあったのですか?


上野歩(以下、上野) ある財団が主催する表彰事業で、受賞企業に取材して原稿を書く仕事をしていたんです。その中で2店の理容室が受賞していました。1店の事業が「次世代のメンズトータルサロン」で、もう1店が「レディースシェービング」でした。両店とも、これまでの理容室のイメージをくつがえすもので、これはきわめて小説的じゃないかと。


清中 なるほど、大変興味深いです。 理容室は男性が行くもの、というイメージでした。今回、レディースシェービングがあるのを初めて知りました。普段は顔剃りしないのですが、私もやってみたくなり、自分で顔剃りしてみました(笑)。


上野 お、チャレンジャーですね。でも、プロのスタイリストさんに施術してもらうと、ぜんぜん違うんですよ。


清中 いつもは美容院でカットしてもらっています。小さい頃は、理容室でした。大人になってからは、一度だけ理容室に行ったことがあります。家族が散髪をする時に一緒に入ったんです。


上野 ステキなエピソードだな。主人公のキリが目指すのも、女性も男性も入れる理容室です。


清中 キリがお母さんの巻子から譲り受けた、本レザーにも興味を持ちました。


上野 現在のサロンのほとんどが替え刃式のレザーを使っています。意外だったのですが、一体型の本刃レザー(本レザー)のほうが肌に優しいそうなんです。それで、キリにはレディースシェービングにそれを用いてもらうことにしました。


清中 巻子の顔を、病室でキリがシェービングする場面は、本当に美しいと思いました。その場面のイメージが、映像のように今も心に残っています。


上野 そう言っていただいて、とても嬉しいです。

取材と詩作



清中 上野さんはさまざまな職業を取材されて作品を書かれています。取材はやはり、かなり綿密にされるのですか?


上野 僕の場合、取材によって書き上がる小説の命運が決まるという感じです(笑)。反面、取材は常に楽しいものでもあります。なにしろ、その道のプロフェッショナルから興味深い話が聞けるので。


清中 本当にリアルな描写が多くて、その道のプロでも思いつかないようなアイデアや未来が書かれてあるんじゃないかなと思いました。


上野 詩作をされる際には、取材のようなことをされるのでしょうか?


清中 私の場合は、自分がその職業に実際に就いてみたり、体験するというのが多いです。 体験、というのは、異分野の仕事の現場に少し参加させてもらうという感じです。


上野 自分が体験する! 詩を書くためにですか? 詩というのは、毎日の暮らしの中で、自然と浮かんでくるものというイメージでした。


清中 普段は自分の生活の中で書いています。 いろいろな場合がありますが、去年は、Tara Jambio Art Projectという活動の中で、海洋のマイクロプラスチックを調査する船に乗せてもらいました。調査に参加したり、科学者や技術者から話を聞く中で、詩を書きました。


上野 すんごいアクティブなんで、意外です。


清中 造船の仕事をしたこともあります。 それは生活のためでもありますが、実際に自分が現場を体験することで、詩を書きたいという気持ちがあります。


上野 お仕事詩人じゃないですか!!

キリを取り巻くキャラクター



清中 『キリの理容室』に登場するのは、みんな個性的なキャラクターでありながら、人間の複雑で多様な側面があり惹かれました。特に印象に残ったのは、ゴリノスの小西や、角刈り軍団になった商店街の店主たち、不動産屋のサチさんです。皆、脇役かもしれませんが、ユーモアがあり、物語になくてはならない素敵な存在だと思いました。作者である上野さんには、特に気に入っているキャラクターはいるのですか?


上野 偶然ですが、清中さんと同じくサチ不動産のサチ社長です。モデルがいて、住居をさがしていた時に入った不動産屋さんの女性社長が、そのまんまです。大柄で、毛皮のコートをまとっていて、高級セダン(ただし掃除が行き届いてない)を運転して、あちこち物件を見に連れて行ってくれました。この方も、存在がきわめて小説的だな、と。


清中 そうなんですね! 私もサチさんの人情深さに惹かれました。藤原家を出てみるとまだ車で待ってくれていたり、特に江の島の坂を登る途中で息切れしてしまったサチさんの姿が不思議と印象深いです。 帰りにキリが石段を下りると、やっぱりまた待ってくれていたり……。キリの周りには、キリを見守り応援してくれる素敵な大人が沢山いますね。


上野 そうした人たちの応援を受けて、キリは当初の目的とは違ったスタイリストになっていきます。


清中 過去の辛い経験や復讐したい思い。それが、仕事を通じて出会ったいろいろな人とのつながりの中で、自分の抱えるものや、周りの人の愛に気づいていく。キリの姿に何度も落涙させられました。そして読み終えた後に、不思議と、自分を取り巻く世界や身近な人たち、自分の人生への距離感のようなものが、いつもとは違って見えてくるようでした。

上野 歩(うえの・あゆむ)

1962年、東京都生まれ。専修大学文学部国文学科卒業。1994年に『恋人といっしょになるでしょう』で第7回小説すばる新人賞を受賞してデビュー。著書に『わたし、型屋の社長になります』『探偵太宰治』『就職先はネジ屋です』『市役所なのにココまでするの!?』『鋳物屋なんでもつくれます』『労働Gメンが来る!』などがある。


公式HP:上野亭かきあげ丼

清中愛子(きよなか・あいこ)

詩人、アーティスト。三田文学新人賞、坂手洋二奨励賞、永瀬清子現代詩賞、文芸思潮現代詩大賞を受賞。Canon写真新世紀第27回佳作入賞、中原中也賞最終候補ノミネート。さまざまな分野を横断していける詩作活動を目指している。


清中愛子Facebook

髪を切る。それは人を"幸せ"にする仕事。


人気の理容店を開き、自分と父を捨てた理容師の母を見返すため、専門学校を出た神野キリ。カットの技術を磨くため修行することになったのは、かつて母が勤めていたバーバーチーだった。しかし、髪を切るどころか、任されるのは雑用ばかりで……。


夢追う熱血女子の姿を爽やかに描く、お仕事青春小説の傑作!

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