映画『スクロール』試写レビュー&原作紹介
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文芸ニュースサイト「tree」にて「この新人賞受賞作がスゴい!」を大好評連鎖中の本読み大学生・あわいゆきさんが、映画『スクロール』の試写をいち早く視聴、映画と原作の魅力をご紹介!

私たちが現代社会を生きていこうとするとき、生活に欠かせないアイテムのひとつにスマートフォンがあります。00年代までの携帯電話が本来請け負っていた電話やメール、カメラ機能の枠組みを超え、いまやスマホはSNSやソーシャルゲーム、金銭の支払いや会員証の作成、地図案内やライブの入場に至るまでほとんどなんでもこなしてしまいます。
そんな人生の必需品とすらいえるスマホを何気なくスクロールして、カメラロールに積もった写真たちを覗いているとき。その小さな画面に勢いよく流れていく写真たちは、これまでの思い出を切り取った人生の断片とも呼べます。
そして過去に遡れば遡るほど、その思い出は多くの断片に埋もれて見つけるのが難しくなるでしょう。いまを生きる私たちは常に過去を遠ざけながら、未来に突き進んでいるのです。
それでは、過ぎ去ってしまった過去は距離が遠ざかっていく一方なのでしょうか?

現代社会からそれを改めて問いかけ直すのが、橋爪駿輝さんのデビュー作であり、2月3日から映画が公開される『スクロール』です。五作の連作短編集となっている原作小説では、社会からの抑圧に耐えきれなかった人たちがいま現在において誰かと出会い、社会に対して絶望を抱きながらもいまを懸命に生きていこうとする様子が描かれています。
そして、小説でも映画でも鍵となっている台詞が、「相手が死んでから距離が縮まるってことも、あると思う」でした。もう出会うことは叶わず、会話もできず離れていく一方の存在に対して、この作品では決して過去に閉じ込めようとはせず、いまを生きている人間の視点から現在に影響を与え続ける存在として生かそうとするのです。それはいまを生きている私たちに響くと同時に、孤独と絶望のなかで死んでいった人間の救済としても働きます。社会からの抑圧に耐えきれず、社会のせいにするしかなかったすべての人々の生きざまを、肯定しようとするのです。

そして、映画では原作からいくつかの設定が大きく変更されていました。もちろんその多くは物語同士の結びつきをより強くして、短編集からひとつの大きな作品に再構築するためのものです。
しかし、それだけではなく、映画では新たに「女性が男性を引っ張ろうとする構図」をつくりあげようとしている点が印象的でした。
たとえば物語に登場する主要な男性二人、「僕」「ユウスケ」はそれぞれ女性である「私」「菜穂」のしたたかな行動に引っ張られる形で、社会に強いられる抑圧から抜け出そうとします。男女二元論によって定義される社会からの「役割」や「幸福」に疑問を投げかけるオリジナルシーンも複数追加され、徹底されるジェンダーロールからの解放は、いまだ旧来の規範に縛られている社会を生きている私たちに一筋の光をもたらしていました。そして登場人物たちが社会でもがきながらも駆け抜ける青春を、より普遍的なものとしているのです。

また、普遍的なものにするのと同時に、映画を観ている私たちが「観客として」映画を見るように誘導する意匠も凝らされていました。特に原作にはなかった冒頭のシーン、「モボ」が迷い込んだお店でハルからカップ焼きそばを提供されるシーンが象徴的です。状況説明のないまま「モボ」は最初におもてなしをされ、それを観ている私たちは彼と同じく困惑を抱えたまま迎え入れられる側として位置付けられます。そして直後に彼が自殺することで感情移入する先がなくなり、以降に展開される四人の物語は一定の距離を置きながら観客として――さながらいなくなってしまった彼の視点であるかのように広がっていくのです。
映画を見ながら、まるで四人の人生をスマホからスクロールしているような感覚を味えるようになっています。
映画『スクロール』は2023年2月3日から劇場公開です。紙のページをめくるのとは異なる、映像ならではの画面の切り替わりを、ぜひお楽しみください。

2023年2月3日(金)ロードショー!
最も鮮烈で最も美しい瞬間を描く、希望の物語。
[SCROLL] スクロール
出演:北村匠海 中川大志 松岡茉優 古川琴音
監督・脚本・編集:清水康彦
脚本:金沢知樹 木乃江祐希
原作:橋爪駿輝『スクロール』(講談社文庫)
音楽:香田悠真
撮影:川上智之
照明:穂苅慶人
録音・音響効果:桐山裕行 美術:松本千広
製作:『スクロール』製作委員会
制作プロダクション:イースト・ファクトリー
配給:ショウゲート
公式HP:https://scroll-movie.com/
©橋爪駿輝/講談社 ©2023 映画『スクロール』製作委員会
「僕」の前に突如現れた女子高生ハル。僕の隣に住む元彼の「音」だけでも聞きたいと僕の部屋に上がってきた(「童貞王子」)。希望部署にいけずに燻っていたユウスケはバーで出会った菜穂と付き合うが、ある事件取材をきっかけにふたりの関係は変わっていく(「スクロール」)。YOASOBIの大ヒット曲「ハルジオン」の原作者としても知られる橋爪駿輝が放つ、鈍色の青春を駆ける全5篇の物語。