①「庚申塔」/福澤 徹三,糸柳 寿昭

文字数 1,881文字

猛暑にぴったり! 

怪談社の糸柳寿昭と上間月貴が全国各地で怪異を取材、作家の福澤徹三がそれを書き起こす。心霊スポットや事故物件など、さまざまな「場所」にまつわる怪異はときに不可解な連鎖を遂げ、予想外の恐怖と戦慄にたどり着く──。

ページをめくるにつれて読者の日常をも侵食する最恐の怪談「実話」集、3巻目『忌み地 惨 怪談社奇聞録』刊行を記念して3本試し読み! まずは第1弾「庚申塔」をお楽しみください!

庚申塔



 糸柳はネットの記事にあった所在地を頼りに、乳児の遺体が発見されたアパートにたどり着いた。アパートの名称は事件当時と変わっており、これといって怪しい雰囲気はない。事情を知らない住人に話を聞くわけにはいかず、踵をかえした。

 ただスマホの地図アプリで確認すると、アパートがあるのは真っ黒な人物が目撃された住宅街から3キロ近く離れていたが、この前取材にいった貯水池には800メートルほどに近づいていた。

「だからなに? っていわれたらそれまでやけど、こういう場所って固まるねん」

 駅へむかって歩いていると、道路沿いの一軒家の敷地に古びた庚申塔があった。

 庚申塔とは庚申塚ともいい、疫病を鎮めるとされる青面金剛像や「見ざる、いわざる、聞かざる」の三猿を彫ったもので、おもに江戸時代に建立された。

 庚申塔を眺めていたら、その家の玄関から80代後半くらいの男性がでてきて、

「あなた大学のひと?」

 と訊いた。この庚申塔は珍しいようで、大学関係者や研究者がよく足を止めるという。庚申塔は建立されて200年ほどで、側面に地名が彫ってあるから標石──道しるべを兼ねているらしい。

 糸柳はさっきのアパートを思い浮かべて、

「庚申塔は魔除けの意味もあるから、事件や事故はないでしょうね」

「いや、事故はあるけど、ほとんど傷がなくて死ぬよ」

 男性によると、庚申塔に面した道路は交通量が多いせいで死亡事故が多いが、そのほとんどは頭を強打して即死するという。

「戦時中、わたしの姉もそこで軍のトラックに轢かれて死んだ。そのときも頭を強く打っただけで、ほかに怪我はなかった」

 トラックを運転していた軍人は詫びるどころか、

「子どもを道で遊ばせるのが悪いんだッ」

 姉の遺体にとりすがる母親を怒鳴りつけて去っていった。

 それだけ死亡事故が多いうえに即死ばかりとなると、もはや怪異に近いが、ほかにも奇妙なことはないか訊いた。男性はすこし考えてから交差点を指さして、

「戦争が終わって十年くらい経ったころ、そこに街頭テレビがあってね」

 ほかに娯楽のない時代だけに、街頭テレビの前にはいつも大勢のひとびとが集まった。ある日の夕方、近くの住人たちと街頭テレビを観ていると、

「あーッ、あれ見ろッ」

 住人のひとりが大声をあげて庚申塔のほうを指さした。

 そっちに顔をむけたら、庚申塔の前で青白い人魂が踊るようにまわっていた。人魂はいくつもあったが、ひとびとの視線に気づいたのか、まもなく墓地の方向へ飛んでいったという。

「あれはみんなで見たから、ぜったい本物だと思う」

 ここで事故が多いのと関係あるんかな、と男性はいった。


 ちなみにこの付近で、1970年に一家4人が惨殺される事件が起きている。被害者は夫婦とその子どもふたりで、犯人は殺害された夫の弟だった。

 犯人は兄嫁に性的な執着を持って深夜に被害者宅に侵入、就寝中の4人を薪割りで殺害、子どもたちがうめき声をあげるなかで瀕死の兄嫁を弄んでいる。

 犯人は死刑になったが「いちばん残念だったのは、兄嫁の肉を食えなかったこと」だと法廷で陳述したという。


福澤徹三(ふくざわ・てつぞう)

小説家。『黒い百物語』『忌談』『怖の日常』など怪談実話から『真夜中の金魚』『死に金』などアウトロー小説、『灰色の犬』『群青の魚』などの警察小説まで幅広く執筆。2008年『すじぼり』で第10回大藪春彦賞を受賞。『東京難民』は映画化、『白日の鴉』はドラマ化、『侠飯』『Iターン』はドラマ化・コミカライズされた。他の著書に『作家ごはん』『羊の国の「イリヤ」』などがある。

糸柳寿昭(しやな・としあき)

実話怪談師。全国各地で蒐集した実話怪談を書籍の刊行やトークイベントで発表する団体「怪談社」を主宰。単著として『怪談聖 あやしかいわ』があり、怪談社の著作に『恐國百物語』『怪談社RECORD 黄之章』『怪談師の証 呪印』など多数。狩野英孝が司会を務めるCS番組「怪談のシーハナ聞かせてよ。」に、本作に登場する怪談社・上間月貴とレギュラー出演中。本書は福澤徹三と共著の『忌み地』『忌み地
弐』続編となる。

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