寂聴さんの小説を読もう!/内藤麻里子

文字数 2,352文字

2020年11月9日、瀬戸内寂聴さんが99歳で永眠されました。

1957年に「女子大生・曲愛玲」で新潮社同人雑誌賞、作家としてデビュー後、数多くの小説を世に送り出した寂聴さん。そんな彼女の作家としての人生を、文芸ジャーナリストの内藤麻里子さんが語ってくださいます。

第1回は、寂聴さんのデビューから80年代までの作品とともに、彼女の人生を振り返ります。


寂聴さんの小説を読もう! 内藤麻里子
 僧侶でもある作家の瀬戸内寂聴が亡くなった。各メディアで大きく報道された訃報は、必ず、夫の教え子と恋愛関係になり出奔したこと、初期の小説「花芯」で酷評を受けたことから語り起こされていた。ならば、瀬戸内の小説作品を紹介するにあたって、「花芯」(『花芯』講談社文庫収録)をめぐる状況についての説明から始めるのがいいだろう。

 1957年に発表された同作は、平凡な主婦、園子が、完璧な娼婦と言われるようになるまでを描く。文芸評論家の平野謙が「必要以上に『子宮』という言葉がつかわれている」と指摘したことから、「子宮作家」と揶揄(やゆ)された。また園子が夫と子を捨てる設定もあって、「私小説」と誤読された。


 今から約65年(!)も前、まだ女性が小説を書くだけで色眼鏡で見られる時代であった。1人で闘うのは大変だから、女性作家たちは「女流文学者会」を作っていたほどだ(同会は2007年、「役割を終えた」として幕を下ろした)。「花芯」は当時、相当な衝撃を与えただろう。しかし、それなくして何のための小説か。しかも現代の目で見れば、園子の官能と精神性が絡んだ物語は女の情念を描いて何の問題もなく、鮮烈さを保つ


 女の情念は、瀬戸内にとって生涯追うことになる大きなテーマだ。1人の女性の性愛と死を見つめた『爛(らん)』(2013年刊、新潮文庫)、恋愛短編集『求愛』(2016年刊、集英社文庫)に至るまで、折に触れ執筆した。


 さて、先に「花芯」は私小説と誤読された、と紹介したが、ではその〝私小説″をキーワードに作品をいくつか挙げてみよう。


「夏の終り」(『夏の終り』新潮文庫収録)は、「花芯」評によって文芸誌から干された瀬戸内が、初めて意識して書いた私小説である。その後、私小説を数多く書くことになる。1962年に発表されると、平野謙が今度は「金無垢の私小説」と絶賛し、女流文学賞も射止めた。これで作家としての地歩を固めた。


 瀬戸内は当時、付き合っていた作家、小田仁二郎と別れたばかりだった。今で言う不倫であった。しかもかつての年下の恋人も姿を現していた。そんな状況から材をとり、先のない愛欲と閉塞感の中でもがく主人公の姿を描いた。密度濃く、緊迫した文章が美しい。文庫『夏の終り』には、表題作はじめ5編の短編が収録されていて、男との別れまでをつづる。私小説とは孤独や愛、業(ごう)といった、自身の内奥に潜むものとこんなにも向き合うのかと空恐ろしくなる。


 平泉中尊寺で得度したのは1973年、51歳の時。それから6年たった1979年、出家前後の事情を題材にした『比叡』(電子書籍、『瀬戸内寂聴全集』第11巻)が刊行された。


 出家の決意、得度の儀式と周囲の騒ぎ、2ヵ月に及ぶ修行という縦軸に、ある1人の男が絡んでくる。そうと明示されていないが、出家するに至ったのは、この男の存在が大きいのではないか。それほどに男との過去を反芻し、彼は得度の道のあらゆるところにかかわってくる。修行が終わった日に幻視するのもこの男の姿だ。周囲の人々のエピソードも印象深く、虚実ないまぜに小説に昇華させている。その構造は、私小説というより本格小説というべき厚みと広がりを示している。


 私小説に苦しめられ、またその枠を軽々と超えてみせた瀬戸内だが、『私小説』(1985年刊、電子書籍、『瀬戸内寂聴全集』第10巻)という人を食ったタイトルの小説もある。これは「わたくししょうせつ」と読む。


 かつての男たちの記憶のほか、大麻事件を起こした俳優の萩原健一、連合赤軍事件の死刑囚・永田洋子らを彷彿(ほうふつ)とさせる人物が登場する。派手な面々との交流は目を引くが、彼らを彩るのは生と死だ。なおかつ底には自身の姉の闘病と死が流れ、思索が折り重なる。


 身の周りで起こる出来事をつづって、思わぬ効果を生じさせる。本作は、「何を書いても小説になる」と晩年語っていた境地に通じるものがある。それについてはまた、12月24日頃アップ予定の第3回で紹介したい。


瀬戸内寂聴(せとうち・じゃくちょう)

1922年、徳島県生まれ。東京女子大学卒。’57年「女子大生・曲愛玲」で新潮社同人雑誌賞、’61年『田村俊子』で田村俊子賞、’63年『夏の終り』で女流文学賞を受賞。’73年に平泉・中尊寺で得度、法名・寂聴となる(旧名・晴美)。’92年『花に問え』で谷崎潤一郎賞、’96年『白道』で芸術選奨文部大臣賞、2001年『場所』で野間文芸賞、’11年『風景』で泉鏡花文学賞を受賞。’98年『源氏物語』現代語訳を完訳。’06年、文化勲章受章。また、95歳で書き上げた長篇小説『いのち』が大きな話題になった。近著に『花のいのち』『愛することば あなたへ』『命あれば』『97歳の悩み相談 17歳の特別教室』『寂聴 九十七歳の遺言』『はい、さようなら。』『悔いなく生きよう』『笑って生ききる』『愛に始まり、愛に終わる 瀬戸内寂聴108の言葉』『その日まで』など。


内藤麻里子(ないとう・まりこ)

1959年生まれ。毎日新聞の名物記者として長年活躍。書評をはじめとして様々な記事を手がける。定年退職後フリーランスの文芸ジャーナリストに。

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