新たな探偵小説は、新たな探偵像から生まれる。/吉田大助

文字数 2,700文字

『ヴェールドマン仮説』の出版で、その著作数がついに100冊の大台に乗ったことが話題となった小説家・西尾維新氏。その小説に多く登場するのは、個性的な探偵たち。


西尾維新氏が描き続ける「新たな探偵像」、その魅力について、書評家・吉田大助氏が語ってくれました!

西尾維新はたまに、本気を出すことがある。


……この書き方では誤解を呼ぶか。


リーダビリティが高く読者を必ず物語の最後まで連れていくエンターテインメントであること、たとえシリーズものであっても作品単体としての完成度を追求することなどなどに関しては、いつだって本気だ。


西尾維新がたまに繰り出す本気とは、探偵小説というジャンルに対する本気だ。


ほんのり歴史を振り返ると、今でいうミステリー(推理小説)は、もともとは探偵小説と呼ばれていた。

しかし、今やそのジャンル名を口にする人は数少ない。それはざっくり定義するならば「探偵が謎を解く小説」となるわけだが、リアルな探偵って不倫調査とか失踪したペット探しが仕事の9割じゃない? 推理なんてしなくない? 私人では得られる情報少なくない?


空想の余地をリアルが潰す、「情報化社会」が二重三重に進展した結果、物語の中から探偵は去り、刑事が主役の座に着くことが増えていった。その結果が、現在の警察小説の大ブームだ。


西尾維新はそんな時代にあえて、探偵小説を書く。先人作家たちへのリスペクトを込めながら、探偵という職業の持つ自由さと不自由さを、物語を通じて謳歌してみせる。


ちょうどいいサンプルが2つある。新垣結衣主演&野木亜紀子脚本でテレビドラマ化もされた〈忘却探偵シリーズ〉の最新第12作、『掟上今日子の設計図』。西尾維新の小説としての著作100冊目(!)として刊行された『ヴェールドマン仮説』


サンプルその1『掟上今日子の設計図』に登場する探偵、その名も掟上今日子は、記憶が一日ごとにリセットされる(ひとたび眠りに落ちればそれまでの記憶を無くす)という特性がある。


そんな彼女が探偵業を営むためには、絶対条件がある。「どんな事件でも一日で解決する」。刑事がするような足を使って証拠を集めて固めて……という段取りは、彼女にはほぼ皆無だ。


ごく限られた情報から一気に事件や謎の本質を摑み取る、誰が呼んだか「最速の探偵」。作家の十八番である奇想天外なキャラクター造形力が、新たな名探偵の創出に発揮されている。

本作では、本編の合間合間で犯人の語りが挿入される、いわゆる倒叙形式が採用されている。


まずは「學藝員9010」を名乗る犯人が、ネット上にアップした予告動画で立体駐車場爆破の様子を挨拶がわりに披露。「私は今日、町村市現代美術館を爆破する。タイムリミットは閉館時間の午後八時」「頼む。警察でも探偵でもいい。この動画を見ているあなたでもいい。誰か私を止めてくれ」。


掟上今日子は、ワトソン役である隠館厄介の不運に(いつもながらに)巻き込まれる形で、爆破予告事件の解決に臨む。警察サイドの協力者は、火薬探知犬と盲導犬を両手で操る爆弾処理班の盲目のエース、扉井あざな。


フーダニットからワイダニットへ、ハウダニットへ。犯人の正体が判明して以降の、後半の畳み掛けが素晴らしい。


本シリーズには、現実とは大きく異なるフィクションが導入されている。


この物語世界では、犯罪に巻き込まれ自らが被疑者となったならば、警察の取調室で弁護士の代わりに探偵を呼ぶ。探偵の推理によって、冤罪を晴らしてもらうためだ。


つまり、探偵という職業の社会的立場や権限を高めることで、探偵が事件の捜査や推理をおこなう必然性を高めた。現代社会では探偵の存在感が希薄だというならば、探偵が華々しい存在となるよう、世界自体を改変してしまえばいいのだ、と。


ところで、物語の世界から職業としての探偵(=私立探偵)が退場し始めて久しいが、そのぶん別のタイプの探偵は増えている。探偵を職業にはしていない、お金はもらわないけれども(趣味で)事件の謎を追う、素人探偵だ。


その潮流を、西尾維新が調理したらどうなるか。



サンプルその2『ヴェールドマン仮説』の主人公は、25歳の吹奏野真雲(ぼく)だ。


ある日、公園で頭にナップサックをかぶった「首吊り死体」を発見したことから、「布を凶器」とする連続殺人を行う通称ヴェールドマンの事件を追うことになる。「ぼく」は無職だが、一家9人分の家事全般を一手に引き受ける任を負う。


驚くべきは、「ホームズ一家」とも呼ばれる吹奏野家の家族構成だ。「おじいちゃんが推理作家で、おばあちゃんが法医学者、父さんが検事で母さんが弁護士、お兄ちゃんが刑事でお姉ちゃんがニュースキャスター、弟が探偵役者で妹はVR探偵」。


つまり「ぼく」だけが、探偵的な職能や肩書きを持たない。そんな「素人」が連続殺人の謎を追うとしたら、どうなるか? SNSで繋がる家族のサポートを受けながら、家族内で共有された犯人にまつわる「仮説」を検証するコマになる。


どうしてこんな設定を思いつけるんだ!?


ミステリーのネタ密度はいつもながらに濃厚だが、一番のメインはミッシング・リンク探しだ。


近隣で複数発生した布にまつわる殺人事件のどれがヴェールドマンの仕業であり、被害者に共通点はあるのか……。最後の最後で結局のところ、「素人」ゆえの無力さを痛感させる結末に、続編を期待せずにいられなくなるというおまけ付き。


あとがきによれば、著作200冊目(!)で〈仮説シリーズ〉第2弾を発表する可能性がある、かもしれないという。


2作はともに、純粋に優れたミステリーであると同時に、物語の中から探偵が撤退しつつある現代において、どのようにすれば探偵小説なるジャンルは成立するのか、というトライアルとして楽しむこともできる。


どうやら「今の時代に、探偵をどう描くか?」という思考は、物語の発想の出発点となりうるのだ。ちなみに、西尾が昨冬完結させた『美少年探偵団 きみだけに光かがやく暗黒星』から始まる〈美少年シリーズ〉(全11巻)の元ネタは、江戸川乱歩の「少年探偵団」。


過去の著名な探偵小説のパスティーシュ、これもまた探偵小説の可能性を切り開くためのひとつの術だ。


新たな探偵小説は、新たな探偵像から生まれる。


西尾維新は、それを教えてくれる。

Writer:吉田大助

ライター・書評家・インタビュアー。構成を務めた本に、指原莉乃『逆転力』などがある。

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