伊坂幸太郎がまさか「あの」漫画誌で連載⁉

文字数 2,691文字

伊坂幸太郎 講談社文庫三作新装版 三ヵ月連続刊行の第2弾は、120万部の超ヒット作『モダンタイムス』『魔王』から50年後の世界を描いたこの作品は、伊坂幸太郎さんの作品の中でもいろんな意味で特異な位置をしめます。

作品がなぜ「特異」なのか?

書評家・大森 望さんの「新装版解説」を読むとわかります!

★圧巻! 木原未沙紀さんによる、伊坂幸太郎さん『モダンタイムス 新装版(上)(下)』のカバーイラストは、上下巻を交互に並べると、無限につながっています!★

(左より、上巻、下巻、上巻)

イラスト/木原未沙紀
『魔王 新装版』につづき、書評家・大森望さんによる新装版解説を掲載!


新装版への解説

大森 望(文芸評論家)


『魔王』につづいて新装版で刊行された『モダンタイムス』は、20年を超える伊坂幸太郎の作家歴の中でも特異な位置を占める。ひとつは、文庫本にして上下巻合計780ページの物量。著者がこれまでに書いてきた40冊あまりの小説の中で、いまなお最長を誇る。


 もうひとつは、週刊の漫画雑誌〈モーニング〉に連載されたこと。伊坂幸太郎にとっては、いまのところ唯一の漫画誌連載だし、〈モーニング〉にとっても、毎号、巻末に小説を載せて漫画作品と読者アンケートの人気投票を競わせるというのは史上初の試みだった。連載時には毎回、花沢健吾による挿画がつき、それらをすべて収録した分厚い特別版(Morning NOVELS版)の帯には〝「モーニング」発の初小説!〟と大書されている。著者にとっても〈モーニング〉にとっても、この連載は大きなチャレンジだったのである。


 連載は2007年の18号に始まり、2008年の26まで、全56回に及んだ。当時の〈モーニング〉は、小山宙哉の『宇宙兄弟』、綱本将也(原案)・ツジトモ(作画)の『GIANT KILLING』、一色まこと『ピアノの森』、よしながふみ『きのう何食べた?』などの人気作の連載が始まった頃で、世間的にも注目度が高く、40万部前後を発行していた。


 著者インタビューなどによれば、執筆にあたっては、二週間に一度、担当編集者と打ち合わせをしてその後の展開を決める漫画連載的な方法論を採用。引きや山場に毎回知恵を絞り、長編連載というよりも(四百字詰め原稿用紙にして)16枚の読み切りを56回にわたって書きつづけるような感覚だったという。ちなみに担当の佐渡島庸平氏(現・株式会社コルク代表)は、『バガボンド』(井上雄彦)、『ドラゴン桜』(三田紀房)、『宇宙兄弟』などを担当した辣腕の漫画編集者。文芸とは違う畑の編集者との出会いによって生じた化学反応がこの一大エンターテインメントに結実したのかもしれない。


 実際、本のページを開くと、まさに〝最初からクライマックス〟。主人公が椅子に縛りつけられて脅迫され、いまにも生爪を剝がされようという場面から始まる。しかも、冒頭の一行が強烈だ。


〈実家に忘れてきました。何を? 勇気を〉


 伊坂作品の書き出しと言えば、『重力ピエロ』の〈春が二階から落ちてきた〉があまりにも有名だが、それが有名になりすぎたせいなのかどうか、この時期の伊坂幸太郎は、なるべく自然な書き出しを目指していたらしい。たとえば『ゴールデンスランバー』の冒頭は〈樋口春子は、平野晶と蕎麦屋にいた〉と、いたってさりげない。しかし本作では、担当の佐渡島氏から、「今回は最初からガーンと行きましょう! 第1回は編集長も(原稿段階で)読むんですから」とネジを巻かれ、この〝イキった〟(著者談)書き出しをひねりだした。伊坂ファンは「よっ、待ってました!」と拍手喝采しただろうし、はじめて伊坂幸太郎の小説に触れた〈モーニング〉読者は、「勇気のない主人公が、謎の男に拘束され、『勇気はあるか?』と問いかけられ、拷問されそうになる」「しかも、謎の男を雇ったのは、浮気を疑う妻」という独特すぎるシチュエーションにいっぺんに心をつかまれたはずだ。


 大きなロックフェスに初めて出演したアイドルグループが、自分たちを知らない客の心をつかむために熱く盛り上がる曲だけでセットリストを組んで持ち時間を全力疾走するように、〈モーニング〉に初登場した伊坂幸太郎は、通りすがりの漫画読者の心をつかむため、持てるかぎりの小説技術と手練手管で56週の長丁場を完走した。しかも、「勇気はあるか?」という冒頭の質問は、小説の最後にもう一度くりかえされ、物語に鮮やかに幕を引く役割を果たしている。その点に着目すれば、この小説は、「勇気はあるか?」という質問に対するもうひとつの答えにたどりつくまでの長い道のりの物語だとも言える。


『モダンタイムス』の第三の特徴は、『魔王』の50年後の物語という体裁をとっていること。一部の人物が再登場するので、続編もしくは後日譚と呼ぶこともできる。『魔王』の出来事にこんなかたちで決着をつけるとは、さすが伊坂幸太郎。……しかし、この新装版の解説を書くために仙台の著者とZoomをつないで当時の話を聞いたとき、いちばんびっくりしたのは、『モダンタイムス』が『魔王』の後日譚になった経緯だった。


【以下、『モダンタイムス』後半のネタバレを含むので、続きは『モダンタイムス 新装版(下)』でお楽しみください】

恐妻家のシステムエンジニア渡辺拓海はあるサイトの仕様変更を引き継ぐ。

プログラムの一部は暗号化されていて、前任者は失踪中。
解析を進めていた後輩や上司を次々と不幸が襲う。
彼らは皆、ある特定のキーワードを同時に検索していたのだった。
『魔王』から五十年後の世界。
検索から始まる監視の行き着く先は──。

5年前の惨事──播磨崎中学校銃乱射事件。

奇跡の英雄・永嶋丈は、いまや国会議員として権力を手中にしていた。
もうひとつの検索ワードを追う渡辺拓海は安藤潤也にたどり着くが、
事件との繋がりを見出せないまま、追い詰められていく。
大きなシステムに覆われた社会で渡辺は自身の生き方を選び取れるのか。

伊坂幸太郎(いさか・こうたろう)

1971年千葉県生まれ。東北大学法学部卒業。2000年『オーデュボンの祈り』で第5回新潮ミステリー倶楽部賞を受賞しデビュー。04年『アヒルと鴨のコインロッカー』で第25回吉川英治文学新人賞、「死神の精度」で第57回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。08年『ゴールデンスランバー』で第5回本屋大賞と第21回山本周五郎賞、20年『逆ソクラテス』で第33回柴田錬三郎生を受賞する。近著に『クジラアタマの王様』『ペッパーズ・ゴースト』『マイクロスパイ・アンサンブル』などがある。

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