マザー・グースってどんな唄?

文字数 6,688文字

谷川俊太郎・訳 和田誠・絵 平野敬一・監修

「マザー・グース」とは、イギリスで何世紀にもわたって親から子へと伝承されてきたナーサリーライム(童謡)で、なぞなぞ、しりとり、早口ことば、子守唄や文字あそびなどに風刺やユーモアが盛り込まれたものです。日本でも、某人気アニメで「誰がこまどり殺したの?」をもとにした「クックロビン音頭」が話題となったので、聞き覚えのある方も多いのでは。

 

 講談社文庫版(全4巻)は、谷川俊太郎さんの軽妙絶妙の訳詞、和田誠さんの楽しい挿絵、平野敬一さんによる全歌解説、そして全歌の原詩と充実の内容で、1981年の刊行から長年にわたり愛されています。しかも第4巻には代表的な23曲の楽譜まで収録! 

 

 ここでは各巻よりポピュラーな歌を1本ずつ、原詩+谷川俊太郎さん訳+平野敬一さん解説の3本立てでご紹介いたします! 声に出して読んでみると、よりマザー・グースの魅力が伝わって楽しいですよ。是非お試しあれ。

第1巻


「ハンプティ・ダンプティ」(谷川俊太郎・訳)

ハンプティ・ダンプティ へいにすわった

ハンプティ・ダンプティ ころがりおちた

 おうさまのおうまをみんな あつめても

 おうさまのけらいをみんな あつめても

ハンプティを もとにはもどせない


【原詩】

Humpty Dumpty sat on a wall,

Humpty Dumpty had a great fall.

   All the king’s horses,

   And all the king’s men,

Couldn’t put Humpty together again.


【解説】(平野敬一)

 マザーグースの動揺にはなぞなぞが非常に多いが、これはその中でいちばん有名なもの。答えはタマゴ。ところがあまり有名になり、ハンプティ・ダンプティという人物のイメージがルイス・キャロルの作品(とくにサー・ジョン・テニェルの挿絵)などで定着してしまったため、この唄がほんらいなぞなぞであったことも忘れられがちである。

 いったんこわれたら、もとへ戻らないという卵の特質を擬人化する唄はヨーロッパ各地にみられ、唄の主人公の名こそ違え、その名まえのひびき(卵がごろりごろりと転がる感じを模したもの)から唄の形態までお互いに酷似している。古い時代にこれらの唄の原型があって、イギリスのハンプティ・ダンプティの唄もヨーロッパ各地の類歌も、そこから派生したと考えるのがいいのかもしれない。


第2巻


「ロンドンばしがおっこちる」(谷川俊太郎・訳)

ロンドンばしが おっこちる

 おっこちるったら おっこちる

ロンドンばしが おっこちる

 きれいなきれいな おひめさま


ねんどと きとで つくろうよ

 つくろうよったら つくろうよ

ねんどと きとで つくろうよ

 きれいなきれいな おひめさま


ねんどと きでは ながれるよ

 ながれるってば ながれるよ

ねんどと きでは ながれるよ

 きれいなきれいな おひめさま


れんがと すなで つくろうよ

 つくろうよったら つくろうよ

れんがと すなで つくろうよ

 きれいなきれいな おひめさま


れんがと すなは くずれるよ

 くずれるよったら くずれるよ

れんがと すなは くずれるよ

 きれいなきれいな おひめさま


はがねと てつで つくろうよ

 つくろうよったら つくろうよ

はがねと てつで つくろうよ

 きれいなきれいな おひめさま


はがねと てつは まがります

 まがりますったら まがります

はがねと てつは まがります

 きれいなきれいな おひめさま


きんと ぎんとで つくろうよ

 つくろうよったら つくろうよ

きんと ぎんとで つくろうよ

 きれいなきれいな おひめさま


きんと ぎんでは ぬすまれる

 ぬすまれるってば ぬすまれる

きんと ぎんでは ぬすまれる

 きれいなきれいな おひめさま


ねずの みはりを たてようか

 たてようかなあ たてようか

ねずの みはりを たてようか

 きれいなきれいな おひめさま


もしも みはりが ねむったら

 ねむったら ねむったら

もしも みはりが ねむったら

 きれいなきれいな おひめさま


よなかに パイプを すわせよう

 すわせようってば すわせよう

よなかに パイプを すわせよう

 きれいなきれいな おひめさま


【原詩】

London Bridge is broken down,

  Broken down, broken down,

London Bridge is broken down,

  My fair lady.


Build it up with wood and clay,

   Wood and clay, wood and clay,

Build it up with wood and clay,

   My fair lady.


Wood and clay will wash away,

   Wash away, wash away,

Wood and clay will wash away,

   My fair lady.


Build it up with bricks and mortar,

   Bricks and mortar, bricks and mortar,

Build it up with bricks and mortar,

   My fair lady.


Bricks and mortar will not stay,

   Will not stay, will not stay,

Bricks and mortar will not stay,

   My fair lady.


Build it up with iron and steel,

   Iron and steel, iron and steel,

Build it up with iron and steel, 

   My fair lady.


Iron and steel will bend and bow,

   Bend and bow, bend and bow,

Iron and steel will bend and bow, 

   My fair lady.


Build it up with silver and gold,

  Silver and gold, silver and gold,

Build it up with silver and gold,

  My fair lady.


Silver and gold will be stolen away,

   Stolen away, stolen away,

Silver and gold will be stolen away,

   My fair lady.


Set a man to watch all night, 

  Watch all night, watch all night,

Set a man to watch all night,

  My fair lady.


Suppose the man should fall asleep,

   Fall asleep, fall asleep,

Suppose the man should fall asleep,

   My fair lady.


Give him a pipe to smoke all night, 

   Smoke all night, smoke all night,

Give him a pipe to smoke all night,

   My fair lady.


【解説】(平野敬一)

 どんなに工法を変えて架けてみても、うまくいかないLondon Bridgeに、最後は不寝番を立ててようやく完工にこぎつけた、と読みとれる内容の唄。

 この唄についてオービーその他の研究家たちは、さまざまの解釈を下している。その詳細には立ち入れないが、要するに橋梁建設に人柱(human sacrifice)を必要とした遠い昔の、人類の暗い記憶がこの唄の底にあるらしい、というのはほぼ一致した見解のようである。類歌はヨーロッパ各地にあり、唄の起源の古さと広がりは否定しがたい。

 第4連のmortar(モルタル)は、訳詩では口調の関係で「すな」と翻訳してある。

 文献初出は1725年。


第3巻


「Aはアップルパイだった」(谷川俊太郎・訳)

Aはアップル・パイだった

Bがかじって

Cがきり

Dがわけて

Eがたべ

Fはうでずく

Gがてにいれ

Hがのみこみ

Iがしらべて

Jがとびつき

Kはとっとく

Lはあこがれ

Mはしくしく

Nはうなずき

Oはあけてみて

Pはのぞいて

Qがよっつにわけて

Rはおいかけ

Sはぬすんで

Tはとって

Uがひっくりかえして

Vがよくみて

Wはほしがり

X・Y・Zと&のきごうは

そろってひときれてにいれたがった


【原詩】

A was an apple-pie;

B bit it,

C cut it,

D dealt it,

E eat it,

F fought it,

G got it,

H had it,

I inspected it,

J jumped it,

K kept it,

L longed for it,

M mourned for it,

N nodded at it,

O opened it,

P peeped it,

Q quartered it,

R ran for it,

S stole it,

T took it,

U upset it,

V viewed it,

W wanted it,

X,Y,Z, and ampersand,

All wished for a piece in hand.


【解説】(平野敬一)

 アルファベット学習用の唄の中でいちばんイギリス人に愛用されてきたもの。17世紀後半のある論争に引用されたのが文献初出になっているが、口承の歴史はもっと古くへ遡ろう。「切り刻まれ25人の紳士に食べられたA・アップルパイ氏の悲劇的な最期」という大げさな題名がついていることが多い。グリーナウェイ(Kate Greenway, 1846-1901)挿絵のA Apple Pie(1886)は、上掲の歌詞と多少異なるが、絵本のロングセラーとしていまも店頭を飾っている。


第4巻


「だれがこまどり ころしたの?」(谷川俊太郎・訳)

だれがこまどり ころしたの?

わたし とすずめがいいました

わたしのゆみやで

わたしがころした


だれがこまどり しぬのをみたの?

わたし とはえがいいました

わたしがこのめで

しぬのをみた


だれがそのちを うけたのか?

わたし とさかながいいました

ちいさなおさらで

わたしがうけた


だれがきょうかたびらを つくるのさ?

わたし とかぶとむしがいいました

はりといととで

わたしがつくる


だれがおはかを ほるだろう?

わたし とふくろうがいいました

すきとシャベルで

わたしがほろう


だれがぼくしに なるのかね?

わたし とからすがいいました

せいしょをもってる

わたしがなろう


だれがおつきを してくれる?

わたし とひばりがいいました

まっくらやみでなかったら

わたしがおつきに なりましょう


だれがたいまつ もつのかな?

わたし とべにすずめがいいました

おやすいごようだ

わたしがもとう


だれがおくやみ うけるのか?

わたし とはとがいいました

あいゆえふかい このなげき

わたしがおくやみ うけましょう


だれがおかんを はこぶだろう?

わたし ととんびがいいました

もしもよみちでないのなら

わたしがおかんを はこびます


だれがおおいを ささげもつ?

ぼくら といったはみぞさざい

ふうふふたりで

もちましょう


だれがさんびか うたうのか?

わたし とつぐみがいいました

こえだのうえから いいました

わたしがさんびか うたいます


だれがかねを つくのかね?

わたし とおうしがいいました

なぜならわたしは ちからもち

わたしがかねを ついてやる


かわいそうな こまどりのため

なりわたるかねを きいたとき

そらのことりは いちわのこらず

ためいきついて すすりないた


【原詩】

Who killed Cook Robin?

I, said the Sparrow,

With my bow and arrow,

I killed Cook Robin.


Who saw him die?

I, said the Fly,

With my little eye,

I saw him die.


Who caught his blood?

I, said the Fish,

With my little dish, 

I caught his blood.


Who’ll make the shroud?

I, said the Beetle,

With my thread and needle,

I’ll make the shroud.


Who’ll dig his grave?

I, said the Owl,

With my pick and shovel,

I’ll dig his grave.


Who’ll be the parson?

I, said the Rook,

With my little book,

I’ll be the parson.


Who’ll be the clerk?

I, said the Lark,

If it’s not in the dark,

I’ll be the clerk.


Who’ll carry the link?

I, said the Linnet,

I’ll fetch it in a minute,

I’ll carry the link.


Who’ll be chief mourner?

I, said the Dove,

I mourn for my love,

I’ll be chief mourner.


Who’ll carry the coffin?

I, said the Kite,

If it’s not through the night,

I’ll carry the coffin,


Who’ll bear the pall?

We, said the Wren,

Both the cook and the hen,

We’ll bear the pall.


Who’ll sing a psalm?

I, said the Thrush,

As she sat on a bush,

I’ll sing a psalm.


Who’ll toll the bell?

I, said the Bull.

Because I can pull,

I’ll toll the bell.


All the birds of the air

Fell a-sighing and a-sobbing,

When they heard the bell toll

For poor Cook Robin.


【解説】(平野敬一)

 文献初出の時期(1744年ごろ)から、1742年に失脚したイギリスの首相ウォルポール(Sir Robert Walpole, 1676-1745)とこの唄を結びつける解釈が一時有力だったが、ロビンを主題にした古い伝承の唄がたまたまロビンという愛称をもつ指示かが失脚したのを機に浮上した例と考えたほうがよさそうである。

 上掲はこの唄のいわば標準版であるが、特にアメリカではシャープ(Cecil Sharp,1859-1924)が1918年に採集した”Who killed little Tommy Robin?を初めとして、美しいメロディーのヴァリアントが非常に多い。

 なお第13連のBullを鳥のbullfinch(ウソ)と解する説もある。


谷川俊太郎 訳詩による マザー・グースの歌【全87曲完全盤】 発売決定!


そんな「マザー・グース」が、このたびキングレコードから、「マザー・グースの歌(谷川俊太郎・訳)【全87曲完全盤】CD2枚組」として発売されることになりました!

歌で聴いてみると、また違った魅力が感じられるはず。

2021 年は谷川俊太郎さんが90 歳に、そしてキングレコードは創業 90 周年に なるとのことで、90年×90年、卒寿(!)の企画です!

★発売予定日:2021 年 8 月 4 日 定価 2600 円(税込) CD2 枚組 全 87曲

詳細はこちらから>>https://www.kingrecords.co.jp/cs/g/gKICG-707/

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