『眼鏡屋 視鮮堂 優しい目の君に』刊行記念 メガネと小説と私 桜井美奈
文字数 1,808文字
講談社タイガ書下ろし『眼鏡屋 視鮮堂 優しい目の君に』の著者・桜井美奈さんによる《刊行記念エッセイ》!
「メガネ」をキーワードにして、「創作秘話」が特別に明かされます。
魅力的な登場人物や物語は、どのようにしてが生まれたのでしょうか?
「イケメンの眼鏡って良いよね」
「いや、イケメンが眼鏡を外すときが良い」
「いやいや、イケメンに眼鏡をかけてあげるシーンのほうが、グッとくるよ」
物語の着想を明かすのは少々気恥ずかしいのですが、そもそも自分の小説を他人に読まれること自体が恥ずかしいので、本気で恥じていたら、作家などしていられません。
それに私の場合、タイトルに「殺」や「死」が入っていても、煩悩と本能がきっかけで話を考え始めることも珍しくないため、恥ずかしいのは、今回に限ったことではないのです……。
視力の良い人が日常生活の中で眼鏡をかけるとすれば、洋服のようにファッションの一部として使うか、顔を隠したいという目的ではないでしょうか。
その場合、眼鏡は視力矯正のためではなく、「外見」を飾るか隠す道具になります。
ですが、中学生から眼鏡を使っている私にとっては、裸眼でいるよりも眼鏡をかけている時間のほうが長く、眼鏡は「ファッション」ではなく「目の一部」「身体の一部」になっています。
そんな長年眼鏡ユーザーの私ですが、いざ眼鏡にまつわる小説を書こうとプロットを作り始めると、知らないことばかりでした。
特にお店側の事情はまったくわかりません。
そこで『眼鏡屋 視鮮堂』の参考にしようと、久しぶりに自分の眼鏡を作ってもらうことにしました。
私がお邪魔したのは、検査に2時間ほど要するお店です。
これまで何回も眼鏡を作ってもらいましたが、今回初めて経験する検査もありましたし、見たこともない機器もありました。
その都度、どういった目的で行っているかを説明していただくなかで一番記憶に残っているのは、私が生活の中で何を求め、何を必要としているかということを訊ねてくださったことでした。
すべての検査を終えても、その日に眼鏡は受け取れません。
数日後に受け取りに行くのですが、そこでもまた、フィッティングをして、見えかたの確認をします。
手にするまで、それなりの時間がかかるのです。
ですが、そうして「私のために作られた眼鏡」は、かけた瞬間、本当に見えかたが違いました。
驚くくらい、視界に入る物の輪郭がくっきりしているのです。
だからといって、度が強すぎて頭がクラクラするわけではありません。
よく見えるということと、度が強いレンズ、ということがイコールではないことを知りました。
金額的には、それまで使っていた眼鏡と比べると高額ではありましたが、眼鏡は寝ているとき以外は使っています。
1日のうち、起きている時間を17時間くらいとすると、1か月で510時間。1年で6120時間にもなります。
そう考えると、割安かもしれません。
洋服や靴よりも、ベッドや車よりも、私と一緒にいる時間が長い眼鏡は、一番自分に合うものを探すほうがいい、と感じるようになりました。
さて、私の目の一部となった眼鏡をかけながら執筆した『眼鏡屋 視鮮堂 優しい目の君に』。
新しいレンズ越しにディスプレイを睨みながらお話しを考えましたが、もちろん物語のスタートである煩悩と本能も忘れてはいません。
眼鏡の使いかたも一つではないように、小説の楽しみかたも一つではありませんからね。
『眼鏡屋 視鮮堂 優しい目の君に』(講談社タイガ)……「私が、あなたの見える世界を美しくします」目の異変で大学野球部を辞めたばかりの岸谷奏多は、オプトメトリストを名乗る「眼鏡屋 視鮮堂」店主・天宮玲央と、奇妙な同居生活を送ることに。居候の条件は店と住居の掃除、ご近所さんの将棋相手、食費を入れることだけ。視鮮堂は毎週水曜の夜に一名限定の客を迎え、客にぴったりの眼鏡を作るという。そんなお店に、一人二人と客が訪れて――。