第4話「鉄塔」

文字数 2,014文字

毎週日曜更新、矢部嵩さんによるホラー掌編『未来図と蜘蛛の巣』。挿絵はzinbeiさんです。

 *

 近所にあったスーパーが潰れた。次に出来るのは鉄塔と聞いた。
 大きい橙が窓から見えて、コートを着て街に出るとスーパーの解体に出くわした。ずっとあった鯨型施設が歯の生えているムラサキの重機に食われ、割かれるとスーパーの腹は随分狭いようにも感じた。
「ままならぬものだな」臓器の湯気を嗅ぎスーパー好きな犬犬が呟いた。「幻想みたいなもんだったんだな」「そんなことないよ。スーパーはリアル!リアルな死!不景気で死ぬ!」
「おれも死ぬまで続くんだろうか!」喋って犬らはウキウキ笑った。空に見えるでかい橙について聞くと太陽というのだと教えてくれた。
 鯨の骨が片付けられると後には綺麗な更地が出来て、いつでも部屋から鉄塔が見えるよう自室の窓の位置を私は付け替えた。いくら待っても鉄塔は出来ずいつまでも空き地は平らなままだった。雨になる度沼を吐き出し、晴れた朝にはトントン乾いた。
 私は少し心配になった「鉄塔博士が狂ったのかな?」。私が見るせいで工事が嫌になったのか考えてみたけれど、そういう心理を検索出来る単語を上手く思いつけなかった。抗議も兼ねて菌を送ることを考え雨靴を履いて出かけてみたけれど、フェンスは綺麗で飾り気がなく、建設会社のロの字もなかった(フェンスの手入れは有志が楽しんでいる)。
 私は一人で落ち込んだ(鉄塔を誰も作っていないようだった)。もしかして私が作らなきゃいけないのかと思い、途方に暮れてテレビを点けた(外の世界は夕立だった)。九五年の映画に出てきた都会の本屋に二時間籠り、本を五冊ちぎって一個だけ万引きして濡れながら自分の部屋に帰った。鉄塔を作れないのは誰も責められないことだったが、誰かがそれをやらなければならない筈だった。
 盗んだ本は役に立たず防水レインコートで街に出た。「何が知りたい」「鉄塔の作り方」「可能性は幾つかある。大量の鉄、銅と水、陵墓クラスの黒泥炭と貂廿尾相当のトライアルユアセルフが必要だ」「おれに出来る方法はないのか?」「これならどうだ促成栽培鉄塔キット」「よし!」怪しい水鉢を持ち帰ってからどぶに捨て、一から鉄塔を作れないなら鉄のような存在から塔の構図を削りだしたらいいと思った。初めて行く横文字の店でいわれるままに髪を切り刻まれ、傷つきながら相手に訊ねた「あらゆるものがなくなると思う?」。
「さあそうかもね風任せかもね。長期という言葉が終わりをかわいいという言葉が醜さを教えてくれる。ダンスダンスと口にした時上の前歯が踊っているか?」「がっかりされてしまうことが悲しい。このまま誰も何もしなけりゃ皆が傷つき悲しんでしまう」「もう誰かが何かしているしにも関わらずそれはそうだよ。スーパーが死んで誰が生き残る?」「スーパーが死んでも鉄塔は生き残る」「嘘いえ!全部死ぬだろうが!」
 家で二人で議論する内どんどん天気は崩れていって、鼠花火の煙のような気象図になって台風が来た。テレビによれば川が氾濫し橋が折れ鉄柱が倒れたそうだった。街のどこでも強風が吹いていた。着の身着のまま私たちも家を飛び出した。二人同時に家を飛び出しずぶ濡れになって道路を泳ぎ、空き地に着くと愛好家たちが綺麗なフェンスを庇ってスクラムを組んでいた。屈強な背中を踏みしだきフェンスを越えると鉄塔を守るべく私達もシートを張った。シートとシートを紐で括って鉄塔の入る大きい布を作った。「鉄塔は丈夫だ!人より先に折れるものかよ!」美容師が叫んでいたが当てになる話ではなかった。あらゆるものが滅びうるから私達は今ここに居るのだった。
 風によろめき雨に溺れて懸命になってシートにしがみついた。鉄塔のことを支えているか鉄塔に支えられているのか、それはどちらでも同じことだった、私達がいなければ鉄塔はなくなってしまう気がした。そうしている内見回りの警官が加わり、犬が加わり飼い主が加わり、情報屋や本屋もスクラムに加わり、愛好家やフェンスも合流し一丸となって鉄塔を守った。落雷を脳に浴びて美容師が絶叫し揉まれた犬が窒息で死に、本は濡れフェンスは醜くひしゃげ促成キットから鉄塔がぼこぼこ生え次から次へと風に飛ばされていった。鉄塔博士の笑い声が空を覆う中死を覚悟して私達は一昼夜を過ごした。気付けば夜が明け台風は通り過ぎ、死骸はどこかに飛ばされていた。
 私達は泣きながら皆に感謝を述べた。全員歯がなく泥まみれだった。空き地を埋め尽くしている生物や無生物達、皆家路を辿り風呂に入って寝た。
 起きて窓を見たが鉄塔はまだ出来ないみたいだった。



本文:矢部嵩
挿絵:zinbei

次回「玄関で熊に雨の降る音がする」は十二月十三日公開予定です。

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