『チーム・オベリベリ』(乃南アサ・著)ブックレビュー/細谷正充

文字数 1,761文字

140年前、蝦夷の原野オベリベリ(現在の帯広)開拓に身を投じた若者たちを描いた長編リアル・フィクション『チーム・オベリベリ』。

横浜で女学校に学び、耶蘇会で洗礼を受けた鈴木カネは、兄の友人の渡辺勝と結婚し、「晩成社」を興し北海道の開拓に挑んでいた兄・銃太郎と伊豆の裕福な家の息子である依田勉三に続き、父と北海道へと渡る。はたして、そこは「まるで水墨画の世界のよう」「横浜や函館から比べたら、信じられん風景」だった──。厳しい自然との対峙、チーム内での不協和音……それでも逞しく生きていくカネの目を通して描かれる北の大地の美しさと残酷さ。最後までページをくくる手が止められない、乃南アサ氏渾身の一作。

 書評家の細谷正充氏によるブックレビューです!

何もない北の大地を開拓する若者たちが 理想を壊されながら生き続ける姿を描く


細谷正充


 北海道の開拓史の本を読んでいると、「晩成社」という名前と出会うことがある。明治時代、十勝開拓のために作られた株式会社のことだ。乃南アサの最新刊の主人公の鈴木(後に、渡辺)カネは、その「晩成社」の幹部・渡辺勝の妻である。


 横浜の女学校で学んでいたカネは、父のとりもちにより、兄・銃太郎の友人・渡辺勝と見合いすることになる。銃太郎と勝は、伊豆の素封家の若旦那である依田勉三と共に、北海道を開拓するため「晩成社」を作った。勝と結婚したカネは、オベリベリ(帯広)へ入植する。また、銃太郎とカネの父親である親長も加わっている。伊豆からきた人々と一緒に、開拓に従事するカネ。だが現実は厳しく、「晩成社」には、さまざまな試練が襲いかかる。


 耶蘇教を信じ、英語を話すことのできるカネは、当時としては飛び抜けたインテリ女性である。だが一方で、未知の世界に憧れる、フロンティア・スピリットの持ち主でもあった。だから勝と結婚し、オベリベリに乗り込むことができたのだろう。そんなカネの視点で、作者は「晩成社」の苦闘の軌跡を描き出す。


 入植から始まり、何もない場所を、人々は一から切り拓いていく。しかし北の大地は非情だ。蝗害や早霜による不作。遅々として進まぬ県庁とのやり取り。開拓者たちの不平不満。「晩成社」幹部として勝や銃太郎も奔走するが、いつまで経っても暮らしは楽にならない。地を這うように生きるカネたちの歩みは、読んでいて息苦しくなるほどだ。


 さらに、強い絆で結ばれたチームであったはずの、勉三・銃太郎・勝の関係も変わっていく。若旦那気分が抜けず、腰の落ち着かない勉三。アイヌを妻にして、「晩成社」を離れた銃太郎。しだいに鬱屈を抱えて、ついには大きな騒動を起こす勝。彼らの軋轢を見ているカネの視線も、いつしか冷えていく。ひとつの理想が壊れていく様が、なんとも悲しい。


 それでも人は、ささやかな喜びや希望を胸に、今いる場所で生きるしかない。実在の女性の苦難の時代を切り取った本書から、そんな作者のメッセージが伝わってくる。コロナ禍によって、まったく先が見えなくなった現代人にとって、カネの人生はひとつの指針となるだろう。


 なお作者には、大正から昭和を背景に、知床に生きた女性を活写した『地のはてから』という大作がある。本書と併せて読めば、女性視点による北海道の近代史が、より深く堪能できるのだ。


初出 週刊現代2020年7月4・11日号

乃南 アサ(ノナミ アサ)

1960年東京生まれ。'88年『幸福な朝食』が第1回日本推理サスペンス大賞優秀作となる。'96年『凍える牙』で第115回直木賞、2011年『地のはてから』で第6回中央公論文芸賞、2016年『水曜日の凱歌』で第66回芸術選奨文部科学大臣賞をそれぞれ受賞。主な著書に、『ライン』『鍵』『鎖』『不発弾』『火のみち』『風の墓碑銘(エピタフ)』『ウツボカズラの夢』『ミャンマー 失われるアジアのふるさと』『犯意』『ニサッタ、ニサッタ』『自白 刑事・土門功太朗』『すれ違う背中を』『禁猟区』『旅の闇にとける』『美麗島紀行』『ビジュアル年表 台湾統治五十年』『いちばん長い夜に』『新釈 にっぽん昔話』『それは秘密の』『六月の雪』など多数。

細谷正充(ほそや・まさみつ)

'63年生まれ。歴史時代小説、ミステリを中心に、書評、解説を多数執筆。編書『新選組傑作選 誠の旗がゆく』他

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