寂聴さんの小説を読もう!➂/内藤麻里子

文字数 2,383文字

2020年11月9日、瀬戸内寂聴さんが99歳で永眠されました。


1957年に「女子大生・曲愛玲」で新潮社同人雑誌賞、作家としてデビュー後、数多くの小説を世に送り出した寂聴さん。そんな彼女の作家としての人生を、その膨大な著作とともに、文芸ジャーナリストの内藤麻里子さんが語ってくださいます。


第3回(最終回)は、寂聴さんの自伝的小説をご紹介。読まずにはいられなくなります…!

寂聴さんの小説を読もう!/内藤麻里子


 瀬戸内寂聴には、自身の評伝とも言うべき自伝的小説も多い。それらは徐々に、私小説と自伝と近況エッセイとが混然一体となった、瀬戸内にしか書けない小説の境地に達していく。

 初めて「自伝小説」と銘打ったのは、『いずこより』(電子書籍、『瀬戸内寂聴全集』第5巻)である。刊行は出家直後の1974年だが、連載は1967年から1969年にかけて。幼い頃のことから、北京での結婚生活、小田仁二郎との出会い、出奔の原因となった年下の恋人とのその後までつづられる。場面描写や心象風景が驚くほど細やかだ。


 捨てた娘との別れの場面から始まり、それから約20年後、別れた夫に娘の消息を聞く場面が終幕を飾る。娘への一筋の強い思いに貫かれているのだが、その間の来し方は娘に対して斟酌することなく記す。なぜなら、成長した娘の写真を見る自身の目を「母親の目でも血縁者の目でもなく、一人の小説家としての、好奇心にみちた冷たい貪欲な目つきなのであった」と書くほど、哀しいくらい作家なのである。愛欲に惑った日々を、「自業自得だから」と観念して書いてしまう。あちこちから作家の業がいやというほどあふれ出す。


 2001年に刊行された『場所』(電子書籍、『瀬戸内寂聴全集』第18巻)は、タイトル通り「南山」「油小路三条」「本郷壱岐坂」など、場所を頼りに父母のこと、出奔後の生活、男たちについてそれぞれ短編でつづる。各地を再訪し、過去を再構築していく。


『いずこより』には、ひりひりした焦燥がまとわりつく。『場所』は哀惜がある。前者を書いたのは40代半ば、後者は70代終盤だ。時間をのみ込んで、1本1本は短編ながら自分および関係のあった人々をより鮮やかに描き出す。私小説の手法を使って自伝的小説を書いたと言うべきか。『場所』は野間文芸賞に輝いた。「夏の終り」から始まった瀬戸内の私小説は、ここに一つの達成を見たと言えよう。


 この人が書けば、何でも小説になると実感させられるのが『死に支度』(2014年刊、講談社文庫)である。この連載の第1回に紹介した『私小説』は、現在(当時)の出来事をきっかけに、過去の記憶や生と死が流れるように交錯していく。92歳の年に刊行された『死に支度』は同様の書き方をしながら、筆の軽やかさは格段に増している。


 年下の恋人と別れる別れないでもめていた頃から、瀬戸内の身近にはお手伝いの女性たちがいた。愛憎が煮詰まるような苦しみの傍らに、彼女たちとの日々の営みがあったことに妙に安心する。そうやって長年勤めてくれたスタッフが、90歳を超えても主人が多忙なのは自分たちを養うためだからと、辞意を表明する場面から始まる。現在と過去を自在に往来し、それを表現するのもエッセイ風、作中作の小説、手紙形式と自由だ。


 一般的な小説のイメージと幾分違うが、「小説とはそんな小さいものではない」と瀬戸内は言う。同書刊行時に私がインタビューしたときの言葉だ。「昔より自然に小説を書くことができる」とも言い、「何を書いても小説になる」と語った。これはひとえに90歳を超えても現役作家として書き続けたからこそ、たどりついた小説の極意だと思う。


 2017年、95歳のとき刊行された『いのち』(同)は、格別すごみがある。胆のうがんの手術後、退院するシーンから幕が開き、既に亡い作家たちに思索は広がって同年代の河野多惠子(2015年没)と大庭みな子(2007年没)にたどりつく。2人との長年の交流をつづり始める筆にはためらいがない。両者のライバル関係、独特な性のあり方、金銭関係に踏み込み、病に倒れた大庭の衝撃的な言葉も披露する。ここで明かされたことは、後の河野、大庭研究に役立つかもしれない。彼女たちにとっての自身の存在意味も、包み隠さず書く。瀬戸内、河野、大庭の3人の女のいのちが鮮やかに刻印されているわけだが、小説家たちのただごとでないありようは恐ろしいばかりだ。


 同書は最後の2行に収斂されていく。「七十年、小説一筋に生き通したわがいのちを、今更ながら、つくづくいとしいと思う。あの世から生れ変っても、私はまた小説家でありたい。それも女の」。もって瞑すべし。


瀬戸内寂聴(せとうち・じゃくちょう)

1922年、徳島県生まれ。東京女子大学卒。’57年「女子大生・曲愛玲」で新潮社同人雑誌賞、’61年『田村俊子』で田村俊子賞、’63年『夏の終り』で女流文学賞を受賞。’73年に平泉・中尊寺で得度、法名・寂聴となる(旧名・晴美)。’92年『花に問え』で谷崎潤一郎賞、’96年『白道』で芸術選奨文部大臣賞、2001年『場所』で野間文芸賞、’11年『風景』で泉鏡花文学賞を受賞。’98年『源氏物語』現代語訳を完訳。’06年、文化勲章受章。また、95歳で書き上げた長篇小説『いのち』が大きな話題になった。近著に『花のいのち』『愛することば あなたへ』『命あれば』『97歳の悩み相談 17歳の特別教室』『寂聴 九十七歳の遺言』『はい、さようなら。』『悔いなく生きよう』『笑って生ききる』『愛に始まり、愛に終わる 瀬戸内寂聴108の言葉』『その日まで』など。

内藤麻里子(ないとう・まりこ)

1959年生まれ。毎日新聞の名物記者として長年活躍。書評をはじめとして様々な記事を手がける。定年退職後フリーランスの文芸ジャーナリストに。

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