【後編】本格ミステリに通ずる!? レジェンド作家たちの 胸に棲まう「怪獣魂」

文字数 5,015文字

8月某日。綾辻行人、有栖川有栖、京極夏彦――画面越しに集ったレジェンド作家たちのアフタヌーンティーは、オリンピックをよそに密かに続いていた。

お茶のお供となったトークテーマは、なんと「怪獣」。侃侃諤諤、話は「ゴジラVS.コング」談議から、三人に共通するという「怪獣魂」(?)へと広がって……。

「怪獣魂」、それは——

綾辻   では京極さん、「怪獣魂」の定義をどうぞ。


京極   定義も何も、心の中心で怪獣が叫んでるだけですよ。怪獣と出会った日に怪獣が心の中に生成されて、ずっと叫び続けるわけですよ。


有栖川 前は「生まれた時から」持ってるって言ってませんでした? 


京極  心の中心に潜んでいた生まれ持った怪獣が視覚と聴覚を通じて覚醒するんでしょう。ただ目覚めない人もいるんです。彼らは心の中にいる内なる怪獣を飼殺しにしているわけです。可哀想ですね。


綾辻  んー、ちょっとわかりにくくなってきたw さっきの「仮面ライダー」の話に戻ると、仮面ライダーには「怪獣魂」はないんですよね。


京極  呼び覚まされたものが違いますからね。「怪人魂」と「怪獣魂」は結構違いますよ。僕と同世代の人だと「星人魂」が覚醒した人も多かったようですけどね。


綾辻   それは「ウルトラセブン」の影響で、ですか?


京極   そうなんでしょうね。「ウルトラセブン」はほぼ地球外知的生命体が敵ですからね。「ウルトラマン」でもバルタン星人とかザラブ星人に魅かれた人は、セブンで目覚めたんでしょうね。「シルバー仮面」でもジャイアントになる前がいいとかいうし。あれは「怪獣」じゃないですからね。宇宙人は等身大のも多いし、会話もできるし。もう少し後の世代になると、もう「怪人魂」が優勢になっちゃうみたいですが。


有栖川 宇宙人は怪人と怪獣の橋渡しをしている感じもありますね。


京極   ああ、そうですねえ。改造人間、化身忍者、ドルゲ魔人、レンタルロボットなどなどと手を変え品を変えて攻めてきましたけど、ライダー以降は何であっても「怪人」ですね。まあ、制作費や対象年齢の変化も要因かとは思いますけども、リアリティの問題もあったんでしょうかね。いや、星人も怪人も「人」ですが、怪獣は「獣」なんですよね。


綾辻   それとやっぱり、大きさも。進むだけで街が破壊されて、人が踏み潰されてしまうのが怪獣。


有栖川 意思の疎通の可能性を全く感じさせないのが怪獣ですよね。


京極   そこですよ。だから今回の「ゴジラ対コング」で僕がちょっと気になったのは、奴らと意思の疎通ができそうな描写があったというところでした。


有栖川 同感です。コングが××を理解するというのはダメですよ。それだったらほとんど人間じゃないですか。


京極   その点「シン・ゴジラ」は一つもコミュニケーションを取れない相手だったので感心したわけですが。


綾辻   まあ、「シン・ゴジラ」は特別ですから。僕は劇場で3回観ました。


京極  僕も2ヵ月に一度は観てます。まあゴジラ全般、年に一〜二度観ますけどw。


綾辻  最初に観たあと、京極さんと電話で長話しましたっけ。えんえんと「シン・ゴジラ」について。携帯電話のバッテリーが切れるまで、話が終わりませんでしたねえ。


京極  ひさしぶりの国産怪獣でしたから。


有栖川 怪獣映画が大好きなのに、観ると「ここが不満」とかよく言ってますね。「怪獣魂」ってちょっと本格ミステリに通ずるところがあるのかも。理想の本格みたいのは自分の中にあるけど、なかなか出会う機会はない。


京極   3人とも面白く感じる部分はバラバラなんですよ。だけど、「怪獣魂」だけは一脈通じてるんですよ。


綾辻  個々の差異をすべて包含して「怪獣魂」はある、と。


京極   「怪獣魂」があるから、それを覆うドラマや映画の構成のどこに目をつけるかはそれぞれで、まあどうでもいいわけです。


有栖川 どう表現してほしいのか、好みの問題になってる気はしますよね。


京極   本格ミステリの「本格」の部分っていうのも、みんなそれぞれだけど、一つは筋通っているじゃないですか。それと同じようなもんかもしれませんね。


綾辻  そういえば昔、東宝が毎年ゴジラ映画を作っていたころ……平成ゴジラシリーズからミレニアムシリーズまで、ですね。僕はほとんど劇場へ観にいってたんだけど、そのたびにだいたい、あちこちが不満で文句を言ってたんですよ。有栖さんに会うと、「今度のゴジラもひどかった」とかね、文句ばっかり。ところが有栖さんはいつも、僕の話を聞いても優しい目で、「いや、ゴジラは作ってくれるだけでありがたいんや」って言ってましたよね。覚えてない?


有栖川 覚えてますよ。


綾辻   寛容な人だなあ――と、あのころは思ったものです。


有栖川 ゴジラが復活する84年まで新作のない時期があったじゃないですか。あのとき私も悲しくって。楽しみがなくなったなと思っていました。復活ゴジラで希望が繋がったわけじゃないですか。いつの日か、素晴らしい監督が素晴らしい脚本のもとで、ものすごいゴジラを作ってくれるかもしれない可能性が生まれて、だから不安はあるなと思いながらもうゴジラが元気でスクリーンで動いていてくれたら嬉しいなと。綾辻さんの気持ちはわかるんだけど、ゴジラ健在というのを言祝いだ方がいいと思ったんです。本格ミステリ書く人がいたのが嬉しいじゃないか、的なものですよ。


綾辻   「怪獣魂」と「本格魂」は通じている、と?


京極  はあ、通じてるような気もしますね。まあ広義のミステリ全般が好きな人というのはいらっしゃるわけで、同様に怪獣だろうが怪人だろうが特撮全般が好きという人もいらっしゃいますから。「ミステリ魂」や「特撮魂」という形で覚醒する魂もあるんですね、きっと。僕なんかもそうなんですけど、それでもコアになる部分というのはあって、そこに触れるものと出合うと無性にうれしくなるわけです。それがよくできてたりするともう喜んじゃって大変という……ま、本格だったり怪獣だったりですよね。ただ僕の場合は「お化け魂」やら「時代劇魂」やらコアになる魂が多いんで厄介なんですが……。どちらにしてもですね、僕も84年のゴジラ復活のときは、ものすごく期待値が高かったんですよ。


綾辻   あれは僕も、そうでしたね。わくわくして映画館へ行って。昭和ゴジラに比べると特撮技術も格段に進歩していたし、ゴジラも「凶暴な人類の敵」にリセットされてましたしね。


有栖川 東京の風景も60年代と随分変わっているから、西新宿で暴れるとしたら、昔は録れなかった風景が見られるとか、すごく期待してましたよ。


京極   マリオンに映るゴジラとかね。


綾辻   ただ、スーパーXのせいで……。


京極   スーパーX!!


有栖川 罪ですよね……。でも、ああいう新兵器が好きな人もいるんですよね?


京極   いますよ。「特撮魂」のコアには「兵器魂」もありますから。


綾辻  「ゴジラ対メガロ」のジェットジャガーの熱心なファンもいるんだから、奥が深い世界です。


(この後、個別怪獣に関するトークが続く……)

ゴジラの作品数≒本格ミステリ作家が生涯に書く冊数!?

京極   で、まあ平成ゴジラが終わるとまた間が開いたから、「ミレニアム」に対する期待値も上がったわけですよ。


綾辻   ミレニアムシリーズ……あの1作目「ゴジラ2000 ミレニアム」はすごかったなあ。劇場で、あまりのことに呆然として、しばらく立ち直れなかった。


京極   そうなんです。唖然としたんです。でも有栖川さんの言う通りで、「また作ってくれたんだ」っていう、何かこう、高まりだけはあって。


有栖川 本格ミステリを書く人が絶えて欲しくないのと一緒ですよ。


京極   「えーっ! 文章こんな下手だけどトリックいいじゃん」みたいな感じですかね。


有栖川  はい、大抵トリックよくないんですよw でも、いつの日かパシッとハマってほしい。


京極   トリックもよくないのかw ただ「本格」であらんとする努力が強い、みたいな。


有栖川 無理のある推理だけど、これが決まった時は理想に達するなという感触だけでも楽しむことはできます。


綾辻   まあ、ゴジラやキングギドラがスクリーンで動いているのを観るだけで、「怪獣魂」が少し癒されるところはありますね。本格ミステリでいうと、「冒頭で不可解な事件が発生!」みたいなものかな。


京極   いかにスカタンなトリックであろうとも「密室で人が殺された」って書いてあるだけで、「おっ」と思ってテンション上がってしまうのと同じですね。


有栖川 ゴジラ作品全体で30数本ありますが、とある本格ミステリ作家が生涯に書く冊数くらいの感じですよね。エラリー・クイーンがかいた30数冊とか。ボリューム的にもそれっぽい。


綾辻 無理やり結びつけてきますねw


有栖川 無理やりでしたね。怪獣=名探偵説まで行けそう。それは違うか。


京極 怪獣=本格とするなら、怪獣が名探偵ってことはないですね。名探偵だけ出てきても本格ミステリにはなりませんからw 名探偵抜きでも本格は成立しますしね。まあ「シン・ゴジラ」までで日本のゴジラが29作、海外が最初のエメリッヒ・ゴジラを入れて4作、劇場版アニメが3、「シンギュラポイント」を1とすると37作。「ゴジラアイランド」とか「流星人間ゾーン」は入れませんw


有栖川  本格ミステリ作家が生涯に書く37本とか。


綾辻  うーん。僕はそんなに長編、書けそうにないけど……でも、このぶんだとゴジラ映画は、まだまだ作りつづけられそうですね。


京極   まだまだ観たいですね。「怪獣魂」の業は深いんです!

綾辻行人(あやつじ・ゆきと)

1960年京都府生まれ。京都大学教育学部卒業。同大学院修了。’87年9月『十角館の殺人』で作家デビュー。「新本格ムーヴメント」の嚆矢となる。「館」シリーズで本格ミステリシーンを牽引する一方、ホラー小説にも意欲的に取り組む。’92年『時計館の殺人』で第45回日本推理作家協会賞を受賞。2018年度第22回日本ミステリー文学大賞を受賞。

あのとき、僕は何を見てしまったのか?


兄の急死に不審を抱いた医学生・翔二は、元予備校講師・占部の協力を得て事件の真相を追う。「ね、遊んでよ」……謎の言葉とともに残忍な犯行を重ねる殺人者の正体は? 翔二の心に封印されてきた幼い日の記憶の、恐るべき真実とは? 「館」シリーズと並ぶ人気シリーズの第三弾、新装改訂版で再登場!

有栖川有栖(ありすがわ・ありす)

1959年大阪府生まれ。同志社大学法学部卒業。’89年『月光ゲーム』でデビュー。’03年『マレー鉄道の謎』で第56回日本推理作家協会賞、’08年『女王国の城』で第8回本格ミステリ大賞、’18年「火村英生シリーズ」で第3回吉川英治文庫賞を受賞。本格ミステリ作家クラブ初代会長。近著に『濱地健三郎の幽たる事件簿』、『論理仕掛けの奇談』など。

殺害現場から消えた一枚のメイプルリーフ金貨が、

臨床犯罪学者・火村英生を真相に導く。


倒叙形式の表題作「カナダ金貨の謎」ほか、火村とアリスの出会いを描いた「あるトリックの蹉跌」、

思考実験【トロッコ問題】を下敷きにした「トロッコの行方」など趣向を凝らした五編を収録。大人気〈国名シリーズ〉第10弾!

京極夏彦(きょうごく・なつひこ)

1994年『姑獲鳥の夏』でデビュー。’96年『魍魎の匣』で日本推理作家協会賞受賞。この二作を含む「百鬼夜行シリーズ」で人気を博す。’97年『嗤う伊右衛門』で泉鏡花文学賞、2003年『覘き小平次』で山本周五郎賞、’04年『後巷説百物語』で直木賞、’11年『西巷説百物語』で柴田錬三郎賞を受賞。’16年遠野文化賞、’19年埼玉文化賞受賞。

〈巷説百物語〉待望の再始動!

江戸末期の遠野で、化け物退治が開幕!


盛岡藩筆頭家老にして遠野南部家当主の密命を受けた宇夫方祥五郎は、巷に流れる噂話を調べていた。郷が活気づく一方で、市場に流れる銭が不足し困窮する藩の財政に、祥五郎は言い知れぬ不安を感じる。ある日、世事に通じる乙蔵から奇異な話を聞かされた。菓子司山田屋から出て行った座敷童衆、夕暮れ時に現れる目鼻のない花嫁姿の女、そして他所から流れて迷家に棲みついた仲蔵という男。祥五郎のもとに舞い込む街談巷説、その真偽は――。

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