現役大学生が読んだ!一穂ミチ『スモールワールズ』

文字数 1,414文字

現役の大学生が本を読んで、率直な感想を語ります!

今回は一穂ミチさん『スモールワールズ』収録の「魔王の帰還」。

どんなお話かは、公式HPに掲載の漫画版でチェック!(下のバナーからリンクしています)

『スモールワールズ』感想/M.K

 

 『スモールワールズ』には、書下ろし掌編も含めて7つの世界が寄り集まっている。連作短編ではないため、読み味がそれぞれ異なり、まるで数冊の本の間を旅するような感覚でいくつものスモールワールドを体験した。今回はその中でも「魔王の帰還」が心に残ったのでこの物語について書いてみる。


「魔王の帰還」は高校生の鉄二たちと、夫である勇との暮らしを放り出して実家へ帰ってきた「魔王」こと鉄二の姉ちゃん真央の交流が、鉄二の視点で描かれる物語だ。


 特に注目したい、いや注目せざるを得ないのは真央の存在だろう。身長183㎝とガタイが良く、岡山弁でしゃべくる、豪傑と言っていいような風情の20代女性は普段お目にかかることのないキャラクターである。『スモールワールズ』中で一番異色なキャラクターだ。タイトルの「魔王」は彼女のあだ名だが、他にも本文中で鉄二に「UMA」とか「戦国武将」とか形容されていて気の置けない姉弟の関係性に和みつつ、ただの人間では収まらない真央の圧倒的な存在も目に見えるよう。業務用ボトルの焼酎片手に晩酌をしたり、連日徒歩で10キロのバイト先まで通ったり……ちょっとした動作ひとつとっても真央だけ漫画やゲームから飛び出てきたキャラクターだ。


 そんな強靭な肉体と豪快な性格を持ち合わせている彼女も実は義理人情に厚く、もろい面もある普通の人間だというところが7つの物語の中で本作が好きになった理由の一つだ。見た目こそ魔王だがもちろん弱みはあるし、その腕力をもってしても手に入らないものがあるのだ。


 それにしてもずっと真央の話題ばかり書いてしまったが、夫の勇の方はというと名前に似合わぬ風貌なのがなかなか良いと思った。人間らしく思い悩む真央と勇(しかもひょろい)、本作に登場する魔王と勇者は一般的なイメージからちょっとズレている。キャラクター設定こそ漫画やゲームみたいだが、本作は真央たちの人間らしい内面を描いている。現実はゲームのように、悪い魔王と勇敢な勇者の対決そしてハッピーエンドというような正規ルートでは進まない。しかしキャリーケースの音を響かせながら、回り道でも自分にとっての正規ルートを切り拓くような、そんな豪傑魔王がいてもいいと思わせられた。


2022年本屋大賞第3位 

第43回吉川英治文学新人賞受賞!
共感と絶賛の声をあつめた宝物のような1冊。

夫婦、親子、姉弟、先輩と後輩、知り合うはずのなかった他人ーー書下ろし掌編を加えた、七つの「小さな世界」。生きてゆくなかで抱える小さな喜び、もどかしさ、苛立ち、諦めや希望を丹念に掬い集めて紡がれた物語が、読む者の心の揺らぎにも静かに寄り添ってゆく。吉川英治文学新人賞受賞、珠玉の短編集。

一穂ミチ(いちほ みち)

2007年『雪よ林檎の香のごとく』でデビュー。『イエスかノーか半分か』などの人気シリーズを手がける。『スモールワールズ』(本書)で第43回吉川英治文学新人賞を受賞し、2022年本屋大賞第3位となる。『光のとこにいてね』が第168回直木賞候補、2023年本屋大賞にノミネート。『パラソルでパラシュート』『うたかたモザイク』『砂嵐に星屑』など著作多数。

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