桜底 警視庁異能処理班ミカヅチ【試し読み】

文字数 22,434文字

「よろず建物因縁帳」「猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子」シリーズなど、人気ホラーミステリ作家・内藤 了。


その最新シリーズが2022年1月より開始!!


タイトルは『桜底(さくらそこ) 警視庁異能処理班ミカヅチ』。

50ページの大ボリュームで、どこよりも早い試し読みを公開します!



 ──警視庁本部及び警察庁を含む中央合同庁舎ビルは、大老なおすけが暗殺された桜田門外、ぶんつきまつだいら家の跡地に建ち、上空から見ると奇態な形状をしている。

 その形状がらくたぎおんりょうを鎮めるための『しゅ』であると知る者は少ない──






エピソード1 手足を奪う霊


プロローグ


 林立するビルが満月を隠しても、すきに見える光輪は月のありを示している。見えないものは存在しないと言う者は多いが、東京に月は昇らないと言う者はどこにもいない。

 十一月の空は澄み切って、ときおり星がチカリとまたたく。刺すようならしに足を止めると、踏まれた枯れ葉がクシャリと鳴いた。足を上げると風にあおられ、縁石に沿って転がっていく。その行く先をながめながら、やすれいはパーカーのフードを引き下げた。指先が冷たくてそでも引っ張り、あてどなく歩きながら、バイト料のほとんどがスマホ使用料と奨学金の返済に消えたことを考えていた。マズいな、家賃をどうしよう。ゼロからのスタートならばまだいいけれど、借金という大穴を埋めながら生きていくのは難しい。ひと月目に空いた穴は二月目ではとうていふさげず、三月目には何もかもあきらめてしまいたくなる。起死回生の一手を打とうとギャンブルや犯罪に手を出して、人は泥沼にまっていくのだ。ギリギリでこたえる生活は体よりも心をむしばんでいく。

 東京はいつもどこかで工事をしている。

 怜が進む歩道のわきにも、無機質で白い工事用の仮囲いが続いている。向こうの囲いが外れたと思えば別の囲いが立てられて、街の姿は変わり続ける。それはまるで完成形を模索して脱皮し続ける生き物のようだ。新しい建物が建ってしまえば、かつての姿を思い出すのは難しい。

 仮囲いは一角を木調パネルにしてガラスケースを塡め、内部に屋根違い三社の神棚がまつってあった。脇に書かれた説明板を見て、ああなるほど、と怜は思う。むさ苦しく伸びた髪が北風にもてあそばれて、フードをかぶっているのに目に入る。

 仮囲いの奥ではたいらのまさかど公の首を祀ったまさかどつかが改修工事をしているようだ。六十年ほど前から定期的に改修をしてきたが、令和を迎えた今回は大幅な工事を行うと書いてある。

 いつの間に大手町まで歩いたんだろうと、来た方向を振り返ってみた。下ばかり見ていたからわからなかった。

「まあ……どこまで歩いてもいいんだけどさ」

 神棚が入ったケースに自分の姿が映っていたのでつぶやいてみた。もともと行き先があったわけじゃない。自分がみじめにならないように、行き先があるふりをしていただけだ。

 神棚に頭を下げながら、く息で指を温めた。歩けば体は火照ほてるけど、指やほおは氷のようだ。ビル風はときに目を開けていられないほど強く吹く。風にさらされると体温が下がるので、仮囲いをかぜけにして少し休んだ。

 こんな場所で……と、怜は思う。

 首塚と称する史跡は日本各地に様々あるが、将門の首塚には今も怨霊伝説が生きている。

 将門の乱で朝廷に討たれ、平安京都大路の河原にさらされた将門の首級は腐ることなく夜な夜なカッとを見開いて、『胴とつないでもう一戦交えよう』と叫び続けたらしい。やがては宙に舞い上がり、胴が埋葬されている東国へ向かう途中でこの場所に落ちた。

 よほどの無念を感じていたのか怪異はそれで収まらず、関東大震災で全焼した大蔵省(現在は財務省)庁舎を再建するため首塚の場所に仮庁舎を建てたところ、時の大蔵大臣を含む関係者十四名が相次いで亡くなったほか、多数のにんや病人を出した。さらには戦後、米軍が首塚を壊そうとしたところ重機が横転して死者が出た。高度成長期には首塚の一部が売却されたが、その場所に建った銀行では首塚側の部屋で業務をしていた行員たちに不調ややまいが多発したという。

 近代的なビルの合間で首塚は一種独特の風情をかもしていたのだが、こうして仮囲いに囲まれてしまえば、見た目の恐ろしさは感じない。けれど怜がその場に立てば、足裏に針を刺すようなすさまじい力の発現を感じる。

 ──時が来る……その時が来るぞ……──

 と、どこかで声がしたようだった。

 風は生臭く、不穏な気配が肺の裏側を擦っていく。フードが落ちるに任せて顔を上げ、前髪の隙間から空を仰げば、ビルの明かりが規則正しく伸びている。フードを脱いで、目を閉じて、怜は深く息を吸う。ヒリヒリと風が血管を侵していく。

「……殺気がするなぁ」

 口の中で呟いてから目を開けた。ビルのりんかくいびつに切り抜かれた夜空に浮く雲は、トカゲの幼体のような色をしている。なんだか背筋が寒くなり、この場を去ろうときびすを返すと、こちらへ向かってくる二人の男に気がついた。

 コツ、コツ、コツ。響くのは、高級そうな靴音だ。一人はガッチリとして背が高く、一人はがらで猫背だったが、見ず知らずの通行人に怜が興味をかれたわけは、背の高いほうが影を背負っているからだった。



 それは巨大で不穏な影だ。炎にも触手にも見える何かが揺れて、わずかあと、それが生首の形と知った。触手に見えたのはザンバラ髪で、怒りを含んで燃え立っている。首塚で生首を背負った男に会うなんて、これが不吉の兆候でなくてなんだろう。

 コツ、コツ、コツ……二人の男は近づいてくる。殺気がさらに凄まじくなる。

 どうするんだ。と、怜は自分に心でいた。

 人間関係のトラウマがある。怪異を見たからよかれと思って忠告すると、結果はほとんど裏目に出るのだ。ある人は失礼なヤツだと激怒して、ある人はちょうしょうしながら調子だけ合わせ、別の人はあわれみのこもったまなしを向けてくる。病院へ行けと言う人もいる。

 真剣に忠告を聞く人はなく、結果として彼らは不幸な目に遭い、やがてはそれが怜のせいだということになる。どうしてそれを知っていたんだ。どうして事前に知れたんだ。おまえが犯人だからだろう。人の不幸が楽しいか、気味の悪いヤツめ、死神め。

 ならば黙っていればいい。何も見なかった、知らなかった。関係のない相手だし、教えてあげる義理もない。けれど、でも……。

 怜は少しくちびるみ、袖の中でこぶしを握って歩き出した。そしてすれ違う瞬間に、

「そっちへ行くのは凶ですよ」

 と、背の高い男に忠告した。

 不幸を見過ごすのは恐ろしい。どうせわかっちゃもらえないけど。そう考えて、無力感と絶望感に襲われた。相手はぼくを気持ちの悪い若者と思うか、もしくは酔っ払いのごとと思うことだろう。男二人は立ち止まり、背の低いほうが、

「え?」とたずねた。

 説明を連ねても怒らせるだけとわかっているから、フードに顔を隠して行き過ぎる。北風が街路樹に吹き付けて、木の葉が宙を舞っている。怜は握った拳を上下に振った。

「言うことは言った……言うことは言った……言ったんだ」

 じゅもんのように唱えながらも、彼らの靴音に耳を澄ませる。

 引き返せ、首塚へ行くとマズいことになるぞ。あんたに死霊がいているんだよ。はっきり言えたらどんなにいいか。けれどそれを言ったとしても、聴く耳を持ってもらえなかったら意味がない。ぼくは死霊を祓えない。できるのは、彼の運命を予言して不快にさせるか、怖がらせることだけだ。

 靴音はしばらく立ち止まったが、やがて仮囲いされたビルのほうへと移動を始めた。

 そりゃそうだよな。怜は舌打ちをして足を速めた。心の中で良心が嵐のように荒れ狂う。あいつは死ぬぞ。わかっているのか? 人がひとり死ぬんだぞ? それでいいのか、おまえはいいのか。怜はそれに抗って言う。じゃあ、どうしろっていうんだよ? 今までだって、ずっと、何回も、繰り返してきた惨めな思いをまたしろと? 誰がぼくの言葉を聞いた? それで誰かを救えたことが、一度だってあると思うのか? 丁寧に説明しても、絶対理解してもらえない。背中に生首が憑いていて、それがあなたをねらっていますと話しても、いらつかせて、わらわれて、怒らせてから死なせるだけだと思う。

 だからぼくに責任はない。

「言うことは言った……言うことは言った……言ったんだ」

 怜の呟きは足下に落ち、それを聞いた落ち葉は北風に舞い上がり、仮囲いを越えて首塚のほうへと飛ばされていった。


の一 かい刑場跡地の怪


 十二月上旬。すでに日も暮れた午後七時過ぎ。怜はアルバイト先のコンビニにいた。

 間もなくシフトは終わりだが、夕食用に弁当が売れる時間なので販売ケースの状況を見ながら商品を補充する。いつもこの時間にお茶を買いに来る四十がらみの女性がいて、水曜日には大抵オムライスを買っていくので、バックルームで『オムライスの君』と呼ばれている。週に一度オムライスを買うのは自分へのごほうなのだと恥ずかしそうに話してくれたことがある。それ以来、怜は水曜日の夕刻になるとゴールデンゾーンからオムライスを外して売り切れないように配慮をしている。頼まれたわけではないけれど、棚にオムライスを見つけたときの、彼女のうれしそうな顔が見たいからだ。

「安田くん。そろそろあがっていいよ」

 レジに入ってきた店長が言う。

 この夜はなぜか客足が伸びず、女性もまだ買い物に来ていなかった。

「わかりました」

 と言いながらひざまずき、幕の内弁当の後ろにオムライスを移動した。

 ──いつもそうやってくれていたのね──

 声を聞いた気がして振り向くと、隣に彼女がしゃがんでいた。

「あ、どうも」

 面食らいながらも「オムライスありますよ」と、弁当を指すと、

「おいしいのよねえ。これ、大好き」

 彼女は静かにほほんだ。

 買い物カゴを持つわけでもなく、ひざに両手を載せている。

「今日は買わないんですか?」

「そうなのよ。今日はね」

 彼女は髪を耳にかけながら怜のネームプレートをのぞんできた。

「安田くんっていうのよね? いままでずっとありがとう」

 怜はハッと気がついた。

 この人は、もうオムライスを買うことができないんだ。

「なにかあったんですね」

 訊くとサバサバした顔で笑っている。

「うん。ここへ来る途中でね」

 彼女はコンビニの外を指さした。

 遠くから救急車のサイレンが近づいてくる。店長は首を伸ばして外の様子を見ていたが、すぐに無言で出ていった。サイレンはさらに激しくなって、野次馬たちが移動していく。隣の彼女はうなずいた。

「アラフォー、独身、彼氏ナシ。でも、ここのオムライスは好きだった」

「死んじゃうんですね? いま臨終ですか? がんばって生きようとすれば……」

 と、怜は訊いた。

「それはイヤ。もういいの。もう限界まで頑張ったから」

 彼女はふうと立ち上がり、バイバイするように耳のあたりで指だけを振り、砂時計の最後の砂のように床にほどけた。怜の吐く息が白くこおって、コンビニの外はますます騒がしくなって、血相変えた店長が戻ってきた。

「安田くん、事故だよ、あの人、うちのお客さん、『オムライスの君』がねられたんだよ。今、救急車に乗せられているよ」

 立ち上がって店の外に目を向けたけど、事故の様子が見えるはずもない。

「いや驚いたなあ、大丈夫かなあ。たいしたことないといいんだけどな。まさかうちへ来ようとして事故に遭ったとか……別にうちのせいじゃないんだけどさ……それにしてもこの辺は事故が多いよ、気をつけないと」

 入口のドアが開いて、お客さんが入ってくる。事故が気になるのか買い物カゴの横で振り向いて、事情を問うように店長を見た。

「いらっしゃいませ、こんばんは」

 と、店長は言った。次のバイトもバックルームから来て、「いらっしゃいませ」と言う。客はカゴを手に取った。ほんとうに、自分のシフトも、自分の役目も、終わったんだと怜は感じた。レジ前で店長に頭を下げると、

「安田くん、販売時間を過ぎた唐揚げあるから持って帰って」

 と、声をひそめる。ありがとうございます、と怜は答えた。

「それで、悪いけどゴミの交換してってくれないかな?」

「いいですよ」

 怜は制服のままバックルームへ入り、ゴミの袋を持って外へ出た。通りの向こうでパトカーのライトが点滅している。野次馬のかげになっていて様子は見えない。ゴミ箱を開けたとき、救急車がサイレンを鳴らし始めた。あの人の魂は、きっと体を追いかけない。『限界まで頑張ったから』そう答えたときのサバサバとした表情を思い出しながら、怜は一杯になったゴミの袋を地面に投げた。

 アラフォー、独身、彼氏ナシ。でも、またオムライスを買いに来てほしかった。レジでバーコードを読み取るとき、彼女が見せるはにかんだ笑顔が好きだった。

 もしかして、そう伝えてあげればよかったのかな。水曜日のあなたの笑顔を、店長もぼくも楽しみにしていたんですと告げたなら、彼女は生きようとしてくれただろうか。

 コンビニのウインドウに自分の姿が映っていた。ボサボサに伸びた前髪がほとんど顔を隠していて、瘦せて小柄で覇気がなく、泣きたいような口をして、ぼんやりと立った自分の姿が。その人が生きたいか、そうでないのか、どうしてぼくにわかるだろう。限界まで頑張ったと言ったあの人をもし、勇気づけてあげられたとして、ぼくにできるのはオムライスを隠すことぐらいじゃないか。それは彼女を本当の意味で生かしたことになるのかな。

 ヒロインが去った事故現場から野次馬が次々に引き上げていく。

 怜は自分の姿から目を逸らし、新しいゴミ袋をゴミ箱にセットして、分別されているかを確認した。缶の袋に入れられた弁当の空き箱を燃えるゴミの袋に移し、それぞれの口を固く縛ってゴミ箱のふたを戻した。死角になった場所にゴミを置き、報告のため店に戻ると、さっきの客が会計を終えて出ていくところだった。

「袋を替えました。すぐに着替えて集積所へ持っていきます」

 店長に言うと、店長は廃棄される唐揚げをレジの陰に置きながら、

「助かるなあ。この時間になると、怖くてさ」

 と、まゆじりを下げた。

「あと、ペットボトルのお茶を一本買って帰ります」

「いいよ、打っておくよ。なに?」

「ホットのほうじ茶でお願いします。二百八十ミリの」

 オッケー、と店長が言うのでバックルームへ入って着替え、支払いをしてお茶と唐揚げを受け取った。店長は怜の生活が厳しいのを見抜いて、失敗作や余った品を時々融通してくれる。その代わりと言ってはなんだが、暗くなってゴミを集積所へ運ぶのは怜がやることが多い。お疲れ様でしたと言って外へ出ると、けんそうはすでに鎮まっていたが、パトカーはまだいるらしく、周囲のビルに回転灯の光が赤く照り返していた。

 一階にコンビニがあるこのビルは、目隠し壁の奥にゴミ集積所があり、人感センサー式の照明がひとつだけ設置されている。その場所は日中でも薄暗い上に、真夜中にゴミ捨てに来ると、すでに照明がいていることがあるのだ。もちろん真っ暗なゴミ捨て場には人などいない。ゴミ捨てを終えて照明が消えたのに、裏口を曲がるときにまた明かりが点いたりするとゾッとして、何度かセンサーを交換したが、同じ現象は続いている。そんな理由で店長は夜のゴミ捨てを怖がるのだ。

 すみに寄せておいた回収ゴミを持って集積所へ運んでいく。目隠し壁を回り込むと人感センサーが怜を感知して明かりが点いた。手にしたゴミを古いゴミの上に積み上げてから、怜は集積所のかたすみに跪き、ポケットからナプキンを出してアスファルトに敷いた。店長がくれた唐揚げをひとつ置き、紙コップに少しだけお茶を注いでその横に置く。

 怜は立ち上がり、「じいさん」と、積み上がったゴミにささやいた。空き缶やペットボトルや燃えるゴミ。それらはすべて押し合うようにして半透明の袋に詰め込まれている。廃棄食品が別ルートで回収されるようになる前は、ここに売れ残りのパンや弁当が、透けて見える状態で捨てられていたのだという。

 怜は踵を返して集積所を出た。明かりはすぐに消えたのだが、数歩歩くうちに、またライトが点いた。

 ペットボトルをぶら下げて、怜は夜間工事のバイトに向かう。オムライスの君が向かった空には、ささやかな星が瞬いている。このコンビニでシフトが同じになる相手、店長と、常連客。ぼくの世界にいる人たちも、せいぜいそんなところです。もしも貴女と同じ状態になったら、ぼくも、魂が体を追いかけたりはしないと思う。ぼくだっていつも考えている。安田怜をリセットしたいと。

 



 工事現場へ向かう途中の公園で、ガードパイプに腰を掛け、残りの唐揚げとお茶で夕食にした。コンビニから近いこの公園は、建物の陰になっているので風がそれほど強く吹かない。ベンチは(しり)が冷えるので、ガードパイプがあるのもありがたい。隣が公衆トイレでその前が五階建ての安アパートで、景観は悪いが文句は言うまい。

 古びた街灯の明かりは暗く、みちばたみずまりに丸い光が映り込む。冷えた唐揚げはいつもの味だが、栄養を取るために我慢して食べる。この時間、安アパートにはほとんど明かりが点かない。明かりのある部屋にいるのは留守番の子供か、年寄りだろう。みんな必死に暮らしているのだ。ボロでも、古くても、住む場所があるのはありがたい。オムライスの君は、どんな部屋に暮らしていたのかな。

 暗いアパートを見上げて唐揚げをしゃくする。

 おまえはどうだ。と、頭のなかで誰かが訊いた。

 勝手に産んで、捨てられて、根無し草のように生きているおまえは?

 怜はグビリとお茶を飲む。

 たださびしくてあの人に生きてほしいと願った。でも、それはぼくのエゴかもしれない。

 パサついた唐揚げをお茶で飲み下して、怜は足をブラブラさせた。人はどこかで生きることを諦めるのか、それとも、十分に生きたからもういいと思うのか。『でも、ここのオムライスは好きだった』と彼女が言ったとき、それには『ここのコンビニで買うオムライスは好きだった』という意味は含まれていなかったんだろうか。『また買いに来てください。待っているから』そう告げたなら、彼女は生きようとして体に戻ってくれただろうか。ぼくならどうした? 生きたかな?

 風が吹き、カラカラした葉っぱがガードパイプの下を転がった。怜は口に最後の唐揚げを押し込んだ。空っぽの袋を片手で丸めると、少しだけ手のひらが温かく感じた。

 最初のときはヨーグルトだった。紙コップに少しだけ入れてゴミ集積所の地面に置いておいたら、次の朝には中に虫が入っていた。しばらくしてからプリンを置いた。アリで真っ黒になっていた。おかゆ、おにぎり、クリームパン、ようやく今夜は唐揚げになった。

鹿だな」

 と、怜は自分に言った。

 オムライスの君はもういない。時々心が通い合うと感じた数少ない知り合いなのに、その人はもういない。なんの責任も取れないからと、彼女をぼんやり見送って、それを今頃後悔している。やっぱり自分はポンコツじゃないか。異能のポンコツ。同じ空間の同じ時間軸に存在しても、見ている世界がみんなと違う。それがなにかの役に立つならいいけれど、気味悪がられて、うとまれて、嗤われるだけなんて。

 簡素な晩飯を食べ終わると、怜はゴミ箱にゴミを捨て、徒歩で小一時間ほどかかる工事現場へ向かった。ポケットに手を突っ込んで公衆トイレを曲がった先で、スマホが鳴った。自分の異能を疎みながらも、怜はそれを用いて副業をしている。友人も家族もいないから、スマホが鳴るのはSNSに副業の依頼がきたときだけだ。もしかして、これで家賃を払えるかもしれない。今のところを追い出されたら、保証人のいない怜がまた部屋を借りるのは至難の業だ。

 風の来ない場所まで移動してからメッセージを開くと、短文だった。

 ──体にうろこ 対処できるか──

 前フリも、あいさつもない。

 パーカーのフードを引き下げて、左手を腹で温めながら、怜は右手でキーを打つ。

 ──ぎょりんですか りんこうですか──

 返信すると相手は少し時間を置いて、

 ──ちゅうるいの鱗だ──と、答えた。

「うぁ……マジかぁ……」

 困ったように眉をひそめて、スマホの角で額をいた。

「どうしようかなぁ……うーん……それってヤバいやつだよなぁ」

 けれど『ヤバいやつ』だからこそ受けてくれる霊能者がいなくて、それで自分のところへ流れ着いてきたともいえる。少し考えてから、

 ──どこかの禁足地に立ち入りましたか?──

 と、相手に訊いた。

 ──そうだ なんとかできるか──

「うーん……」

 それでも結論を出せずにいると、薄暗い道を車が通った。電柱のシミをライトが照らし、夜の一部を切り取りながら去っていく。どんよりした夜で、湿った下水のにおいがしていた。

 ──即金で十万払う──

 待ちきれずに相手は言った。怜の指が返信を打つ。

 ──足つき十五万円頂きます 危険なので──

 今度は相手が考えているようだった。はあ? 十五万だ? ふざけんな。と、向こうの気持ちが脳裏に響く。けれどもその二秒後に、相手は、

 ──わかった──

 と返事をよこした。

 よし、これで家賃が払えるぞ。怜は寒さに震えながら自分を鼓舞し、待ち合わせ場所について返信をした。


 一刻を争う事態と判断したので、翌日はコンビニのバイトを休んだ。

 正午過ぎにドラッグストアへ寄って痛み止めと包帯と消毒液と日本剃刀かみそりを買ってから、怜は待ち合わせ場所へ向かった。八王子駅から近いアーケード街のバス停である。そこは歩道の奥に公園があり、前がバス停なので短時間なら車を止められるのだ。十二坪程度の公園はモニュメントと樹木とベンチだけしかなくて、おばさんがベンチに腰掛けてまんじゅうを食べていた。陽の当たる場所は暖かく、かげは寒い。アーケード後方の日向ひなたに立っていると、窓に違法のスモークフィルムをった高級車がすべんできてバス停に止まった。見るからにその筋の車だったので、しらばっくれて逃げてしまおうかと考えていると、

「お待たせしました」

 こわもての男が後部座席から降りてきて、怜の前に立ち塞がった。三十すぎで、紫暗色のスーツにしま模様のシャツを着て、濃いサングラスをかけている。口調も身振りも丁寧だが、触ればれる日本刀のような雰囲気がある。助手席と運転席からもチンピラが出てきて、あれよという間に囲まれた。一人はスキンヘッドにスタジャンを着て、運転手はモヒカン刈りだ。

「兄ちゃんがはらい師さんか?」

 金のとらしゅうしたスタジャンのチンピラが、早く乗れというように後部座席のドアを押さえた。そこに若い男が乗っていたので、鱗のさわりに苦しむ相手と察しがついた。

「どうした、乗れよ」

 と、サングラスが笑う。

「早う乗らんかい、足つきゆうたの兄ちゃんやろが」

 ガムをクチャクチャ言わせながら、モヒカンはこれ見よがしにに貧乏ゆすりをする。まともに話ができそうなのはサングラスだけだと悟って怜は言った。

「前金でいいですか」

「あんだと? ごるぁ!」

 モヒカンがすごむのをサングラスが手で止めて、ふところから抜き出した金封を怜の胸にたたきつけてきた。ニッと歯を見せて、「乗ってください」と、命令する。

 怜はその場で封筒の中身を確認してから後部座席の中央に座った。横にサングラスが乗ってきて、ドアが閉まる。

わかがしらの前で金の確認さらすとは、兄ちゃん、エエ度胸しとんな、あ?」

 助手席のスタジャンが威嚇してくる。

 怜は封筒を懐にしまうと、買い物を入れたザックを膝にかかえた。

「祓い師の兄さんよ。先ずは何がどうなっているのか説明してくれ」

 若頭と呼ばれたサングラスが訊く。怜は後部座席で俯いている若い男をじっと見て、自分の想像が当たっていたことを知った。やはり一刻を争う事態だったということだ。

「この人はえさになりますよと立候補したんです」

「なんだと? んなわけねえだろ、肝試しに行っただけだぞ」

 スーツの袖を引っ張りながら、若い男が嚙みついてきた。

「本人がそう思ってるだけです。それに、ほかにも誰かいたんですよね?」

「な、なんだよ、なんでテメエにそんなことがわかるんだよ」

「でなきゃその場で殺されていたはずだからです」

 違いますかと訊ねると、若い男はプイッと顔を背けてしまった。サングラスが訊く。

「立候補とはどういう意味だ」

 説明が面倒臭いなあと、怜は小指の先で額を搔いた。

「たぶんネットのオカルト板とかで記事を読み、興味本位で出かけたんだと思いますけど──」

 そのとおりだよと言うように、若い男は背中を丸めた。



「──ネットで定期的にバズるこの手の話は大抵裏があって、物見高い連中を呼ぶ仕掛けだったりするんです。鱗は『自分のもの』という印で、俺の餌だから手を出すなよと、ほかの化け物に言ってるんです。そこへ行ったの、昨晩ですよね?」

「なんだよ……俺の餌って……」

 若い男は震え始めた。

「だいたいひと晩で鱗から本体が出てくるらしいです。早くしないと、今晩には襲ってくると思います」

「襲ってくるとはどういう意味だ?」

「そのままの意味です。現地で何があって、連れの人がどうなったのか、あなたは知っていますよね? 今夜には、あなたがそうなるということですけど」

 若い男は両手で自分の耳を塞いで、怜に背中を向けてしまった。

 二人がルートを打ち合わせている間に、サングラスは声をひそめて怜に訊いた。

「で? どうすればいい」

 と、サングラスが訊く。気を吐くチンピラの何倍も恐ろしい雰囲気を持っている。

「鱗の原因になった場所へ行ってください」

 窓に全身を向けていた若い男が悲鳴を上げた。

「なんでだよ! あんな場所へは二度と行かねえよ」

「行かないと助かりませんよ」

 怜は男を覗き込む。彼は自分より少し年上に見え、真意の読めない顔をしていた。たぶん頭が空っぽなんだ。だから怜は若頭に言う。

「面白半分でネットのネタに食い付いて、禁足地を侵したためにロックオンされたんです。鱗が出たのが腕や脚なら助かる見込みがありますが、腹や背中だと無理かもしれない」

「若社長」

 早く見せろと言うようにサングラスがあごをしゃくった。

 男はいやそうに上着を脱ぐと、怜の前に腕を出し、青いシャツの袖をめくった。左腕のひじから下が十二センチ×十センチほどのケロイド状になっていて、そこに灰色の鱗甲が浮き出している。皮膚が変化したのではなく、皮膚の裂け目から別の何かが覗いているといった状態だ。ひしがたの鱗は蛇を思わせ、呼吸するように波打っていた。

「腕ですね。まだなんとかなるかもしれない」

「どこへ行きゃいいすか?」

 モヒカン運転手が訊く。

おおの刑場跡から山へ入って……」

 若社長と呼ばれた男は、ようやく行き先を指示してくれた。

「その場所へ行けばなんとかなるのか」

 怜はドラッグストアで買ってきた品をザックから出すと、膝の上に置いて考えた。

 ほら、まただ。毎度ここが面倒臭いのだ。結論だけ伝えて納得してもらえればいいけれど……と、隣の若社長を盗み見る。命の危険が迫っていると、この人は本当にわかってるのかな。すべて自分が招いたことだと。そして思わず溜息を吐く。

「兄さん、冗談はナシでいこうぜ」

 サングラスを少し下げ、若頭は刺すような眼差しを怜に向けた。

 方法はひとつしかないんだ。でも問題は、軽々しく禁足地に踏み入るバカがそれを納得するかどうかだ。言うことだけ言え。と、心の中で自分が囁く。言うことだけ言ったあと、どうするかは奴らが決めればいいじゃないかと。

「同じ場所へ戻るのは、禁足地から『それ』を出さないためです。印を外に残してしまうと、そこから本体が出入りして禁足地の意味がなくなってしまうから。やり方としては」

 怜は大きく息を吸い、言いにくいことを一気に告げた。

「陽のあるうちに囲いに入って鱗部分をそぎ落とす。日本剃刀を買ってきました」

「は? ふざけんなよ」

 若社長は目をいて、怜の襟をグイとつかんだ。

「なんだよ、鱗をそぎ落とすって、俺の腕にくっついてんだぞ」

「皮膚を削るだけなんだから、両腕をもがれるよりはいいでしょう」

「……てめ……どうして、それを、知ってん、だよっ」

 さらに襟を絞めてくる。苦しさで怜は眉をひそめた。

「あと脚も」

「ひいっ」

 若社長は怜を解放し、自分の頭を抱えてしまった。

「兄さん、説明してくれないか。うちの若社長は何をやらかして、どうなっているんだ」

 そう訊かれても、怜自身の知識だってうわさをつなぎ合わせた程度にすぎない。乱れた襟を引っ張って、怜は言った。



「肝試しに行ったのが『やらかした』ことで、『どうなっているか』と言えば命の危険にさらされています。ていうか、高額祓い師のぼくにメールしてきたくらいだから、事態が切迫していることはわかっているわけですよね?」

 違いますかと訊くと、若頭も身を乗り出して、怜越しに若社長を睨み付けた。

「若社長も。きちんと話さなきゃオトシマエのつけようがないですぜ」若社長は窓に向いたまま、両膝を抱えて蚊の鳴くような声で、

「拾った女が言ったんだ。飲んでて、オカルト掲示板の話になって、かんかんなんたらって化け物の話でよ……その場所がどこか知ってるのって自慢げに……そのうち女が煽って来やがって、腹立ち紛れに軽い気持ちで……」

 すると金の虎柄がスキンヘッドを抱えて訊いた。

「うひゃ、ヤベえ。それって姦姦蛇螺じゃないっすか? 2チャンの『しゃがき』に出てくる妖怪っすよね……あれってホントにいたんすか」

「金網で囲んであったんだよ。クソ気味の悪いところなのは確かだけど、化け物なんかいやしねえんだ。くだらねえ話で山ん中まで連れて来やがってと、罵倒したら、その女、『フェンスの中に入らなきゃ出て来るわけないでしょう』って……」

 若社長は震え始めた。

 そして禁足地に入ったんだ。ソレが現れ、女が喰われ、この男だけが逃げてきた。

「そりゃなんだ」

 と、サングラスは金の虎柄に訊ねた。

「洒落柿ってのは、シャレにならないほど怖い話を集めたオカルト板のスレッドです。姦姦蛇螺はそこに投稿された話に出てくる化け物で、上半身がで六本の腕を持ち、下半身は蛇っぽいけど全身を見たら助からないと言われてんすよ」

「馬鹿言うな」

 サングラスは鼻を鳴らした。

 そう思うならどうしてぼくに連絡してきた? 怜は心で呟いた。でも報酬は受け取ったのだし、金がないと困るのはぼくなんだ。

「いえ。彼の言う通りだと思います。じゃなきゃ腕の鱗をどう説明するんです?」

 しばし眉間に縦皺を刻んで考えてから、

「見たんですか、若社長」

 サングラスが訊ねると、若社長は激しく頭を振った。

 強面男はサングラスを外して怜をにらんだが、怜が動じることはなかった。死ぬより恐ろしいことなんて、この世にいくらでもあるものだ。 


 高級車が向かった先は信じられないほどの山だった。

 最後の村落を過ぎたあたりから車道の舗装もおざなりになり、ついにはアスファルトのれつに草がえているような悪路となった。両脇にやぶが迫って高級車のボディを擦るので、モヒカンはスピードを落とした。



「本当にこんなとこまで来たんすか」

 虎柄が訊く。

 若社長は助手席のヘッドレストを摑んで前方を指した。

「もう少し行くと左側にでっけえ木がはみ出してるから、その手前に右へ曲がる道があるんだよ」

 車のタイヤが悪路を踏んで、振動がじかに伝わってくる。どこからか、ドブのような悪臭がした。十二月というのに森は落葉しておらず、茶色い葉っぱを枝先に張りつけたまま、森全体が乾いて死んでいるかのようだ。チリチリと石を踏みながら進んでいくと、くさやぶが二重になっている。脇道があるからだ。

「うへえ……気持ち悪っ、なんじゃいここは」

 ゆっくりとあたりを見回しながら、モヒカンが文句を言った。

「真夜中にこんなとこまでよく来ましたね。俺ぁ『いり』は怖かねえけど、オバケってぇのはどうもなぁ……タマが縮むってぇか、なんてぇか」

「酔ってたんだよ」

 と、若社長は言うが、そうではなく、肝試しに誘われたとき、すでに魅入られていたのだろう。ギャア、ギャア、ギャア……どこかで赤ん坊の泣き声がする。

「どっかでガキが泣いていやすぜ」

「ガキじゃなくてふくろうですよ」

 怜が言うと、「肝が据わってる上に物知りだねえ」とサングラスが低く笑った。

西にしむら。こんな若造に任せてホントにいいのか──」

 なぜなのか、それを聞くと若社長は突然イキり始めた。

「──普通はあれじゃねえのかよ、くとか呪文を唱えるとか、悪霊退散みたいにするんだろうが、皮を剝ぐ? そんで十五万も取るのかテメエ」

 怜は動じず、嚙んで含めるように答えた。

「護摩や呪文でどうにかできる程度の相手なら、山奥の禁足地になんか閉じ込めていませんよ。姦姦蛇螺の正体は、村人に両腕を斬られて大蛇にまれた巫女だという話になってますけど……なわくくられた六本の木、みずがめと、怪物をかたどなぞの木切れ、それに触れさえしなければ安全だと思ったんでしょ? でも、伝聞は真実の一部にすぎなくて……」

「何が言いたいんだよ」

 怜はひとつためいきき、「つまりは、ですね」と、若社長ではなく、西村と呼ばれたサングラスのほうを見た。その間にも車は進み、舗装もされていない脇道へ入った。

 草ぼうぼうの砂利道は、若社長が車で来たときの跡がわだちになって残っている。

「シカイという言葉を聞いたことがありますか?」

「知るかよ」

 と、若社長が背中で答える。

「これはぼく個人の勝手な解釈ですが……『肢解』というのは、拷問刑のひとつです。人の手足を切り落とし、塩漬けにして生かしておくんですけれど……西せいたいこうの話が有名で、皇帝のちょうあいを受けたの手足を切り落とし、瓶に塩漬けにして幽閉していたという」

「エグい話だが、うちの社長とどんな関係があるのか、わからねえな」

 西村が訊く。「記憶は風化して

いくけれど、けがれは土地に残るんです。すぐに死ねない場合は特に、うらつらみがはくとなって地中に溜まると言われます。『こんぱくこの世に留まりて』って言葉を聞いたことないですか? 魂は抜け出るもので、魄は地中に溜まるもの。死者が出た場所の床下を掘ると、土中にドロリと溜まっているのを見られるそうです」

はくをつけるための怪談話か」

 西村はまた鼻で嗤った。

「さっきから、ぼくには並んだおけが見えるんです。塩漬け桶から首だけ出して、日干しにされて、死ぬに死ねない罪人たちが手足を求めてじゅを吐いてる。大昔、フェンスの奥には刑場があったんだと思います。ものすごくたくさんの人が惨い殺され方をした。同じ苦しみを味わわせたいと死ぬまで願った。あなたはさっき十五万円が高いと言ったけど、そんな場所へ入るってことは、ぼくら全員死ぬかもしれないわけですよ。の念を持たない人は、面白がってそういう場所に来たがるけれどあなたが生きてる本当の理由は、こうやって別の餌をおびき寄せるためだったのかも」

 若社長の顔に怯えが浮かぶ。彼はわずかに腰を折り、サングラスの顔を盗み見た。

「興味本位で来たわけじゃねえ。俺だって色々あるんだよ」

 詫びるように呟くと、

「早く行け」

 と、前の席にいる虎柄の頭を殴った。


 脇道は数メートル先で唐突に行く手を塞がれていた。

 どんつきに高さ三メートル以上もある金網フェンスが立ちはだかって草の中をどこまでも続いている。てっぺんの鉄条網には注連縄が張り巡らされ、フェンスの前の立て札には、ベニヤ板に墨文字で、

 ──これより先に立ち入る者は死を覚悟せよ──

 と書かれていた。

 汚い手書きの文字なので、妙な迫力と不気味さがある。

 フェンスの奥はただの荒れ地で、噂に聞く六本の木は見えない。ギャア、ギャア、ギャア……森のどこかで梟が鳴く。西村が最初に車を降りて虎柄が続いたが、若社長が外へ出ようとしないので、怜は仕方なく西村側から草むらに立った。

 地面には細長い草が生え、腰のあたりまで茂っている。

「降りないんすか」

 と、モヒカンが若社長に訊く。

 西村が回り込んできて後部座席のドアを開けると、若社長はようやく車を降りた。かがんだスキに札入れが落ち、慌てて拾う。

 これから腕の皮を剝ごうというのだから当然かもしれないが、緊張で顔がこわばり、耳まで真っ赤になっている。若社長の話通りに、道から少し入ったところで金網フェンスの一部が切り取られていて、人が入れる程度に折り曲げてあった。

「なあ、ホントに俺のここを切るのか? ほかにやり方あるんじゃねえのか」

 今さらながらに若社長が訊く。完全に腰が退けている。

「切らなきゃ今夜死にますよ。オカルト板にもあったでしょ? 禁を犯した少年たちは、一人が全身硬直した上に、痛い痛いと苦しんだって。放っておけば塩漬けの痛みと苦しみを存分に思い知らされてから死ぬんですよ」

「や。オカルト板では助かるんだぞ。拝み屋のところへ行って、何日かして助かるんだ」

「そう書いておかないと、あなたみたいな人を呼べないからですよ」

「そいつも体を切ったってか? そんなことは書いてなかった」

 死ぬか生きるかというときに皮を剝ぐのをためらうなんて、こっけいを通り越して呆れてしまう。あんなに説明したというのに、今夜にも起きる本当の恐怖をわかっていない。家賃のためとはいえ気持ちが折れるのはこういうときだ。本人が助かろうとしないのに、どうしてぼくが命を賭けなきゃならないんだろう。オカルトに惹かれるヤツってこんなのばかりだ。物見遊山で近づいて、助けてくれというくせに、説明すると信じないという。

「冬だし、三時を過ぎたら暗くなりますよ。太陽があるうちに中へ入って、腕の鱗を切り取って、地面に捨ててから出てください。それで命は大丈夫です。ただし入ってすぐにやらないと気付かれるので、時間はほとんどないですけどね」

 そう言ったとき、西村に首根っこを摑まれた。

「能書きはいいから一緒に入ってもらおうか。わかってると思うが、鱗を切っても若社長が助からなかったら、おまえも同じ目に遭わせるぞ」

 フェンスの穴まで引っ張っていかれ、腹にザックを抱えたままで草むらに押し倒された。

「先に入れ」

 と西村が言う。ドスのきいた声だった。

 仕方がないので金網を持ち上げて隙間から禁足地へにじり入る。モヒカンと虎柄が続き、西村は若社長を押し込んでから、最後に中へ入ってきた。

 素通しのフェンスがあるだけなのに、中の臭いは酷かった。

「うわ、臭え……」

 モヒカンは吐きそうになって、顔の下半分を両手で覆った。フェンス近くは腰のあたりまでとがった草が茂っているが、数歩向こうで草は消え、その先一帯は血の色になっている。

「うひゃぁ、なんだありゃ……まさか血じゃねえよな?」

 と、虎柄が呟く。

 まだらに盛り上がった血の色は、よく見ると植物のようだった。くるぶし程度のくさたけで、血の色の葉と花を付けている。その場所に、ひときわ鮮やかなピンクのコートが落ちていた。

「やりましょう。彼に痛み止めを飲ませてください」

 怜に言われて虎柄はレジ袋から薬を出すと、律儀に三錠だけ拾って若社長に渡した。彼がそれを吞み込むのを待って、西村が日本剃刀を右手に握る。

「先に患部を消毒したほうがいいです。ここは空気が悪いので、傷口が菌を拾って腐るかもしれない」

 ハンカチを裂いて止血のために若社長の腕を縛る。

 怜はもう、彼を救うことしか頭になかった。改めて袖をめくると、鱗甲は倍ほどに広がっていて、ズルリ、ズルリとうごめいていた。腕の中に蛇がいて、一部がはみ出しているかのようだ。

「うぇっ」

 虎柄は変な声を出し、若社長は自分の腕から逃れようと体をよじった。ここから蛇が出てくると予言した怜でさえも、目の当たりにした腕の異様さに背筋の凍る思いがした。生中な知識でこういうモノと対峙することの危うさが、怖気となって襲ってくる。ゴロゴロゴロ……と冬の雷が鳴り、草原を取り巻く森が大きく揺れた。いつの間にか山側に真っ黒な雲がき出している。

「マズい」

 叩きつけるような風が草地を走り、くぼでピンクのコートが揺れる。コートは風を孕んで舞い上がり、そのたび長い髪の毛が見えた。脱げたコートが落ちていたわけじゃなく、女が草地に倒れているのだ。ピクリとも動かない。

 西村が顎をしゃくって確認に行かせると、モヒカンはコートに近づいてから、ペタリと地面にしりもちをついた。

「ひいいい」

「たぶん昨夜の女だと思う」

 若社長が白状した。そうはくで、膝がガクガク震えている。

 モヒカンはうようにして戻ってくると、

「胴体だけで腕がねえ……脚もねえ」

 死体を目で指し、そう言った。だからさっきから忠告しているんじゃないか。

「なんかいるんだ。ホントになんかいるんだよ。人間にあんな真似できるわけがねえ。コートは袖ごと千切れてる。首は真後ろ向いてるし、足なんか引っこ抜かれた跡がある」

 だから何度も言っている。怜は焦ったが、男たちはこたえない。

「ありゃマジか……マジな話だったのかよう」

「皮を剝げ! 早くしないとアイツが来るぞ!」

 ついに怜は大声で叫んだ。風は激しく、明らかに意思を持って吹き付けてくる。ピシャーン! と、どこかに雷が落ちて、虎柄はようやく消毒液のキャップを切った。ゴロゴロゴロ……と空が鳴り、黒雲が割れて稲妻が光る。風はますます強くなり、ギャア、ギャアと森で梟が叫び出す。腕の鱗甲がズルズル動く。今にも外に飛び出しそうだ。

「歯を食い縛れ」

 西村が日本剃刀のケースを外したとき、

「いやだあーっ!」

 若社長は突然西村を突き飛ばし、草を分けて窪地のほうへ駆け出した。

 バリバリバリ! その前方に雷が落ち、真っ黒な空から大粒の雨が降る。

「くそっ! つかまえてこい!」

 西村が虎柄に怒鳴った。あたりは凄まじい臭いがしている。草は揺れ、雨で視界が利かなくなった。ずり……ずり……と、気配がする。妖魔が吐く息を感じる。墓場の腐った土のような、苔と腐肉と蛆の臭いだ。

「マズい、相手に気付かれた」

 怜は草むらを後ずさる。

「まだ三時過ぎだぞ、まだ夜じゃねえ!」

 振り返って西村が怒鳴った。顔が恐怖で引きつっている。

「時間は関係ないんです。太陽の光に邪気を祓う力があるというだけで、光がないと」 

雨は本降りになり、冷たさが針のように突き刺さってくる。ギャア、ギャア、ギャア……黒雲が太陽をさえぎって、しの突く雨のとばりが降りる。草は打たれて地面に沈み、稲妻が瞬間を照らし出す。ピンクのコートに、まみれの髪に、妙な方向を向いた首、だんまつを張り付けた女の死に顔がフラッシュライトに浮かんでは消える。

「厭だー! ひいー! 助けてくれ、俺から出ていけ」

 窪地で四つん這いになったまま、若社長が叫んでいる。

 そのとき、シャラシャラシャラ……と、音がした。激しい雨と叫び声、風の音に混じって確かに聞こえる。顔に張り付いてくる髪を搔き上げて、怜は目をしばたたく。

 草原を取り囲む金網が恐ろしい勢いで揺れている。雨で視界が塞がれて、這っていく若社長の姿がかすむ。追いかけているのは虎柄だ。テカテカした布と金の刺繡が時折稲妻を照り返す。もはや日が暮れたように真っ暗だ。金網が激しく揺れる。尋常ではない揺れ方だ。怜はザックを胸に抱えた。

「そんな義理はないけど、忠告しとく。すぐに逃げたほうがいい」

「なんだと?」

 西村が振り返った瞬間、だっのごとく怜は駆けた。

「逃げたほうがいい! 今すぐに!」

 言うことは言った……言うことは言った……あとは心で呟いて、草の中をひた走る。

「テメエ、小僧! 待ちやがれ!」

「ひゃあぁああーっ!」

 つんざくような悲鳴に西村は立ち止まったが、怜は金網フェンスの穴をくぐった。



 外に飛び出すと車へ戻らず、来た道と逆方向へ向かって走る。藪に飛び込んで身を隠し、腰を屈めてフェンスが見える場所まで戻った。雨は容赦なく体に()みて、草原のほうから怒号が聞こえる。ようやく金網のそばまで来ると、それは凄まじく揺れていた。

「西村、西村ーっ」



 若社長が呼んでいる。チャンスは一度と言ったのに。違うか、入ってすぐにやらないと気付かれる、そう言っただけのような気がする。説明を省きたがるのは、ぼくの悪い(くせ)かもしれない。瞬時に様々なことが頭を()ぎった。西村が走っていく。その後ろをウロウロしているのはモヒカンだ。バカだな、逃げろと警告したのに。

 せつ、西村たちは凍ったように足を止め、金網フェンスを見上げた。

 それに魅入られた者どもは、霊感がなくても姿を見るのだ。

 シャラシャラシャラ……ゴロゴロ……ビシャーン! 稲妻の光がそれを照らした。

 金網には巨大なムカデが張り付いていた。長さは十メートル以上あり、頭部は人の女にも見え、振り乱した髪にかんざしが刺さっている。簪ではなくて、角かもしれない。そうか、みずちか、と怜は思った。蛟は蛇に似て蛇ではなく、水にみ、角と四肢があって、毒気を吐くといわれている。けれどもそれは四本どころか、無数の腕と無数の脚を生やしていた。犠牲者の体から引きちぎったやつだ。それをムカデのように動かして、金網の内側を走っているのだ。

「ひいい、ヒイ」

 虎柄は窪地で腰を抜かしている。蛟にくっついた女の顔がグルリと傾く。

「ひっ」

 と虎柄が言ったとき、蛟は宙に身を投げた。と思うや、雨を裂いて窪地を走った。

 虎柄の腕が宙を舞う。稲妻が光り、血しぶきが飛び、スタジャンの袖ごと腕をくわえた女の顔がやみに光った。虎柄は泣き、両腕のない体が宙に浮き、すぐに沈んで草だけが揺れた。

 痛ましさに怜は顔を背ける。

 次には若社長の悲鳴が聞こえ、顔を上げると、上半身がもの凄い勢いで草の中を移動していた。雨はますます激しさを増し、梟の鳴く声がした。「ギャア、ギャア」違う、それは女の鳴き声だ。笑ったかたちに口を開け、若社長の腕を嚙んでいる。様々な腕がそれぞれに動いて、獲物の髪を摑んで持ち上げ、次には肩に喰い付いて、体から腕を引き抜いた。

 西村が後ずさり、モヒカンは走り出す。雨の中、フェンスの隙間めがけて逃げていく。断末魔の悲鳴と蛟の声が二人を追いかけ、女が脚を引きちぎったとき、唐突に雨がんで陽がしてきた。

 怜は藪に体を伏せて、高級車が逃げ去っていく音を聞いていた。


其の二 桜田門に拾われる


 翌日の昼下がり。

 森の上にはビルがそびえて、その上の空は真っ青だった。

 怜はこうえんの日向でベンチに座り、電話の相手に何度も頭を下げていた。パンパンにふくらんだバックパックを足下に置き、貴重品だけ腹に抱えている。

「はい……はい……本当にお世話になりました」

 一身上の都合でバイトを辞めるとコンビニに電話した。店長にはよくしてもらったが仕方がない。もしもバイトを続けていれば、連中が店にやって来て迷惑をかけてしまうだろう。夜間工事の仕事も辞めて、大切な安アパートからも退去した。直後にサーチしたSNSで、西村たちが自分を血眼になって探していることを察知したからだ。さかうらみされる筋合はないのに理不尽だ。やるべきことは教えたし、親切に薬や包帯まで用意して、禁足地へも同行した。アレがどういう素性のものか説明もした。逃げずにコトが運んでいれば……。

「ボコられて金を奪われ、山に捨てられていたかもな」

 スマホの画面をズボンできながら、溜息交じりに呟いた。

 匿名同士が連絡を取り合えるSNSは便利だが、依頼者の顔は会うまで見えない。短文メールを読んだとき、嫌な予感はしたんだよ。なんで話を受けちゃったかなあ。言うまでもなく現金が欲しかったからだ。十五万円に目がくらみ、ヤバい仕事を引き受けた。そしてたぶん二人を死なせ、二人の腕には鱗甲が出ている。彼らが鱗甲を切り取らなければ、西村と呼ばれた若頭も、モヒカンのチンピラも殺されてしまうことだろう。

「はあ」

 宙を見上げて溜息を吐いた。霊感バイトはしばらくできない。それより今日からどうしよう……冬だしな……さすがに公園で野宿はきつい。低所得者が身を寄せるような場所はやつらが掌握しているはずだし、泊めてくれる友人も、恋人もない。保証人不要の不動産を契約できたとしても、すぐ押し込まれたらシャレにならない。捕まれば組の事務所に連れていかれて、きっと同じ目に遭わされる。そんな人生の最期は厭だ。なぜこんなふうに生まれついたか。親を知らない怜には、心当たりも、悩む術もない。世の中は化け物だらけだ。けれども見えない者からすれば、それはいないと同じこと。いっそ完全に奴らを無視して、本当に見えない振りを通して、普通に生きていけたらいいのに。

 こずえからカラスが飛び立った。脚を伸ばして全財産を入れたバックパックに載せると、怜はベンチで背伸びした。苦労して大学を出たけれど、運勢は変わらなかった。ただ生まれ、ただ生きた自分が摑んだものは、ヤクザに追われて路頭に迷う現実だ。

「終ったな……ぼくの人生」

 よっこらせ、と立ち上がり、バックパックをベンチに載せると、それをまくらに目を閉じた。


「こんばんは」

 誰かに呼ばれて目が覚めた。あたりは暗くなっていた。

 ギョッとして、周囲を見渡して、すぐ目の前に中年のサラリーマンがいるのに気がついた。頭頂部はスダレ状、古臭いデザインのメガネをかけたオッサンだ。冬なのにコートを着ていないので、なんとなく自分と同じ境遇に思えた。

 オッサンは背中を丸めて上着のポケットに手を突っ込むと、ショートサイズの缶コーヒーを出した。

 またも周囲を見回して、どうやら自分に言ったようだと判断する。

「……どうも」

 顔を見もせず頭を下げると、オッサンはさらに缶コーヒーを差し出してきて、

「いかがですか?」

 と怜に訊いた。

「そこの自販機で一本買ったら、一本当たったんですよ。ああいうのは、ただの飾りかと思っていたら、当たることもあるんですねえ」

「はあ」

 遠慮なく受け取ると、缶の熱さがありがたかった。オッサンは怜の隣に座ってくると、前のめりになってプルタブを起こし、街灯を見上げて、

「寒くなってきましたねえ」

 と、コーヒーを飲んだ。缶から湯気が立ちのぼっている。怜は両手に缶を握って暖をとり、中身をこぼさぬようにプルタブを開けた。

「いただきます」

 火傷やけどしないようひと口飲んで、胃袋へ落ちていくコーヒーの熱を追いかける。

 人間は現金だ。こんなモノひとつで、また生きていける気がするなんて。

「突然こんなことを言ってあれですが、私は、仕事を探している人を探してるんです」

 こちらを見もせずオッサンが言う。

 さては怪しい仕事の勧誘だったかと、怜は厭な気分になった。

 でもコーヒーは美味おいしいので、飲み干すまで話を聞いてやろうと思う。

「いえね、怪しい勧誘だと思っているかもしれませんけど、な話……」

 オッサンはクルリと顔を向けてきた。小柄で、猫背で、丸顔で、お地蔵さんのような顔をしている。メガネの奥で目を細め、邪気のない顔でニコリと笑った。

「なかなかいい人がいませんで……もちろん試験は受けていただくのですが……こんな話にご興味ありますか?」

 寒空の下、膨らんだバックパックを持って公園にいる人間が何を欲しているか、わかって訊いているのだろう。いまいましいので冷たくあしらおうとも思ったが、聞くだけタダなら聞いてみたらどうだと心があらがう。聞いても損はしないだろう?

「……まあ……」

 と、怜はあいまいに答えた。

「試験さえ通れば条件は悪くないですよ」

「その試験を受けるのに、いくら払うって話ですよね?」

 嫌味たっぷりに訊ねると、

「試験は無料です、もちろん」

 と、オッサンは笑った。

「あくどい商売もまんえんしているようですが、至って真面目な話です。準公務員扱いですし、危険手当といいますか、個人が掛ける生命保険や傷害保険は月額で支給されますし、特技をかした仕事ができます」

「つまり危険な仕事なんですね」

「まあ……でも、どうでしょう? 普通に仕事していても、事故に遭うことはありますし、いつ通り魔にでくわすか、地震や火災に巻き込まれるか、そんな程度の危険です」

「仕事の内容はなんですか」

 オッサンはまたもクルリと顔を向け、コーヒーを飲んでニタリと笑った。

「保全と事務と清掃ですね」

「清掃作業員ですか」

「近いところもありますが、勤務先は都内で最も安全な場所ですよ」

「安全な場所って」

「警視庁本部です」

 さらに微笑むオッサンを見て、怜は悟った。

 これは頭のおかしい人だ。

 立ち上がろうとすると、オッサンは名刺を出して押しつけてくる。

「私はもんといいまして、警視庁イノウショリ班ミカヅチの班長をしています。ま、名刺に班の名前はありませんけど、れっきとした警察官です」

 それから体を大きく前に倒して、バックパックを橫目に眺めた。

「採用者には当直も許可できますよ? 寒空に野宿も大変でしょう。夜間手当もつきますし」

 思わず、『本当ですか』と訊きそうになった。オッサンはニコニコしている。

「よければ明日の午前十時に警視庁本部を訪ねてください。ただし正面玄関ではなく、通用口からいらしてください。守衛に名刺を出してくれればわかるようにしておきます」

 日比谷公園と警視庁本部は近い。しかも警視庁で試験をするというのなら、怪しい仕事であるはずもない。怜は名刺を受け取った。そしてもう、考えていた。就職試験用に買った安いスーツが、バックパックに入っていると。

「よかったです。それでは明日」

 オッサンは手を出して、空になった缶を所望した。

 怜からそれを受け取ると、何も言わずに警視庁のほうへ歩いて去った。

「まさかキツネじゃないよな?」

 名刺は葉っぱに変わらない。しっを出すかと思ったが、公園の奥へ消えていくまで、オッサンはショボショボした猫背のままだった。

 

to be continued...

ここあと安田怜が向かうのは、

桜の代紋いただく警視庁本部の底の底――警視庁異能処理班ミカヅチ。


発売は2022年1月14日。どうかお楽しみに!

予約は、各書店窓口から!


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