『クローゼットファイル 仕立屋探偵 桐ケ谷京介』文庫化記念著者書下ろしエッセイ

文字数 2,249文字

イケメン探偵・桐ケ谷京介が活躍する「仕立屋探偵・桐ケ谷京介」シリーズ第2弾『クローゼットファイル 仕立屋探偵 桐ケ谷京介』が文庫化! 

「法医昆虫学捜査官」シリーズで人気の川瀬七緒さん期待の新シリーズです。

実は小説家としてはちょっと変わった職歴の川瀬さん。その前職がこの新シリーズ誕生に大きく関わっているといいます。さて、それは──。

  ローゼットの記憶


 仕立屋探偵シリーズの二作目は、服飾技術や美術解剖学の知識からいかにして事件解決へとたどり着くのか……という部分を強調するべく六つの短篇を用意した。


 縫い目や糸番手、ミシンの内部に溜まったホコリ、布の地の目(生地の方向性)、リサイクル生地など、警察がまず着目しないであろう物証から事件の核心へと迫っていく。


 前作のヴィンテージガールでも触れたが、衣類や持ち物には所有者のほぼすべてがコピーされていると言っても過言ではない。特に衣服は人の全身を包み、そして繰り返し着ることによって長い時間を共有するものだ。ほとんどの人が日々無意識に着用しているからこそ、そこに残されるシワや生地の摩耗などは偽装のできない純粋な記録となるのである。


 どうだろう。仕立屋探偵シリーズを初めて手に取る読者は、ぼんやりと主旨が見えてきただろうか。科学捜査的なアプローチや特殊能力で真実を見抜くのではなく、技術に裏打ちされた知識から警察が取りこぼした事実をひとつひとつ拾い集めていく物語なのだ。


 小説家になる以前に私は服飾関係の仕事をしていた。仕立屋探偵を着想した直接のきっかけはこれだが、服飾という主題で括られる物語だからこそ、短篇を書くにあたってのいわゆる「ネタ」の消費は相当のものだったことをこの場で打ち明けてしまおうと思う。長篇を一本書き下ろせるような素材を各短篇に落とし込んでいるのだから当然なのだが、今後も仕立屋探偵の世界を書き続けたい私にとっては少々不安を覚える消費量だったことは間違いない。が、決して後悔はしていないことも同時に表明しておこう。


 この程度では主人公、桐ヶ谷京介の技量をすべて曝け出せるわけもなく、服飾の世界というものは自分で考えている以上に奥が深いからだ。今作を書き終えたときにはすでに新たな構想や閃きが頭を占領しているような状態になり、むしろへんに出し惜しみをしなくてよかったと心から思えたものだ。


 担当編集者と考え抜いた「クローゼットファイル」というタイトルも気に入っている。長年、クローゼットにしまい込まれたままになっている衣類はだれにでもあるだろう。簞笥の肥やしなどと揶揄されるが、実はだれも知らない真実をひっそりと記録保存している情報の宝庫だ。


 布に残された一本のシワが何を物語っているのか、ぜひクローゼットファイルを読んで確かめていただきたいと思っている。

川瀬七緒(かわせ・ななお)

1970年、福島県生まれ。文化服装学院服装科・デザイン専攻科卒。服飾デザイン会社に就職し、子供服のデザイナーに。デザインのかたわら2007年から小説の創作活動に入り、’11年、『よろずのことに気をつけよ』で第57回江戸川乱歩賞を受賞して作家デビュー。’21年に『ヴィンテージガール 仕立屋探偵 桐ヶ谷京介』(本書)で第4回細谷正充賞を受賞し、’22年に同作が第75回日本推理作家協会賞長編および連作短編集部門の候補となった。また’23年に同シリーズの本書所収の「美しさの定義」が第76回日本推理作家協会賞短編部門の候補に。ロングセラーで大人気の「法医昆虫学捜査官」シリーズには、『147ヘルツの警鐘』(文庫化にあたり『法医昆虫学捜査官』に改題)から最新の『スワロウテイルの消失点』までの7作がある。ほかに『女學生奇譚』『賞金稼ぎスリーサム! 二重拘束のアリア』『うらんぼんの夜』『四日間家族』『詐欺と詐欺師』など。

「服を見ればすべてがわかる」と、噂されるほどの鋭い洞察力を持つ服飾ブローカー・桐ヶ谷京介に新たな事件解決の依頼があった。依頼主は警察と京介の橋渡し役を担う南雲警部。南雲は12年前、勤務中に捨て子を発見した。その子は施設で育ち、少年になったいま、南雲に母親探しを頼んできたのだ。南雲は発見当時にその子が身につけていた大人もののTシャツを京介に預ける。京介の神懸かった推理が始まった……。「ゆりかごの行方」/など、仕立屋探偵が6つの事件を解決する、傑作クライム・ミステリー!


「ゆりかごの行方」
12年前の捨て子が少年になり、発見者である南雲警部に母親探し依頼。手掛かりは発見時に身につけていた大人もののTシャツだけだった。

「緑色の誘惑」
15年前、65歳の独居女性が殺された。被害者の女性は、身につけるものすべてが緑色という、そうとう変わった生活行動をとっていた。

「ルーティンの痕跡」

京介のバディー役・水森小春の下着が盗まれた。代わりにベランダに残されていたのは男モノのトランクス。京介と小春の推理は……!?

「攻撃のSOS」
駅の近くで、女子中学生グループの中の1人の服から、京介は虐待の痕跡を見つける。気になって同じ電車に乗り込んで追いかけると……。

「キラー・ファブリック」
17年前、食べ物アレルギーの主婦が自宅で遺体となって見つかった。死因はアナフィラキシーショック。警察は事故と見立てたが……。

「美しさの定義」
10年前の刺殺事件。被害者は服飾学校に通う学生で、死後1週間して自宅のアパートで発見された。凶器のハサミは刺されたままで……。

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