【特別寄稿】『総員玉砕せよ!』に込められた水木さんの思い
文字数 1,529文字
2021年、翌年に控えた水木しげるさん生誕100周年企画の準備中に、水木プロダクション内で『総員玉砕せよ!』の構想ノートが発見されました。
この歴史的遺産とも言えるノートの一部を、講談社文庫7月刊の傑作戦記漫画『総員玉砕せよ! 新装完全版』に収録。
この作品に込められた並々ならぬ思いとは? そして水木さんが晩年に語っていた戦争体験とは?
ご長女・原口尚子さんからの特別寄稿をご紹介いたします。
水木しげるにとって数年間の軍隊生活は、その後の60年近い漫画家人生を凌駕するものでした。
晩年の水木は戦争のことばかり話していました。朝、目覚めたときに「ここはラバウルか?」と言ったり、戦友の夢をみてうなされたり・・・。
「いいやつから死んでいった。親友が一番先に死んだ。でも悲しんではおれんのだ。明日は我が身だから」とも。
そんな言葉の端々から、水木の人生において戦争体験がいかに大きなものだったかが伝わってきました。
『総員玉砕せよ!』は水木が実際に所属した部隊の、玉砕の悲劇を描いたものです。
部隊に玉砕命令が下ったのは、水木が爆撃で左腕を失い、部隊の所属をはずれて野戦病院に入った後のことでした。
左腕と引き換えに玉砕を免れた水木はのちに、戦友たちの無念を描き残さなくてはいけないという使命感に駆られたといいます。
そしてこのたびその構想ノートが見つかったことから、水木の思いの強さを更に知ることになりました。
戦場には兵隊の生活があり、ごく普通の人間がそこにはいました。
彼らの軍隊生活と壮絶な戦闘、そして不条理な死。
この作品は、生還した水木が戦友への鎮魂の思いを込めた、渾身の1冊です。
原口尚子
【新装完全版の見どころ】
①未公開の構想ノートを20ページにわたり特別収録
②水木しげるさんの漫画に込められた決意が読める
③カバーイラスト・デザインを一新
④旧版になかったイラスト付き登場人物表を追加
⑤水木さんと親交が深かったノンフィクション作家・足立倫行さんの新解説
【あらすじ】
太平洋戦争末期の南方戦線ニューブリテン島バイエン。
米軍の猛攻で圧倒的劣勢の中、日本軍将校は玉砕を決断する。兵士500人の運命は?
著者自らの実体験を元に戦争の恐ろしさ、無意味さ、悲惨さを描いた傑作戦記漫画。
没後に発見された構想ノートを特別収録。
作品に込められた魂の決意が心に響く新装完全版!
【著者略歴】
1922年生まれ。鳥取県境港市で育つ。太平洋戦争時、激戦地であるラバウルに出征。爆撃を受け左腕を失う。
復員後紙芝居作家となり、その後、漫画家に転向。
1965年、別冊少年マガジンに発表した『テレビくん』で第6回講談社児童まんが賞を受賞。
代表作に『ゲゲゲの鬼太郎』『河童の三平』『悪魔くん』などがある。
1989年『コミック昭和史』で第13回講談社漫画賞を受賞。1991年紫綬褒章、2003年旭日小綬章を受章。同年、境港市に水木しげる記念館が開館。
2007年、仏版「のんのんばあとオレ」が仏アングレーム国際漫画祭最優秀賞を受賞。2009年、仏版「総員玉砕せよ!」が同漫画祭遺産賞を受賞。2012年、「総員玉砕せよ!」がウィル・アイズナー賞最優秀アジア作品賞を受賞。
2010年、文化功労者顕彰。2015年11月、逝去。