第2話「ケーキを食べる」

文字数 2,108文字

毎週日曜更新、矢部嵩さんによるホラー掌編『未来図と蜘蛛の巣』。挿絵はzinbeiさんです。

 *

 従兄弟の三時君が恋人に惨殺された三日後、葬儀に参加するため私たち家族は栗山家を訪れた。大きな栗山家には車の停められる庭があり、親戚の車が他にも停まっていた。
 客間の軒先にはテーブルと椅子とクーラーボックスが出ていて、喪主の二人がバーベキューグリルで肉を焼いていた。
「いらっしゃい!」伯父さんが笑顔でトングを振った。「よく来たね。先始めてるよ!」
 両親とも仲のよかった三時君は高校二年生で、早すぎる子供の死を二人とも受け止められずにいるらしかった。親戚で集合し行ったブリーフィングによると、葬儀の存在自体二人は理解を拒んでいるらしかった。二人の代わりに親戚の大人達が葬儀の準備や打ち合せを行い、喪主とご馳走の相手は子供達ですることになった。
 スライスした大量の赤身肉が金網に並べられ、変色した野菜を伯母さんが次々紙皿に摘出していった。三時君の死に様を詳しく聞いていたのか、年長の従姉が口を押さえ走っていった。大人サイズの大きな椅子に二人や三人重なって座り、大量の動物を食べて汗と脂まみれの私達の傍らを、早めに来た弔問客らが不気味げに見て通り過ぎて行った。喪主には弔問客が見えていないようだった。道と庭との間に壁があるみたいだった。
 歯を磨いた後昼寝を挟み、喪服や制服に着替え私達も通夜に参加した。幼稚園の従弟も座布団に座ったが、喪主の二人は姿を見せなかった。空の座布団に意味のないお辞儀をし、遅まきながら私達は三時君の死に顔を拝んだ。話で聞くより遺体は綺麗で、何かしら直したのだということは最後になって親に聞いた。メリゴーランドのようなお経と4Dみたいな煙の表現の中、余計なことをあまり考えず三時君に属するよう私達は務めた。自分らしさを求められない一かたまりに扱われる時間の中に私達はいた。通夜が終わってお坊さんが帰り、別室ではエプロンの伯父さんと伯母さんが待っていた。
 その日の夕食は山盛りのオードブルだった。サンドイッチに五種類のサラダ、色んなチーズの盛り合わせとクラッカー、フライドチキンとローストビーフ、貝と海老のパエリアの皿がテーブルの上で重なり合っていた。ソファの上では私達の脚も敷き詰められ折り重なっていた。置き場がないので同じ取り皿を数人でシェアし、交代で料理を食べ皿持ち係になった。
 夕食後床に就いた私達が交代でトイレに起きると、真夜中の台所で伯父さんと伯母さんが卵の殻を割ってミキサーで混ぜたり果物の皮を剥いたりしていた。戻った布団の中で私達は情報を共有し、今日自分たちが見たものについて寝るまで一緒に考えた。
 朝は皆ですき焼きを食べた。私たちは白熱し肉と野菜を一つ鍋からついばんだ。親戚が揃うとテーブルも椅子も総動員で、皆で一つのものを食べれば誰かの不在を感じずに済むのかなと思った。祖父母が交互に白滝でむせて、慌てて私達が打撃を加えると二人ともすぐ血色を取り戻した。伯母さん伯父さんは声を出して笑った。私達も一緒に笑っていた。
 本葬儀のバスに誰も二人を乗せられなかったらしく、そのことを大人達が今更ながらに話し合っていた。食器を片して空になったテーブルの前で、人は皆違うのだから、一人一人時間が違うのだからということを誰かが誰かに口にしていた。ソファにいる私達は一人一人ではなく子供達という一かたまりだった。塊で扱われる感じは私達がまだ小学生になっていなかった頃のようだった。
 ひっそりとした葬儀の後、皆に声をかけられて三時君は加熱処理された。清潔な処理場で弔問客と祖父母、おじおば六人、私たちいとこ七人でその様を眺めていた。あこで燃えているのは私達であり、それを見ている私達は三時君に属する集団だった。ここにいる私達は三時君を含む集合なのだと思った。出された寿司を食べ私達はバスに乗った。
「全員乗ったかい」親が口にした。同じ言葉を何年も昔夏休みのキャンプ場で誰か口にしていた。八人乗りの乗りの車二台に分かれ、私達はキャンプをし、バーベキューをしたのだった。「全員いる?」「いるよ!」
 家に帰ると伯母さんと伯父さんがおかえりなさいと私達にいってくれた。私達一人一人を二人は見てはいなかった。ぼんやりと見た私達の中のどこかに、三時君が隠れている気がした。
 手狭なソファで互いに折り重なり合い境目のなくなった私達の前に伯父さん伯母さんがケーキを持って現れた。手作りのケーキが二つあり伯父さんが一つ伯母さんが一つ、それぞれのテーブルにおいて包丁で等分した。「どっちも同じケーキ?」
「そだよー」子供達はこっちといい伯母さんがケーキを切っていった。「人数半々で判りやすいね」
 皆が一つずつ自分の分を取ると大皿には余ったケーキが一つだけ残された。
 伯父さんと伯母さんが時間差で叫び始めた。



本文:矢部嵩
挿絵:zinbei

第3話「リペアのコピー」は十一月二十九日更新予定です。

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