群像編集長より2020年3月号に寄せて

文字数 1,164文字

〈結城禮一郎はいまや忘れられたジャーナリストなんですが、(中略)こういう人のほうがかえって面白い。それにこういう人たちの痕跡が点で残っていても、なかなか線で結べないから、その作業がとても楽しいんですね〉(「本の雑誌」1996年10月号)

坪内祐三さんが亡くなられた。学生の頃(まだまだ雑誌がたくさんあった)、雑誌に点々と載る坪内さんの「誰なのかよくわからない人」についての文章を線で結び、見たことのない「過去」の像を造っていった。


(いまはなき)「鳩よ!」の名企画「坪内祐三の学生時代に滋養となった100冊の本」を鞄に入れて、古書を発見する歓びを何度も味わった。坪内さんは私(たち)にとってのメディアだったのだ。今号追悼で橋本倫史さんが書いている、坪内さんが大切にしていた偶然の出会い。未知との遭遇を楽しめる雑誌にしていければと思う。

今号巻頭は群像新人賞受賞作『ジニのパズル』以来となる、崔実さんの「pray human」。「ふつう/ふつうじゃない」の「/」。「分断」による生きづらさから恢復し乗り越えていく、すさまじくも美しい物語をご堪能ください。◎古川真人さんの芥川賞受賞後第一作短篇「生活は座らない」。意識の流れのリアリティは圧巻です。
新連載も続々スタート。鷲田清一さん「所有について」は担当者二十年来の巨弾企画。薄暗がりを手探りで進む鷲田さんの後をついていきたいと思います。いとうせいこうさん「ガザ、西岸地区、アンマン」は、次号開始予定だったもの。中東情勢を睨んで早まった「ライブ感」を感じてください。緩急の効いた文章が、ああここも同じ世界なんだ、という事実を突き付けます。いとうさんの今回のルポが「点」の強さなら、石戸諭さんの「2011−2021 視えない線の上で」は、「面」。時の経過を振り返り、「震災後の世界」を視つめていきます。「インポケット」「小説現代」にあった皆川博子さん「辺境図書館」。女王の図書館が転位しました。
批評も強力。この春英訳刊行される柄谷行人さんの『マルクス』の序文を読むと、あの著作が世界で読まれる柄谷思想の「原点」なのがわかります。絓秀実さんの鋭利な批評「小説家・大江健三郎」。「全小説」完結で大江作品の「リ・リーディング」もまた、世界中で加速しています。
早稲田大学で行われた四氏による「寂聴サミット」を収録。瀬戸内文学の読解から現代文学の一端が見えてくるはずです。
諏訪部浩一さん、高橋源一郎さん、四方田犬彦さんによる「論点」は、それぞれ「失われた」「先人の」「忘れられた」といった問題圏にあるものでした。後ろ向きで前へ進むためのスイッチになるはずです。 
(編集長・T)
※本記事は「群像」2020年3月号に収録された編集後記を再編集したものです。

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