③アルパカブックレビュー『源平の怨霊 小余綾修輔の最終講義』読みどころ!

文字数 2,122文字

2022年大河ドラマ「鎌倉殿の13人」必読書、『源平の怨霊 小余綾修輔の最終講義』の読みどころをアルパカにして元・書店員、そしてPOP王の内田剛氏がご紹介!  

視点を変えて歴史を見てみると、こんなに面白い…‼

 既存の常識や先入観がいかに日常の思考や行動を束縛しているか。

些細なことが足枷となって、人生の楽しみが失われているように思うのだ。

本書には凝り固まった世間一般の価値観から解き放たれる喜びがある。


 まず「高田崇史」という著者名を耳にしただけで、重厚壮大な作品群が頭に浮かび、読む前から尻込みをしている読者も多いかもしれない。

 確かに著作リストを眺めれば看板である「QED」は22作品、「カンナ」は9作品、「神の時空」は9作品とシリーズが多くて圧倒されてしまう。これらに初めて手を伸ばすには勇気が必要だ。さらに「怨霊」とあればおどろおどろしい異世界を想起する。馴染みのない読者はこれは自分には縁がないジャンルだと目を背けてしまうことだろう。


 そうした苦手意識のある方にこそ、この文庫新刊を手にしてもらいたい。


 最大の長所は、約550ページにも及ぶ大ボリュームながら極めて読みやすいということだ。読み進めるほどにページをめくる手が加速するような読書の醍醐味が味わえる。

 読むというよりは体感する物語と言っていいだろう。


 簡単ではあるがその魅力について探ってみよう。


 まず、源平の時代という日本中世の歴史を追いかけながらも、語りは現代であって馴染みやすく、圧巻のスピード感で迫ってくる点が素晴らしい。


 目次を開けば明確であるが、平清盛が語るプロローグとエピローグが挟んでいる本編は、三月十三日(土)から三月十八日(木)のわずか五日間の出来事。

 サブタイトルに「最終講義」とあるように、東京・麹町にある日枝山王大学民俗学研究室助教授・小余綾修輔の退官までのリミットでストーリーが展開するのだ。


 歴史の謎を一緒に解くパートナーは、同じ大学の歴史研究室助教授・堀越誠也とOGであるフリーの編集者・加藤橙子。

 抜き差しならぬ三人の関係性にも目が離せない。


 源氏と平氏の縁(ゆかり)の場所から場所へと分刻みのスケジュールで動きながら、重要な語りの場面では興奮しすぎてついお酒のピッチもエスカレートしてしまう。

 知的な刺激だけでなく、こうしたユーモラスな人間臭さにも感情移入できるのだ。


 改めて「生きた」歴史の奥深さも思い知るだろう。

 学校で学んだ暗記ばかりのいわゆる受験教育がいかに無味乾燥なものだったのか。新史料の発見があれば教科書の記述も書き換えられており、過去の歴史も変化し続ける生き物のようでもあるが、本書を読めばさらにダイナミックに蠢いている歴史の姿が見えてくる。そして歴史とは、生き残った者によって都合よくアレンジされているという真理にも直面するのだ。


 勝者によって創作された歴史もあれば、闇に葬られた歴史もある。

「怨霊の歴史も、源平の歴史も一緒である」や、「源平の合戦はなかった!?」といった大胆不適な仮説も飛び交うが、広げられた風呂敷はすべて見事に回収される。

 源平の怨霊たちはこの一冊によって成仏できたのではないかと思うほどだ。

 著者の博覧強記ぶりを見せつける歴史小説であるとともに、スリリングにして上質なミステリーとしても思う存分に堪能できる構成となっており、とにかく随所から唸らされる。


 頼朝によって追われた英雄・義経がなぜ怨霊になっていないのか、そして清盛が池禅尼の嘆願を受け入れなぜ頼朝を助命してしまったか。

 この二つの謎の繋がりを読み解くことがこの物語の鍵となっている。

 アウトロー的な視点から次第に明らかにされる血塗られた一族の闇。

 さらにはあらゆる「繋がり」が、まるで雪だるまを転がすように膨らんで歴史の真実に迫ることにも気づかされる。


 歴史学だけでは近づけない手法もたくさんある。

 古典文学のみならず、歌舞伎、能、狂言といった芸能分野にも、生々しい歴史が息づいているのだ。とりわけ文献だけではなく、現地に赴き自分の五感や足で検証する、民俗学のフィールドワークのアプローチが刺激的である。


「平家物語」の舞台となった古戦場から、鎧武者たちの勇姿や悲劇のシーンに思いを馳せ、下関・赤間神宮、京都・白峯神宮、宇治・平等院、鎌倉・元八幡、伊豆・修禅寺といった社寺からは封じ込められている亡者の本音に耳を傾ける・・・読めば必ず聖地巡りをしたくなるはずだ。

 そんな歴史の舞台へと飛び出す楽しみ方も本書にはある。

 大評判でスタートしたNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」をより深く楽しめる最良のサブテキストとしても大いに価値がある。そしてここから豊穣な高田崇史ワールドに踏み入れることができればこれ以上の幸せはない。


▲『源平の怨霊 小余綾修輔の最終講義』高田崇史・著 

高田 崇史(たかだ・たかふみ)

東京都生まれ。明治薬科大学卒業。『QED 百人一首の呪』で第9回メフィスト賞を受賞し、デビュー。歴史ミステリを精力的に書きつづけている。近著は『古事記異聞 鬼統べる国、大和出雲』『QED 源氏の神霊』『采女の怨霊 小余綾俊輔の不在講義』など

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