第1回★骨折ドラゴン / 編集OKB

文字数 1,452文字

田中芳樹氏の大人気伝奇アクション小説『創竜伝』が、33年の時を経てついに完結──! 完結を記念して、歴代担当編集者や大ファンの現役編集者が、自分だけの「創竜伝とわたし」について語ります! 凄まじい超能力を秘めた竜堂四兄弟も思わず涙する、熱き想いをここに‼


第1回は、文芸局にて働く編集者・OKB氏による「骨折ドラゴン」です。

中学二年生のとき、柔道の試合で肩の骨を折って入院しました。


柔道部の仲間が『ろくでなしブルース』を何巻か持ってきてくれました。仰向けで左腕を牽引された状態でしたので、片手でページを捲り、「ククク」と笑っておりました。隣のベッドには、足を折った八百屋の痩せたお爺ちゃんが寝ていましたが、私の笑い声が気に障ったらしく、「お兄ちゃん、そのマンガ、面白いの?」と訊いてきました。「はい、まあまあ」と答えましたが、あれは本当に面白いマンガだと思います。


さすがに『ろくでなし~』にも飽きたので、母親に兄の本棚から『創竜伝』(たぶん3巻くらい)を持ってきてもらいました。


その時、すでに一読はしていたのですが、ベッドに縛り付けられ、トイレにも行けない状態で読むと、竜堂兄弟たちの活劇は私に改めて猛烈なイメージを与えました。


思えば、暗い中学時代でした。柔道も弱いくせに骨折してしまいまし、進学塾では落ちこぼれ始めていました。また、まったくモテませんでした。自業自得のことなのですが、たぶん、中学生の肥大した自我には、すべての現実がつらかったのだと思います。


だから、竜堂兄弟たちの圧倒的な強さに心が躍りました。暴走族を駆逐し、悪徳政治家や闇の支配者を懲らしめてくれる竜堂兄弟。コーラの瓶を投げてヘリコプターを撃墜し、テーマパークをぶち壊して、はしゃいでいた客たちに恐怖の悲鳴を上げさせてくれる竜堂兄弟。無様な怒りと劣等感に捕らわれている私は、彼らに暗く熱狂しました。

それ以来、新刊が出るたびに、兄より先に買ってきて『創竜伝』を読むようになりました。そして『創竜伝』の刊行ペースが落ちてくるとともに、私はこの現実の世界が好きになり始めておりました。


それでも、最終巻を読み終え、竜堂兄弟たちを愛おしいと思う気持ちに変わりがないことに驚きます。彼らの冒険がもう読めないことを悲しんでいる自分がいます。


でも、たとえば「吉川水滸伝」を読んだ人なら、未完の悲しみをご存知のことでしょう。著者の田中芳樹先生には、30年分の感謝を申し上げたいと思います。ありがとうございます、私の人生を豊かにしてくださって。


ちなみに、その『ろくでなし~』は退院の際、あとから入院してきた、運動会で転倒して鎖骨を折った中学三年生にあげました。


なんでも社会科の先生に激突して転倒したとかで、その先生は男子の枕元で度々「公民」の個人授業をしておりました。


ある日、その先生が「日本国憲法」についての授業を終えて帰って行ったあとのこと。ベッドに腰かけた八百屋のお爺ちゃんが「あの先生はアカだな」と囁きながら、私に饅頭をくれました。お爺ちゃんは、いつも菓子やジュースを私にくれるのです。


その時、私は曖昧に笑って片手で饅頭を食べましたが、「竜堂続なら、なんて答えたかな」などと思ったことを覚えています。

第2回もお楽しみに!
★こちらの記事もおすすめ

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色