『with you』刊行記念!『リエゾン』ヨンチャン&竹村優作、特別対談!

文字数 5,483文字

ヤングケアラー。

最近、よく耳にする言葉です。

一般に、本来大人が担うと想定されている家事や家族の世話などを日常的に行っている子どものことをいいます。


『with you』は、そんなヤングケアラーの少女と受験生の物語。

夜のランニング中、中学三年生の悠人は公園のブランコに座っている少女・朱音と出会います。

受験を控え、自分の存在意義を見出せないでいた悠人は、何か事情を抱えていそうな朱音に惹かれていきます。

朱音が母の介護と妹の世話をしている「ヤングケアラー」だと知った悠人は、彼女のために何かしたいと思いはじめ──。

2021年度・夏の青少年読書感想文全国コンクールの課題図書に選定!


解説にかえて、児童精神科医を描き、累計90万部を超える大ヒットとなっている漫画『リエゾン』の作画と原作を担当しているヨンチャンさん(原作・漫画)と竹村優作さん(原作)に作品を読んで、対談していただきました!

対談 解説にかえて


ヨンチャン(原作・漫画)

竹村優作(原作)

「リエゾン─こどものこころ診療所─」モーニング公式サイト

https://morning.kodansha.co.jp/c/liaison.html


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ヨンチャン 「ヤングケアラー」というテーマを持った作品だったので少し気を引き締めて読み始めましたが、深刻になりすぎず、楽しく読み終えることができました。まず、活字の持つ魅力はすごいな、と感じました。

 中学生の主人公が走ったり、初日の出を見に行くシーン。活字だと動作ひとつひとつを表現しながら読者に細部を想像させるような楽しさがあって、うらやましいというか、ちょっと嫉妬したりしましたね。


竹村 漫画は心の声をなかなか出さない表現かも。小説だと、主人公の心の動きや、思っていることをストレートに文章で書けますよね。その辺りが描き方としての大きな違いであり、それぞれのいいところなのかなと思いました。

 自分が「小説ならでは」だと思ったのは、物語の中心人物が中学生同士ということです。


ヨンチャン ヤングケアラーの啓発動画や厚生労働省の資料だと、教師や福祉職の方など大人から見た子どもの切り口が多いので、『with you』(本書)のように子ども同士のやりとりの中からヤングケアラーの存在に気づいていくっていう切り口が、国発信の資料にはないですね。


竹村 そうですね。子どもが子ども以上の役割を担っていることが問題なので、その問題を子ども同士で発見するのはなかなか難しく、厚生労働省も求めていません。

 さらに主人公二人は同じ中学でも幼なじみでもなくて、全く面識もない初対面の相手で、相手が何をしているのかもわからない状態からのスタートなので、最初は多少のおせっかいというか、一歩踏み出さないと、なかなかその相手の状態に気づかない。そこが、ヤングケアラー問題の難しさであり、この小説の面白さなのかなと思いました。こういう切り口は「リエゾン─こどものこころ診療所─」では描けなかったことなので、一番印象に残った部分です。


ヨンチャン 僕にはすごく現実的なこの時代の本だなという印象もありますね。登場人物が受験生という設定によるところもあるんですけれど、キャラクターを紹介するとき、説明の中に親の学歴とか職業とかの描写があったり、学力主義的な細かい演出に現代性を感じます。


竹村 その中でヤングケアラーのヒロイン・朱音がいて、周りのみんなが勉強や部活を頑張っている中で一人、自分が家事をしないといけない。他の中学生たちとのギャップがありますよね。自分の人生を生きられないという部分もうまく描かれていて、感情移入しやすかった。


ヨンチャン それでもやっぱりボーイミーツガールですよね! 児童書でもあるので、あまりハードな内容にならない程度でヤングケアラーっていう言葉や認識を広げつつ、本命は中学生の男女の出会いと成長を描いてる本だと思います。自分の青春時代に戻ったような感じで、思わずニヤニヤしながら読みました。


竹村 中学生同士の男の子と女の子が出会う話となると、やっぱり恋愛を前提にした話になりますが、ヤングケアラーという一つの社会的な背景がプラスされたってことで独特な読み味になっていましたよね。男子から見たちょっと気になる女子という目線からの入り方、興味深いですし、現実でもよくありそうです。


ヨンチャン 男女三対三でフードコートでデートみたいな感じになって、そういうときの、チラチラ目があったりとかするような描写、僕もときめきました。「その気持ちめちゃくちゃわかるわ」みたいな。相手の存在を考えるだけで幸せになったりとか。一番純粋でプラトニックな愛をこの時期しか体験できない──本当に大事な経験だと思いますね。


竹村 主人公二人を含め、キャラクターの描き方も新鮮に感じました。

 中学生だと自分の家を基準に周りを見るので、介護や小さい子どもの面倒を見るなどの役割は、自分の家に存在しないとわかりにくいし想像しにくいと思います。ストーリーの中にあるように、さらっと会話の中で出てきて初めてクラスメイトが祖母の介護をしていたことを知るというように、仲の良い友達であってもなかなか知ることができないような絶妙な距離感で、現実に近いと思いました。


ヨンチャン 悠人を含め、登場人物みんな、受験に対する意識がすごく高いですね。ちょっと驚きました。塾での会話も受験のことばっかり話しているし、悠人はジョギングする時間をとるのも苦労している感じで……。勉強する時間もとれないヒロインとの対比でしょうか。


竹村 思春期ならではの「真っ直ぐな先入観」のようなものが子どもたちにあると思うんです。「受験はしなければならない」だったり、「偏差値が高い学校を目指すべきだ」だったり、それを正しいと思って突き進んでいく「思春期のあるある」みたいな。中学三年生や高校三年生だと、受験で頭がいっぱいになって休み時間の会話も受験ばっかりになるっていうのは、割と塾でも学校でも「あるある」だと思いますし、何かきっかけがないと変わったり疑ったりしない認識だと思うので、主人公の変化や成長が描かれていたのが面白いなと思いました。


ヨンチャン 悠人とお兄ちゃんとの関係とか、お父さんとの関係はすごくリアルに描かれていて、先ほども話しましたが、普通の青春小説っていうよりは、現実社会を切り取るような描き方ですね。竹村さんの中学時代と比べてどうですか?


竹村 自分も次男だったので、長男に対する思いに共感しながら読みました。「兄の方が得してるな」という思いがありながら、自分が兄の歳に追いついてみたら認識が変わったり。自分の場合は歳が離れているので、悠人ほどコンプレックスは持たなかったものの、なんとなく葛藤がありましたね。


ヨンチャン 悠人は次男で「お兄ちゃんの方がいいな」「お兄ちゃんはずるい」みたいにずっと思っていたのに、兄の考えていたことがわかると、一気にその見方が変わって、世界が一変する。そうした体験も思春期ならではのものであり成長だと思います。恋愛以外の重要な要素だと思いました。


●「ヤングケアラー」ってどんな人たちでしょう


竹村 厚生労働省の定義では、「大人が担うような家事や仕事を行っているその十八歳未満の子ども」というような、法令上の定義ではないんですけど、一応定義自体はあるんです。でもしっくりくるようでこないというか。


ヨンチャン 小説の中でも「家の手伝い」とヤングケアラーの違いみたいなのが、象徴的に描かれていましたよね。「お手伝いじゃない」っていうような。


竹村 「お手伝い」の定義は「子どもの能力でできること+子どもがそれをできないとき、代わりにやってくれる親なり、大人の存在がある」ことかな。子どもに選択肢があって、もし拒否した場合でもそれがすぐ家庭の崩壊につながらないのが「お手伝い」。自分に選択肢がなくて、自分が担い手にならなかったら家族が崩壊してしまうようなことを子どもが担っていることがヤングケアラーなのかな。


ヨンチャン 介護や食事の用意を自分がしなかったら、もう家族が成り立たない。子どもには拒否権がない。実際には福祉に繫がるという選択肢が最終的にあったとしても、子どもの目からは見えないっていうような状態。


竹村 小説の中にもあるように、中学生だったら勉強を諦めてしまったり、したいクラブ活動を諦めたり、自分がやりたいことを諦めざるを得ない状態にあることが、ヤングケアラーの定義というより、一つの現実なのかなとは思います。


ヨンチャン 難しいなと思うのは自らをヤングケアラーだと認識していないケースも多いということです。たとえば兄弟が多くて、それぞれ家事を負担したり、厳しい時期を一緒に乗り越える場合もあるんですよね。

「リエゾン」を描くための取材で聞いた話を思い返すと、発達障害を持った人でも、自分の日常生活に何も支障がなければ、病院にかかることもないし、ケアを受ける必要もないんですよね。


竹村 家族をケアして家事を手伝うことは負の側面ばかりではないですしね。


ヨンチャン ただ、一人では抱えることができないぐらい重い負担を背負って、制度的に助けを受けることができるにもかかわらず、自分の人生を生きることができない、自由になれないっていう人には、しっかりと支援が届くように体制を整えた方がいいのではないかと思いますね。

 そういう人たちが「ヤングケアラー」として助けが必要な人たちだと思います。


竹村 ヤングケアラーの支援については、市の担当者だったりソーシャルワーカーさんに相談することになると思うんですけれど、「ヤングケアラー」っていう括りでの窓口があればいいのかなと思ったことがあります。市役所に相談っていっても何課に行けばいいのかわからないし、誰に相談していいのかわからない。自分がヤングケアラーかも、と自覚した後一歩進んだ先に、「ヤングケアラー」の言葉で繫がるような施設なり部署があって、そこに相談できるような窓口が増えればいいと思います。


ヨンチャン そうですね。今はまだ介護支援システムが自己申請になっていて、当事者が声をあげないと、しっかり支援が届かない。周りの理解がなかったりとか、ただ学校をサボってるように見えたりすることがある。

 ヤングケアラーっていう認識が社会に広がることが、僕は一番大事なことだと思います。しっかり当事者に支援と情報が行き渡って、社会や周りの関心が高まって、ヤングケアラーに意識を向けることが、何より大事なことではないでしょうか。


竹村 ヤングケアラーという言葉を知る前のことですが、近所のスーパーで学生服を着た中学生ぐらいの子どもが深夜に一人で買い物をしていて、半額になった惣菜を、かごに詰め込んでいくっていう光景を時々目にしていました。一人で食べる量ではないので、おそらく家族全員の分を、半額になった後に買っていたんだと思います。今振り返ると、あのときとヤングケアラーという言葉を知った今とでは、受けとる印象が全然違っています。


ヨンチャン それ、すごくわかります!


竹村 知る前だと「中学生なのに買い物してえらいな」ぐらいにしか思えなかったのが、「どこまで負担があるのだろう」に変わっていました。当時、「ヤングケアラー」という言葉を知っていたら、声のかけ方だったり、心配の仕方も違っていたと思うので、認識が広がっていくことに意味があると思っています。


ヨンチャン そうですね。僕は漫画のエピソードを描くなかで「ヤングケアラー」という言葉を知りましたが、『with you』には「ヤングケアラー」だけに限らず「老々介護」とか、周りの家族をケアする人たちの苦労が描かれていると思います。

 僕は今、児童精神科を舞台にした漫画を描いていますが、読者の目線から考えると、医療漫画って、自分が当事者じゃなかったらテーマに関心を持ちにくいと思うんですよね。でも、「リエゾン」はそういう、問題を抱えた周り、家族──ケアする側に焦点を当てた作品なので、自分が当事者じゃなくても自分の家族とか自分の子どもとか、友達、大切な人が当事者である可能性がある。


竹村 これまではケアが必要な人たちをテーマにした作品が多かったと思います。


ヨンチャン そうなんです。でも、その陰でケアしている人たちの苦悩や手間をおろそかにしてはいけないんじゃないかなっていう思いがあって、「リエゾン」ではケアしている人たちをテーマに描いているんですよね。

 そうした経緯があって「ヤングケアラー」のエピソードを書きました。

「ヤングケアラー」という言葉を聞くたびに思うのは、昔の「お金がなくてご飯が食べられない問題」とかみたいに、「ヤングケアラー」っていう言葉もいずれ死語になってほしいなっていう、そういった思いですね。


「リエゾン─こどものこころ診療所─」モーニング公式サイト

https://morning.kodansha.co.jp/c/liaison.html


↓↓2021年度 夏の青少年読書感想文全国コンクールの課題図書に選定!
濱野京子(はまの・きょうこ)

熊本県生まれ。『フュージョン』(講談社)でJBBY賞『トーキョー・クロスロード』(ポプラ社)で坪田譲治文学賞を受賞。ヤングアダルト向けを中心に多くの児童文学作品を執筆。『夏休みに、ぼくが図書館で見つけたもの』など著書多数。

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