第5回/SFって最高
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ーーご持参された本ではSFも目立ちます。
この世が辛いのでSFは性に合っているんだと思います。この『時が新しかったころ』(ロバート・F・ヤング/東京創元社)で良いのは、主人公の少年少女が乗りこむのがロボットが恐竜型なところ。
子供たちの恋や冒険が、恐竜型ロボの中で行われる。この構造がバカバカしいけど好きなんです。絵が浮かびますし。
時間SFも好きです。大場ななも時間を跳びましたが、それって人類の根源的な欲求でしょう。
『ドゥームズデイ・ブック』(コニー・ウィリス、大森望 訳/早川書房)。これはですねぇ……中世イギリスの描きっぷりがとても良いんです。
タイムスリップの技術が確立のされた近未来。史学生の女の子キヴリンが、歴史研究で14世紀に跳びます。ただ事故によって帰還できなくなってしまいます。
ーーお好きな歴史ものですね。そのうえSF!
自分は、大学の卒論ではイギリスのカンタベリー大聖堂の建築史をテーマにしていたんです。石材の輸送費の高騰などとても興味深いディティールですね。中世イギリスも大好きです。
『ドゥームズデイ・ブック』で描かれる中世イギリスの寒々しい風景がたまらないんです。いわゆるファンタジー的な牧歌的な感じがまったくなくて、夢がない。そのシビアさに魅力がある。
大森望さんの訳もすごく真に迫っていて、読んでいて「空気の冷たさ」が伝わってきます。それが伝わるかどうかが重要な作品じゃないでしょうか。
ーー「空気の冷たさ」をこれから読む人にも感じてほしいですね。ジョン・ヴァーリイもお好きなんですか?
はい、『ブルー・シャンペン』(ジョン・ヴァーリイ/早川書房)です。これは表題作もいいんですが、最高なのが「タンゴチャーリーとフォックストロットロミオ」。
ーー名タイトル……!
最高の語感です。「タンゴ・チャーリーとフォックストロット・ロミオ」ですよ……? これはもう、レヴューといってもいいでしょう。
ーーわかります。

でも「へぇ、どんな陽気なお話なんだろう?」と思って読んだら、これまたシビアな話で。
〈タンゴ・チャーリー〉という円盤型の宇宙ステーションが地球周回軌道に遺棄されています。そこでは、たった一人の少女と犬の親子だけが暮らしています。
ひょんなことから人類が彼女の存在に気づき助けようとしますが、彼女は無菌のステーション内で育っているので平凡なウイルスへの免疫を持たず、普通の人類と接触すると死んでしまいます。いかに彼女を助けようか、という。
ーーすでに面白い!
更にここから、僕が滅茶苦茶好きなシーンがあるんです!
この世界では月面に富豪たちが住んでいます。〈タンゴ・チャーリー〉の接近が一大スペクタクルだということで、お祭り騒ぎになります。彼らは知りませんが、実は〈タンゴ・チャーリー〉には自動防衛システムが備わっていました。
呑気に賑わう月面の街に〈タンゴ・チャーリー〉が接近し……ついに放たれる高エネルギーレーザー砲!
月面の都市を焼き払いながら、また離れていく円盤。その中には少女と犬の親子だけがいる……。
ーーすごくエモーショナルな情景が浮かびます。
「無垢な存在を救いたい祈り」そして「円盤が月面都市を滅ぼす破壊的映像」この対比が最高なんです。読者の脳がオーバーフローしちゃう。
余談ですが『劇場版』でいう〈怨みのレヴュー〉の狙いもそんな感じでした。〈デコトラ!〉〈痴話喧嘩!〉〈中村彼方さんの詞!〉みたいな情報過多の演出。
ーー確かに〈怨みのレヴュー〉は脳の処理が追いつきませんでした。
最初は派手な舞台装置としてのデコトラを思いついたのですが、次第に「これ言葉を映像で走らせることができるな」と気づいて。
つねづね言葉を走らせたいと思っているんですが、それって結構難しいんですよ……。
ーーなるほど……! デコトラのアイディアは打ってつけだったことがわかります。
僕がSFからベストを選ぶとしたら、この『星を継ぐもの』(ジェイムズ・P・ホーガン/東京創元社)になっちゃいますね。
月で巨人の死体が見つかる……導入からして魅力的。SFであり歴史ものでありミステリー、多様なジャンルを横断する傑作です。
後輩のアニメーターさんに『星を継ぐもの』にも読んでもらったことがあって、そのとき「古川さんがおすすめするSFは肌に合います!」と感想をもらって嬉しかった本です。
ーー今回お話をうかがって古川さんの本の推薦能力の高さに驚いています。
ほんとですか(笑)。でも、作品をプレゼンする能力は、アニメ監督に求められる能力だと思っています。本に限らず。
僕が尊敬する押井守さんがかつて語られていた記憶があるんですが、「監督に必要なのは昨日観た映画を母親に面白く伝えられる能力だ」と。
実際、自分もアニメの演出と監督をやってみて実感しました。お客さんだけでなくスタッフにも興味を持ってもらわないといけない。