アルパカブックレビュー/『霊獣紀 蛟龍の書』

文字数 2,222文字


大ヒット作「金椛国春秋」シリーズに続く、気鋭のファンタジー作家・篠原悠希さんの大注目作『霊獣紀 蛟龍の書』登場!

舞台は「三国志」の時代から続く戦乱の中国、五胡十六国時代

自らの聖王を探す幼龍・翠鱗と高い理想を掲げる若き王とが出会い、運命が動きはじめる──。

戦乱の五胡十六国時代を描く中華ファンタジーです。

読み始めたらページをくくる手が止まらない、眠気も吹き飛ぶ面白さ!

その『霊獣紀 蛟龍の書』を、アルパカさんことブックジャーナリストの内田剛さんがレビューしてくださいました!

 なんと引きつけられる物語なのだろう。

 一度手にしたら最後、誰もが虜となるはずだ。

 爽快感が疾走し、次々と湧き上がる痛快さもたまらない。一日一冊以上の小説を読んでいるが、これほどページをめくる手が止まらなくなったのは一体いつ以来だろうか。

 抜群に面白い本の宣伝文句に「読まねば一生の損」という煽りを見かけるが、その言葉こそ『霊獣紀』に相応しい。

 よくぞここまで極めたものだと唸るばかり。

 冒頭から最終ページまで読みどころしか見当たらない物語の魅力について迫ってみたい。


 ジャンルは「中華ファンタジー」。大ヒットした「金糀国春秋」シリーズで実績のある著者・篠原悠希が最も得意としている領域である。時代は今から1600年ほど前の古代中国の「五胡十六国時代」だ。日本人には馴染みが薄いが『キングダム』や『三国志』といったコミックやゲームなどで世代を超えて親しまれている時代に近い。その空気は日本史で例えれば戦国や幕末維新のような、時代の転換点となった群雄割拠の頃に似ているかもしれない。さらにいえば混沌とした空気に満ちた現代にも通じるのだ。ぜひ気軽な気分で扉を叩いてもらいたい。


 ジャケットのイラストからもイメージが存分に伝わってくるが、キャラクターの魅力がとりわけ素晴らしい。そして登場人物たちの魅力を引き立てる設定もまた見事だ。

 

 物語のポイントとなるのは霊獣たちの成長。天界から人界に降りた霊獣は、地上で少年に変化して己の「天命」を探し求める。人間よりもずっと長く生き、深く懊悩しながらも成熟していくのだ。霊格が上がれば空をも飛べる。幼い姿に身を宿す愛らしさや、長い月日をかけて神獣を目指すというもどかしい設定が何とも人間くさくて魅力的である。


 冒険の先々での出会いと別れ。細やかな掛け合いは活き活きとしており、現代の若者たちの会話を聞くかのごとくカジュアルで分かりやすく共感できる。


 領国を広げるための理不尽な殺し合い。無慈悲に血が流され死と隣り合わせの日々。人はなぜ、誰のために闘わなければならないのか。悩ましいのは敵にも味方にもそれぞれの正義があることだ。愛する人のため、家族のため、国のため、未来のために命がけで我が身を削らなければならない。おぞましい悲劇を目の前にして涙にくれつつ、無力な自分を恨むこともある。

 戦争と平和。これはなにも霊獣や為政者たちだけの問題ではない。名もなき人間すべてに共通する問いかけであり、時代を超えて現在にも連なる重要なテーマなのだ。


「五胡十六国時代」はその名の通り異民族たちが激しく争った時代だ。しかし闘わなければならない理由があった。この物語を読めば敵味方関係なくあらゆる民族が共生する国を目指した英雄たちに出会える。

 はるか昔に異なった思想を持つ民族を融和するために心血を注いだ者たちがいたとは新鮮な驚きでもある。絶えず争いを繰り返す世界情勢や戦争に向かおうとしているこの国の現状だけでなく、移民や人種差別といった切実な問題もぜひ心の片隅に置きながら読むべきだろう。


 そう、この物語は過去ではなく未来へと地続きでつながっているのだ。まさに読む継がれるべき小説といって過言ではない。

「天命」はこの世に生きる誰もが持っているものだ。霊獣とともに天からの声に耳を傾けてそれぞれ人生を突き動かす「天命」を自覚しよう。


 この『霊獣紀』はシリーズものでもある。2021年に刊行された「獲麟の書(上下)」が既刊であり、2023年1月2月と連続刊行される「蛟龍の書(上下)」がその続編である。キャラクターたちの関係性や時代背景など懇切丁寧に振り返りがあるので「蛟龍の書」から読みはじめてもまったく問題ない。

 これから先、『霊獣紀』シリーズの中で霊獣がいかに変化し成長していくのか、そして今を生きる僕らを奮い立たせるためにどんなメッセージを発していくのか、大いに期待して続刊を待ちたい。


篠原悠希(しのはら・ゆうき)

島根県松江市出身。ニュージーランド在住。神田外語学院卒業。2013年「天涯の果て 波濤の彼方をゆく翼」で第4回野生時代フロンティア文学賞を受賞。同作を改題・改稿した『天涯の楽土』で小説家デビュー。中華ファンタジー「金椛国春秋」シリーズ(全10巻)が人気を博す。著書には他に「親王殿下のパティシエール」シリーズ『マッサゲダイの戦女王』『狩猟家族』などがある。

内田 剛(うちだ・たけし)

ブックジャーナリスト。本屋大賞実行員会理事。約30年の書店勤務を経て、2020年よりフリーとなり文芸書を中心に各方面で読書普及活動を行なっている。これまでに書いたPOPは5000枚以上。全国学校図書館POPコンテストのアドバイザーとして学校や図書館でのワークショップも開催。著書に『POP王の本!』あり。

『霊獣記 獲鱗の書(上)(下)』特集はこちら

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