恩田陸 不朽の名作「理瀬」シリーズ 全作品解説

文字数 3,224文字

第1作『三月は深き紅の淵を』刊行からおよそ26年、

数多の少年少女を虜にしてきた「理瀬」シリーズ。『薔薇のなかの蛇』を合わせると、これまでに長編5作・短編3作が発表されている。

世代を超えて愛され続ける人気シリーズを、書評家/ライターの三宅香帆さんによる解説でご紹介!

「理瀬」シリーズ長編

『三月は深き紅の淵を』 講談社文庫 


鮫島巧一は趣味が読書という理由で、会社の会長の別宅に2泊3日の招待を受けた。彼を待ち受けていた好事家たちから聞かされたのは、その屋敷内にあるはずだが、10年以上探しても見つからない稀覯本『三月は深き紅の淵を』の話。たった1人にたった一晩だけ貸すことが許された本をめぐる珠玉のミステリー。


四章からなる連作短編集のうち、第四章「回転木馬」が「理瀬」シリーズ第一作目となっている。幻の小説『三月は深き紅の淵を』。それは稀覯本でありながら、謎めいた四部作であるという。水野理瀬は『三月は深き紅の淵を』という日記を、ある学園で手に取ることになる。本作ではじめて、水野理瀬は列車に乗って、物語の世界へ登場する。そして憂理と、教頭と、自分の記憶の物語と出会う。理瀬の運命を予感させる風景が、物語の隅々にまるで予告編のごとくちりばめられている。

『麦の海に沈む果実』 講談社文庫 


三月以外の転入生は破滅をもたらすといわれる全寮制の学園。二月最後の日に来た理瀬の心は揺らめく。閉ざされたコンサート会場や湿原から失踪した生徒たち。生徒を集め交霊会を開く校長。図書館から消えたいわくつきの本。理瀬が迷いこんだ「三月の国」の秘密とは? この世の「不思議」でいっぱいの物語。


『三月は深き紅の淵を』の「回転木馬」が予告編だとすれば、本編にあたるのが本書。二月最後の日、理瀬は湿原に存在する全寮制学園へ転入する。その学園では「三月以外の転入生は破滅をもたらす」という噂をはじめ、謎めいた規律がいくつも存在した。そして次々に不可解な事件が起こってゆく。理瀬はもちろんのこと、ヨハンや黎二、憂理といった魅力的な生徒たち。彼らを取り巻く十代の屈折した不安定さや純粋さが、美しくも不穏に切実に描かれている。

『黒と茶の幻想(上・下)』 講談社文庫 


太古の森をいだく島へ――学生時代の同窓生だった男女四人は、俗世と隔絶された目的地を目指す。過去を取り戻す旅は、ある夜を境に消息を絶った共通の知人、梶原憂理を浮かび上がらせる。あまりにも美しかった女の影は、十数年を経た今でも各人の胸に深く刻み込まれていた。「美しい謎」に満ちた切ない物語。


理瀬の同級生である梶原憂理の、学園を出たあとの人生が明らかになる長編小説。蒔生たち男女四人は、学生時代からの友人。アラフォーになった彼らは、四人でY島旅行を決行する。道中さまざまな謎について語るうちに、彼らは思い出してゆく。自分たちの過去の別れと、隠蔽した記憶たちを。実は憂理の秘密は、彼らの軋轢の原因とつながっていた。物語は四人の視点が交代しつつ進むのだが、徐々に誰も語らない憂理の秘密に焦点が当たることになる。

『黄昏の百合の骨』 講談社文庫 


強烈な百合の匂いに包まれた洋館で祖母が転落死した。奇妙な遺言に導かれてやってきた高校生の理瀬を迎えたのは、優雅に暮らす美貌の叔母二人。因縁に満ちた屋敷で何があったのか。「魔女の家」と呼ばれる由来を探るうち、周囲で毒殺や失踪など不吉な事件が起こる。将来への焦りを感じながら理瀬はーー。


学園を去った後の理瀬の物語。祖母の言いつけを守り、理瀬は百合の匂いのする長崎の洋館に引っ越してきた。そこは「魔女の家」と呼ばれ、叔母二人が豊かで奇妙な暮らしを営んできた場。理瀬は暮らすうちに、亡くなった祖母の謎めいた遺言、そして屋敷の秘密に迫ることになる。従兄弟の亘と稔をはじめとして、理瀬と屋敷を取り巻く人間関係が濃厚。そして最後には、誰が味方で敵なのかわからない心理サスペンスになってゆく。

<最新長編>

『薔薇のなかの蛇』 講談社文庫


英国へ留学中のリセ・ミズノは、友人のアリスから「ブラックローズハウス」と呼ばれる薔薇をかたどった館のパーティに招かれる。そこには国家の経済や政治に大きな影響力を持つ貴族・レミントン一家が住んでいた。美貌の長兄・アーサーや、闊達な次兄・デイヴらアリスの家族と交流を深めるリセ。折しもその近くでは、首と胴体が切断された遺体が見つかり「祭壇殺人事件」と名付けられた謎めいた事件が起きていた。このパーティで屋敷の主、オズワルドが一族に伝わる秘宝を披露するのでは、とまことしやかに招待客が囁く中、悲劇が訪れる。屋敷の敷地内で、真っ二つに切られた人間の死体が見つかったのだ。さながら、あの凄惨な事件になぞらえたかのごとく。


『黄昏の百合の骨』で少女時代に別れを告げ、海外へ飛び立った理瀬。イギリスに留学して美術史を勉強していたところ、友人から「ブラックローズハウス」と呼ばれる館のパーティへ誘われる。理瀬は館の主である貴族レミントン一族の子息たちと交流する。折しもその時期、館の近所では「祭壇殺人事件」と呼ばれるニュースが話題になっていた……。イギリスのお屋敷を舞台にした、理瀬の探偵物語。渡英したリセ・ミズノは、その聡明さを引き受ける覚悟を持つ女性に成長しているところが、眩しく、美しい。

「理瀬」シリーズ短編

「睡蓮」/『図書室の海』 所収  新潮文庫 


理瀬が記憶をなくす前、祖母や亘、稔と一緒に長崎で暮らしていた時代を描いた短編小説。中学生になった亘に彼女ができたことに、幼い理瀬はちくりとした嫉妬を覚える。しかしそんな自分を恥じていた折、理瀬たちの家に、ある不思議な女性が訪ねて来る。幼い理瀬はその存在を警戒しながら、彼女の語る言葉に飲み込まれてしまう。――睡蓮の下にはきれいな女の子が埋まっているというけれど、きれいな女の子になるためには一度深くて暗い沼に沈まなくてはいけない。そんな言葉が、理瀬の将来を暗示するかのように、深く響く。

「水晶の夜、 翡翠の朝」/『朝日のようにさわやかに』 所収

新潮文庫


学園にいたときの理瀬の友人・ヨハンが主人公の物語。湿原の学園で暇を持て余していたヨハンは、転校生であるジェイと「笑いカワセミ」というゲームをすることになる。ただの遊びだったそのゲームは、いつしか毒を盛った事件にまで発展する。しかしヨハンだけは、その本当の犯人に気づくのだった。憂理や聖も登場し、『麦の海に沈む果実』の不穏な空気感がもう一度小説に閉じ込められたような作品となっている。

「麦の海に浮かぶ檻」/『謎の館へようこそ 黒』 所収

講談社タイガ 


校長は回想する。理瀬が学園にやって来るずっと前、学園から逃亡しようとした子供たちがいたことを。この物語の主人公は要と鼎、男女の双子である。ふたりのファミリーに、ある転入生が入って来た。名前はタマラ、人と接触できない病気を患っているらしい。生まれた時から与えられた運命や家系に抗えない少年少女たちが、それでも自分の運命に抗おうともがく様子が、彼女の持つ秘密から、切実に伝わってくる。そのような物語を展開する場として、湿原の学園は、これ以上ない舞台装置だろう。

(小説現代2021年7月号掲載)

三宅香帆(みやけ・かほ)

1994年生まれ。高知県出身。京都大学大学院人間・環境学研究科博士前期課程修了。大学院時代の専門は萬葉集。大学院在学中に書籍執筆を開始。著書に『人生を狂わす名著50』、『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』、『副作用あります!? 人生おたすけ処方本』、『妄想とツッコミでよむ万葉集』、『(読んだふりしたけど)ぶっちゃけよく分からん、あの名作小説を面白く読む方法』、『女の子の謎をとく』、『それを読むたび思い出す』、『(萌えすぎて)絶対忘れない! 妄想古文』など多数。ウェブメディアなどへの出演・連載など幅広く活躍中。

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