還暦記念百物語 第1話/嶺里俊介

文字数 2,394文字

『だいたい本当の奇妙な話』『ちょっと奇妙な怖い話』など、ちょっと不思議で奇妙な日常の謎や、読んだ後にじわじわと怖くなる話で人気の嶺里俊介さんによる、tree書下ろし連載第3弾スタート!

今回は還暦を迎えた主人公と学生時代からの仲間が挑む、実録(?)『還暦記念百物語』です!

   第一話 深夜の国際便


年明けに、大学の同期4人がいつものように居酒屋に集まって近況を語り合ったときのことである。中学校からの付き合いなので47年来の知己だ。

「俺たちも、今年はもう60だぞ。信じられん」

「数えで61なら還暦だ。記念に、みんなで赤いちゃんちゃんこを着て同窓会でもするか」

「泰丸、それいいな。……しかし、ただ集まって、白髪頭を並べて駄弁るだけってのも興がない。なんか企画しないか」

ああしようこうしようと4人で話し合い、2時間後には同期会の企画がまとまった。

同期で集まり、全員が赤いちゃんちゃんこを着て語り合う。

――これまでの人生で経験した、記憶に遺っている話を。

「『還暦記念百物語』だな」

腕組みしながら守田は満足げに頷いた。


【還暦記念百物語ルール】

・100本の蝋燭が灯された部屋に、赤いちゃんちゃんこを着た参加者が集まり、全員で願を掛ける。

「これまで通り家族とともに健康な、恙ない日々を送れますように」

・ひとりずつ語り手の席に座り、半生で記憶に残っている怖い話や奇妙な話をする。1話語り終えるごとに1本の蝋燭を消す。

・100の話を終えて100本の蝋燭を消せれば成功。


「〝成功〟ってなんだよ。なにか良いことでもあるのか」

村岡が首を傾げたので、守田が応じた。

「都市伝説みたいなもんだ。根拠はないが、語り終えたときになにか起きると謂れがある。なにしろ人生の後半戦スタートへ向けた、還暦記念のイベントだからな。楽しみにしてろ」

当時の大学卒業名簿に掲載されていた、中学や高校の知り合い約200名全員の住所へ案内状を送ったところ、宛名不明で返送されたものも多かったが、それでも6人が参加希望の返事をくれた。私ら4人を含めると10人なので1人10話の勘定になる。

場所は葬祭業を営む高畠が手配した。東京郊外の、川沿いにある斎場の離れである。

蝋燭は神仏用で、50本は15号サイズで6時間くらいもつが、あとの50本は30号から50号だ。もって10時間である。

20時半に開始して、夜通し話して明け方の6時半が終了予定だ。

さらに話を聞きつけた身内などが観客として参加することになったので、語り手の他に20人が集まった。

普段は物置に使われているという、教室くらいの広さの部屋に100本の蝋燭が灯る。

新型コロナの影響だろう、みんなマスクを着けている。

壇上に立った守田が握り拳をつくる。

「記念イベントだ。必ず成功させるぞ」

「応!」私たちは腕を突き出した。

かくて還暦記念の百物語は開幕した――。


最初に演壇に上がったのは藤ノ宮だった。

学生時代は痩せていたのだが、すっかり肥えて100キロはありそうだ。彼は自前の赤いちゃんちゃんこを着て肥えた体を揺らしながら、マスクを外しつつ壇上にある語り手の席へ進んだ。

「なんであいつがトップバッターなんだ」

口を尖らせる泰丸に守田が答える。

「本人の強い希望だ。そして10万とちゃんちゃんこを寄付されたから、100本の蝋燭と会場の貸し切り費用にあてたよ」

なるほど、初手は藤ノ宮しかいない。それにしてもあいつの金銭感覚はどうなってるんだ。

「話の一(はじめ)、『深夜の国際便』」

アメリカ旅行に行ったときのこと。

機内でなかなか寝付けずにいたら隣席の男が話しかけてきた。

「なかなか寝付けませんね」

どうやら同じ思いらしい。

女性の客室乗務員が横の通路を歩いて行った。

「ところで、呪われた国際便の話をご存じですか」

「いえ」私は小さくかぶりを振った。

「とある航空機事故で亡くなった女性客室乗務員が、同じ航空会社の国際便で、夜間の時間帯になると通路に現れる。いつも同じ方向へ歩くだけですがね」

「幽霊ですか。でもなんでそんなことを」

「客室乗務員の仕事に憧れて、やっと夢が叶った初仕事だったそうです。未練が残ったのではありませんかね」

また同じ女性客室乗務員が横を通り過ぎていった。

「なるほど。でも特に害がなければ構いませんよ。……どうしていま、そんな話を」

「いえね、その幽霊を見るのは通路側の座席の人だけだと聞きましたので、あなたなら見るかもと思っただけです。霊感がない人でも見るそうですよ」

彼は悪戯っ子のような笑みを浮かべた。

「悪い冗談です」

私は掛けていた毛布を引き寄せた。

前から女性客室乗務員が歩いてくる。

私は目を瞠った。つい今しがた横を通った女性客室乗務員と同じだったからだ。たとえ反対側の通路から前へ戻ったとしても、そんな時間はなかったはずだ。

私は思わず隣の男に振り向いたが、彼はすでに寝息を立てていた。わざわざ起こすのも気が引ける。

たぶん見間違いだろうと思ったそのとき、また前方から同じ女性客室乗務員が歩いてくるのが見えた。

――試してみるか。

私は彼女が横を通りかかったときに、トイレに立つ振りをして毛布を彼女の前に落とした。

「あ、すみませ……」

彼女の姿は靄のように霞み、私の目の前で一瞬のうちに消えた。

……たぶん見間違いだ。気のせいだ。

数時間後、便は予定通りに目的地に到着した。

機を降りるときドア付近に並ぶ客室乗務員たちの中に件の女性を探してみたが、彼女の姿は見当たらなかった。

嶺里俊介(みねさと・しゅんすけ)

1964年、東京都生まれ。学習院大学法学部法学科卒業。NTT(現NTT東日本)入社。退社後、執筆活動に入る。2015年、『星宿る虫』で第19回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞し、翌16年にデビュー。その他の著書に『走馬灯症候群』『地棲魚』『地霊都市 東京第24特別区』『霊能者たち』『昭和怪談』などがある。

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