『medium 霊媒探偵 城塚翡翠』相沢沙呼×担当編集者対談【後編】

文字数 4,536文字

絶妙なバランスで描かれる繊細な筆致と、先が気になるストーリー、そして驚愕の展開──。『medium 霊媒探偵城塚翡翠』は本格ミステリー好きからライトな層まで幅広い読者を魅了している。昨年9月に刊行したこの作品は「このミステリーがすごい!」で国内編第1位に輝き、「本格ミステリ・ベスト10」で国内ランキング1位、Apple Books「2019年ベストブック」のベストミステリーにも選出された。著者の相沢沙呼さんと、約10年間タッグを組む担当編集の河北壮平が、これまでの軌跡を語り合った。


>>『medium 霊媒探偵 城塚翡翠』相沢沙呼×担当編集者対談①より続く


『小説の神様』ヒットまでの長い道のり

担当編集者 さっき触れたように、講談社では2011年にメフィストで短編を掲載してから5年後に『小説の神様』を書いていただきました。その間は……暗い話になりますね。


相沢 そうだね。苦しい時期でした……。


担当編集者 沙呼さん、いい作品を書かれていて、評価も一定以上されていたんだけれど。


相沢 重版しない。売れなかったんですよ(笑)。


担当編集者 売れていないわけじゃないですよ!? ファンもたくさんいましたし。それでも、小説がなかなか思うように読者に届くところまでいかなかったんですよね。


相沢 シリーズ化予定の小説が打ち切りになったりもして。書きたいものが書けないのは、やっぱり辛いですよ。スランプといいますか。精神的にちょっとまいってしまって、小説が思うように書けないし、書いたところでこの調子では……と、かなりダウンしていました。 


担当編集者 そういう沙呼さんの「どうすればいいんだ」という辛さを聞けば聞くほど、「もう、その悩みそのものを作品にぶつけませんか」と説得したのが、『小説の神様』のスタートですよね。……キレイな言い方をすれば。


相沢 そうですね。最初は全然違う話を書く予定だったんだけどね。


担当編集者 「小説家が小説家を描く」というのは、ある種“禁じ手”だと僕は思っているんですよ。でも、あのときばかりは、「あなたは誰よりも物語に真摯に向き合っているじゃないか」と一番身近で見ていたので。そういう沙呼さんの苦悩をきちんとエンタメに、物語にすることで“憑き物落とし”になるのではないか、と。


相沢 本当はもっと明るい話をやる予定だったんだけどね。あの時期はプロットを考えても全然明るい話にならなくて。


担当編集者 沙呼さんのその辛い思いを、物語としてとして消化、そして昇華させることによって、もう一度小説に向き合って、小説を書く楽しさを思い出してくれるんじゃないかと思って始めたんですけど……。


相沢 全然楽しくなかったですね(笑)。


担当編集者 ですよね……すみません(笑)。今だから笑って話せますが、『小説の神様』を書いているときも、「もうだめだ」「もう書けない」とずっとおっしゃっていて。「僕はなんでこの原稿を書いているんだろう」とかね。


相沢 「作品が打ち切られて書けない主人公」っていうのはまさに自分のことでしたから。わざわざ自分が辛い目にあってしんどいのに、そのしんどい状況を僕がもう一度小説に書かなきゃならない。そんな話をわざわざ好き好んで書く必要がないだろう、誰がこれを読みたがるんだ、なんて思っていました(笑)。


担当編集者 あの作品が読者に届かなかったら……?


相沢 引退していたかもしれません。

担当編集者 でも、そうやって時間をかけて苦しみながらも、最後まで書き上げてくれた原稿を読み、感動しました。若くしてデビューしたけれども売れない高校生作家と、売れっ子美少女作家が、小説を書くことに悩みながら、2人で合作をすることによって、小説を書くことの意味を再発見していく感動の青春小説でした。「やっぱりあなたは天才だよ。すごいもの書いたね、ありがとう!」と打ち震えたのを覚えています。でも、大問題があったんですよね……むちゃくちゃ長かった。当時の編集長には「講談社タイガの上限は320ページくらいにしたい」と言われていたのに、470ページくらいあったんですよね。それで「削ろう! 長すぎる!」と言うことに……。


相沢 「天才だ!」とか言っておいて、「削れ」って、お前は何を言っているのだと。


担当編集者 「完璧です! ただ、100ページ削ってください!」みたいな感じで(苦笑)。


相沢 「完璧」とは、いったい……(笑)。


担当編集者 削るときも地獄でしたよね。著者が一文一文に魂を込めたものを、「ここ、いらないのでは?」「いらないだと!?」「ここがくどいですね」「……!?」というやりとりが続いて……。もう大喧嘩になってもおかしくないレベルで(笑)。


相沢 「ここが辛すぎるから削りましょう」って言われて、「いや、ここを削ったら生ぬるいよ。全然辛さが表現できないよ」って僕は思ったけど、削らなくても充分苦しいお話だったようで、読んだ人がみんな辛いって言っているってことは、初校の原稿を読んでいたらみんな絶望していたかもね(笑)。


担当編集者 本当ですよ(笑)。編集部の後輩たちにも協力して読んでもらい、ほぼ100ページを削っていただいた……。でも、その分密度は確実に上がったと思います。ゲラのやり取りで5ページ、10ページ削られていく、そのたびにブラッシュアップされていく実感はありました。実際、『medium』だけではなく『小説の神様』も刊行からすぐに重版が決定しました。


相沢 そうでしたね。


担当編集者 最初の重版が決まったときのことも、すごくよく覚えています。販売部から内線電話でその報告を受けたとき、めちゃくちゃうれしくて「あ、やばい。これは泣く」って思ったんですよ。後輩がたくさんまわりにいたので、泣きながら報告するのはさすがに恥ずかしくて。携帯を握りしめて違うフロアの会議室までいって電話をしました。「重版かかったよ!」って言ったときは、やっぱりちょっと泣けてきちゃって。あの瞬間はとても幸せでしたね。あれだけ削ってくれて、迷惑かけて、もう喧嘩状態で無理をさせていたので……。


相沢 「簡単に言うんじゃないよ、削れるかコノヤロー!」って言ってたね。「お前が削れ!」とも言った(笑)。

初のコミカライズ、そして映画化も実現


担当編集者 でも沙呼さんはそんな僕の無茶に応えてくれた。重版がかからなかったら沙呼さんは筆を折っていたかもしれないし、僕も編集者生命を賭けて作った本でした。そんな『小説の神様』が、手名町紗帆さんという素晴らしい漫画家さんの手によって「少年マガジンR」と「マガジンポケット」でコミカライズもされて、2020年には映画にもなりますね。


(コミカライズ『小説の神様』はこちらから試し読みもできます!)


相沢 とても面白い漫画です。映像化にも漫画化にも向いているとは言いがたい作品ですが、何もリクエストしていないのに、僕だったらこんなふうに絵にしただろうなというアイディアがうまく取り入れられているんですよ。本当に素晴らしいです。


担当編集者 そして映画は、佐藤大樹さんと橋本環奈さんが主演です。素敵なキャストになりました。映画化の話が動き出したときには、びっくりして2人で笑っちゃいましたよね。


相沢 なかなか信じられなかったからね(笑)。これまでの作品も映像化のアプローチがなかったわけじゃないんだけど、一度も実現していなかった。きっと今回も立ち消えになるんだろうなと。あまり喜ばないようにしようと思っていたくらいです。


担当編集者 それがとうとう、実現しますね。2020年5月22日(金)に公開されるので、『medium』とともに、『小説の神様』の映画版にも注目してもらいたいですね。


デビュー10周年、最高の記念作品に

担当編集者 『medium』はとにかく「ネタバレ厳禁」の小説なので、言えることが限られますが……最後までお読みいただければ、とてつもない面白さがわかっていただけるはずです。僕の盟友でもある坂野公一さんにお願いしたブックデザインも素晴らしいし、装画を手掛けられた遠田志帆さんも圧倒的に素晴らしいイラストを描いてくださいました。


相沢 ノリノリで描いてくださってうれしかったです。最初は現在と違う構図のものが3パターンありました。どれにしようかと僕らが悩んでいる間に、「描きたかった構図で描いちゃいました!」と、今のカバーのイラストを送ってきてくださって。もう、完璧だと思いました。これしかないというものに仕上げていただいて。


担当編集者 このカバーイラストを大きなポスターにしたものや懸垂幕が今、講談社の正面にも張り出されています。翡翠ちゃんは、この年末年始の“講談社の顔”ですよ。すでに社内でも多くの人が読んでくれているようで、よく感想をもらいます。


相沢 ありがたいですね。


担当編集者  “3冠”は快挙ですよ。2019年は素晴らしいミステリーが他にもたくさん出版されていたので。


相沢 たしかに激戦でした。話題に上がるミステリーの数はすごく多かったし、それぞれ読むととても面白かった。「ヤバイ、これもこれも面白い。なんで今年出してしまったのか……!」って(笑)。


担当編集者 それは、書いちゃったからね(笑)。でもどうですか。実際に1位になってみて。


相沢 そうですね。こんな激戦区で選んでもらえたというのは本当にうれしいです。今年の1位は特に価値があると感じています。この本のタイトルやあらすじは、ミステリー好きの一部の人が敬遠してしまうようなところもあるので、どうやったら面白がってもらえるんだろう、まずは手に取ってもらえればわかるはずだと、いろいろ考えました。


担当編集者 1位をいただき、しかも3冠となったお陰で、これまで沙呼さんの本を読んでいなかった人たちにも届き始めています。沙呼さんの本がたくさん読まれることが、僕は何よりうれしいですね。僕は講談社の作品だけじゃなくて、他社の作品も、「もっとたくさん読まれるべきだ」と、ずっと応援し続けてきたので。デビュー10周年の年に記念すべき作品にもなりましたか?


相沢 これまで応援してくださったすべてのかたに感謝です。最高の10周年ですね。これ以上ない。「もう明日死ぬのか!?」と思うくらいです(笑)。


担当編集者 ダメです! 次の作品でまた喧嘩したとしても、素晴らしい作品を読者に届けさせてください。

相沢沙呼(あいざわ・さこ)

1983年、埼玉県生まれ。2009年『午前零時のサンドリヨン』で第19回鮎川哲也賞を受賞しデビュー。2011年「原始人ランナウェイ」が第64回日本推理作家協会賞(短編部門)候補、2018年『マツリカ・マトリョシカ』が第18回本格ミステリ大賞の候補となる。今年度は『medium 霊媒探偵城塚翡翠』が、「このミステリーがすごい!」(宝島社)、「本格ミステリ・ベスト10」(原書房)、「2019年ベストブック」(Apple Books)で3冠を獲得。2016年に発表された『小説の神様』(講談社タイガ)は、2020年の実写映画化が決定している。


登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色