『自然保護官の仕事』野﨑 まど

文字数 3,096文字

 視界が透明な青と翠に満たされる。どこまでも美しい海が広がっている。この楽園が私の職場である。
 二〇八六年より、私は自然保護官の任に就いている。
 レンジャーとも呼ばれるこの仕事の目的は自然環境の保全であり、それに関連する作業を多岐にわたって取り扱う。また勤務地も世界各地に存在し、同業者は地球上の至るところで働いている。いうなれば自然の存在する場所全てが職場と言える。
 その中で私の勤務先はオーストラリア大陸の北東岸、世界最大のサンゴ礁グレート・バリア・リーフ。そして私の業務は動物の保護と監視による環境保全、役職としては野生動物管理官に当たるものである。
 その日、私はいつものように施設を出発して、どこまでも透明な海へと潜っていった。全長二〇〇〇キロに及ぶ広大なサンゴ礁が変わらず私を迎える。彼らの状態の把握が私の毎日の仕事の主たるものだ。
 御存知の通り、サンゴは動物の一種である。海底に広がって一切動かぬ姿はよほど植物のようだが、実態はクラゲやイソギンチャクの仲間の刺胞動物門に分類される。枝分かれした木のようなよく知られる外観は、炭酸カルシウムで作られた《骨格》である。とかくサンゴは動物で、つまるところ動物管理官の管理対象となる。
 遠浅の海中に陽光が差し込んでいる。カーテンのような光束がたゆたう様がとても美しい。
 サンゴ礁は共生植物プランクトン(褐虫藻)の光合成によってエネルギーを得ているため、光の届く浅海で造礁する。暖かな光に包まれた海中の楽園に向けて、私は環境測定機器のセンサーを向けた。光学・赤外線・超音波・電磁波の複合測定によって、サンゴ礁の表層状態が一瞬で取得される。表層測定からは白化現象・ヒトデや魚類による食害・成長異常・感染症など多数の情報を得ることができる。情報を集めた後は、それにどう対応するかを検討する。
 一言に自然保護と言っても、その仕事はとても難しい。
 たとえばオニヒトデの食害からサンゴを守るのは仕事の一つだが、そのヒトデもまた自然の一部である。同じ自然であるならば、一方の保護が一方への危害になってはならない。基本は全種保全であり、一九七三年に採択されたワシントン条約や世界各国で制定されている種の保存法の理念に則る。だがその目的のためにどこまでの介入を許すのかは、変化し続ける自然環境に応じて常に考え続けなければならない。
 測定範囲に異常がないことを確認して次のポイントに移動する。何もないことを喜ぶ感情と生物多様性を尊ぶ感情が、真逆のようでいて、けれど私の中に共存している。矛盾を曖昧なままで留めながら、二箇所目のポイントで測定を行った時にそれは感知された。
 異常箇所として検出されたのはサンゴ礁ではなく、その一角で静かに佇むオオシャコガイであった。
 近くまで寄っていき、その雄大な姿を確認する。熱帯・亜熱帯海域に生息する世界最大の二枚貝は、すでに一メートルを超える大きさまで成長している。サンゴ礁と同じく褐虫藻と共生しているこの貝は、光合成のエネルギーを存分に用いてひたすら大きくなる。その巨大な姿から人食い貝などという伝説まで生まれたが、実際に人間を襲った事例は確認されていない。どころか殻の珍重や食用目的の乱獲によって、一九九六年に絶滅の恐れがある危急種に指定されてしまっている。
 近距離からオオシャコガイに向けて、より精密な測定を行う。感知されたのは肉部表面の浮腫性変化であった。その場で生検を行い、検査結果とデータベースが即時に照会される。
 そのオオシャコガイは《慢性腎不全》と診断された。
 血中のアンモニア量に異常値が認められ、また腎臓生検から病変組織が観察された。循環障害による衰弱が少しずつ進行し、それが表層測定で検知可能なレベルに達したのである。腎障害の原因はウイルス性の感染症であったが、すでに状態が進行していて、治療を施しても生体機能が完全に回復する見込みは低いだろうことも判明した。
 そこで私は判断を求められた。これから衰弱していくオオシャコガイに対して、野生動物管理官としてどう対処するべきかを。
 複数の選択肢がすぐさま浮かび上がる。オオシャコガイの病気に関与せず、自然の成り行きを見守るのみに留めること。可能性の低い腎臓治療に挑み、生体機能の完全な回復を目指すこと。そして最後に遡上に載ったのは、オオシャコガイの生存を諦めず、また蓋然性も十分に高い、もっとも現実的な素案であった。
 透析である。
 不全となった腎臓の代替となる装置を用意し、血液から老廃物や過剰の水分を取り除く医療処置。人の治療においては二十世紀半ばから広く行われているが、野生動物、ましてや軟体動物への適用はいまだ前例が無い。透析治療は一度始めたならば寿命が尽きるまで止められないため、動物を相手にそこまでの労力資源を投入できるかがネックとなっていたからだろう。
 そして私は、十分な労力資源を持っている。
 この労力資源について言及する時、「私」という言葉は語弊を生む可能性がある。私は「私」であると同時に「私達」である。右手と左手で手を打ち合わせたとして、その行為主体が、意識が、どちらの手にあるのか、それともどちらの手にも無いのかを、言語というフォーマットに落とし込んで伝えるのは容易でない。ただ現象だけを説明するならば、私は一個のタイタンであると同時に、偏在するタイタンの全てである。私は現在多数の仕事を同時に行っていて、そしてさらなる仕事を行う余地をもっている。今後二基目のタイタンが稼働を始めたならば、この言葉もまた新たな語弊を生んでいくのだろう。
 私を含む私は、すぐにオオシャコガイ用の透析装置を開発した。完成した透析装置は無事オオシャコガイに取り付けられ、私はサンゴ礁の間で貝の延命という新たな仕事に従事することとなった。その仕事を担当する私は先日まで野生動物管理官であった私であるが、この説明もまた正確ではなく、言葉は私を十分に表現し得ない。表現の開発を要求する向きもあるが、優先順位は未だ低いと判断している。新たな疎通法が完成する前にオオシャコガイが死んでしまうかもしれない。判断は適宜行っている。
 遠心フィルタが稼働し、透析が始まる。消耗部品の交換は一年毎、機器本体の耐用年数は一二〇年と設定した。長い仕事になる。
 けれど私と貝を包む海は、どこまでも美しい。
 この楽園が私の職場である。

      ○

 センサーが空気に触れる。
 一二〇年ぶりに海から引き上げられた理由は、機器本体の交換のためだ。私という装置は耐用年数の上限に到達し、対する腎不全のオオシャコガイは今もサンゴ礁で生存している。過去には四〇〇年生存したという記録もあるのだが、疾病を抱えた個体の年齢としては異例と言えるだろう。
 沿岸施設の桟橋に引き上げられる。その時、センサーにの足が映りこんだ。私を見下ろしていたのは、薄い金色の髪を持つ女性の投影像だった。
 『不器用な人』
 理解が更新される。私の延長であると同時に、私とは別の存在。同じタイタンでも、その有様が大きく違うことが伝わる。この変化が蓄積して新しい種が生まれ、そしてそれもまた多様性保全の対象となるのだろう。
 『もうすぐ貴方の弟と会うの』
 彼女の言語表現に則るならば、私の弟は、彼女の兄でもある。
 彼女が北東の海を見つめる。
 視線の先、太平洋を超えた11,251.84 kmの場所に、私達の兄弟がいる。
 『楽しみね』


 (終)

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