『戦百景 関ヶ原の戦い』ブックレビュー/末國善己

文字数 1,492文字

『戦百景 関ヶ原の戦い』を、歴史時代小説やミステリ中心の文芸評論家・末國善己さんがブックレビュー! 誰もが知る歴史的合戦の裏で繰り広げられる凄まじい謀略戦や読みどころなどを詳しく紹介します! 

 矢野隆は、武将ではなく合戦そのものに焦点を当てる斬新な歴史小説〈戦百景〉シリーズを書き継いでいる。『長篠の戦い』桶狭間の戦い』に続く第三弾は、豊臣政権を守る石田三成と、新たな天下人を目指す徳川家康が激突した関ヶ原の戦いを取り上げている。


 三成が、余命わずかの豊臣秀吉に最後の命令を与えられた。物語は各章ごとに主人公を変えながら、関ヶ原の戦いが終結するまでの約二年間を克明に追っていくのだが、読み進めると、三成と家康が、有名な武将たちを味方に引き入れるため、あるいは来るべき合戦の当日に自分が有利になるよう動いてもらうため、凄まじい謀略戦を繰り広げていることが分かってくる。そのため合戦が始まる前から、静かながら圧倒的な緊迫感が味わえる。


 関ヶ原の戦いには、幾つもの謎がある。井伊直政は、なぜ事前の決定を無視して福島正則と先陣争いをしたのか? 家康が、寝返りを約束しながら動かない小早川秀秋に向けて鉄砲を撃ったのは本当か? 島津義弘は、なぜ敵中を突破する危険な撤退をしたのか?

 

 アクションに定評がある著者だけに、中盤以降はスペクタクルいっぱいの戦闘シーンが連続するが、その中には、三成と家康が打った布石が生み出す意外な展開や、関ヶ原の謎への独自の解釈によるアプローチが織り込まれており、例え結果を知っていても先が読めないスリリングな展開が楽しめる。


 戦国時代の合戦は、勢力の拡大、有利な条件での交渉、同じ家中での権力闘争、大大名の傘下に入るか否かなどを解決する手段なので、ビジネスの最前線にいたり、組織に属したりしていれば、現代人も似た状況に直面することがある。それだけに、戦乱の世が終わりに近付き腑抜けになっていたが、家康に目的を与えられ輝きを取り戻す福島正則、秀吉の謀臣だった父・黒田官兵衛の呪縛から逃れたいと思いながら父と同じ道を歩んでいることに気付く黒田長政、合戦の帰趨を決する一手が重要で、意味のない一番槍にこだわる武将に批判的な井伊直政、主家を失ったていた時、三成の「純心」に触れ仕えることを決めた島左近など、普遍的な葛藤を抱え天下分け目の合戦に臨む武将たちの中に、必ず共感できる人物が見つかるように思える。


末國善己(すえくに・よしみ)

1968年広島県生まれ。文芸評論家。歴史時代小説、ミステリを中心に評論活動を行う。

編著書に『いのち』(朝日文庫)『半鐘の怪 半七捕物帳ミステリ傑作選』(創元推理文庫)

などがある。

矢野隆(やの・たかし)

1976年福岡県生まれ。2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞。その後、『無頼無頼!』『兇』『勝負!』など、ニューウェーブ時代小説と呼ばれる作品を手がける。また、『戦国BASARA3 伊達政宗の章』『NARUTO-ナルト‐シカマル新伝』といった、ゲームやコミックのノベライズ作品も執筆して注目される。また2021年から始まった「戦百景」シリーズ(本書を含む)は、第4回細谷正充賞を受賞するなど高い評価を得ている。他の著書に『清正を破った男』『生きる故』『我が名は秀秋』『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』『大ぼら吹きの城』『朝嵐』『至誠の残滓』『源匣記 獲生伝』『とんちき 耕書堂青春譜』『さみだれ』『戦神の裔』などがある。

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