第3回★『創竜伝』が生まれたころ/第1巻~8巻までの担当編集N

文字数 2,026文字

田中芳樹氏の大人気伝奇アクション小説『創竜伝』が、33年の時を経てついに完結──! 完結を記念して、歴代担当編集者や大ファンの現役編集者が、自分だけの「創竜伝とわたし」について語ります! 凄まじい超能力を秘めた竜堂四兄弟も感涙すること間違いなしの熱き想いをここに‼


第3回は、第1巻から第8巻までの担当編集Nによる「『創竜伝』が生まれたころ」です。

入社4年目で文芸第三に移りました。その後メフィスト賞で多彩な作家を輩出することになる文芸第三もまだ独立したてのほやほやでした。当時はノベルス大戦争の最中、カッパノベルス、ノンノベルがリードして、後発の講談社ノベルスは5番手争いをしていて、本格参入しようというところです。赤川次郎さん、西村京太郎さんが大黒柱のノベルス界に新風を巻き起こしていたのが、菊地秀行さんや夢枕獏さんの伝奇小説の一群です。席の隣では、のち新本格の産みの親といわれた宇山日出臣さんが、「いま面白いことやってるんだよ」と、にこにこしていたのもそのころです。


トクマノベルスで「銀河英雄伝説」というのが売れているらしいと聞きつけた、イケイケのN澤部長が、田中先生に会いに行き、竜堂四兄弟の話をうかがったのが「創竜伝」のそもそもの始まり、だと聞いています。小学生のとき授業中にノートの端に書いていたアイディアのことを田中先生は話され、始、続、終、余の四兄弟のネーミングにそれは面白い、と身を乗り出してくれたのはN澤さんだけだった、と田中先生はおっしゃっていました。

少年誌のグラビア班から、文芸に移ってきたばかりの私の前にどんと置かれたのが、その「創竜伝」第1巻のゲラでした。ちなみにノベルスの何刷めかまでは巻数の「1」が入っていません(入っていないノベルス1巻目をお持ちのかたは、ほんとうに初期の読者です)。ともかくそこから田中先生の担当をさせていただきました。


ちなみに「創竜伝」刊行の翌月、宇山さんが担当していたのが、綾辻行人さんの「十角館の殺人」です。


その頃角川文庫の「アルスラーン戦記」も始まり、田中先生の新しい読者は、すごい勢いで増えていきました。


ですから田中先生といえば、人気の凄さ、原稿争奪戦の激しさばかりが記憶にあります。「わ、縦書きだ。小説の1冊って長いなあ~」という、ど素人文芸編集者(注、最近の新人はもっとずっと素養があります)に、田中先生もご迷惑だったと思いますが、編集者として、怒濤の快進撃を目撃、体感できたのは、ほんとにありがたい体験でした。


SNSもネットもない、ダイヤル式黒電話の時代でしたから、おそらく口コミだと思います。2巻や3巻の発売日には、書店で見ている目の前で平台の山がみるみる減っていくのが見えました。大げさでなく、今でいうと、静かに潜行する「鬼滅の刃」状態でしょうか。

印象に残る読者のかたがいます。当時池袋でよそより30分だけ遅くまで開いていた書店に、閉店間際に飛び込んできた一人の女性。(ここにあったー、ぜいぜい)とつぶやきながら小さな目を見開いたかと思うと、振り乱した三つ編みの髪から、突然オーラのようなものが立ちのぼったのです。オカルト的なことは信じるほうではありませんが、あれはただの湯気ではなかったように思えてなりません。


ぎりぎりの進行になって印刷所に向かうタクシーの中で校了したこと、運送会社の4トントラックで四兄弟宛のバレンタインチョコを届けにいったこと、カンヅメ先から逃亡された先生を追って、避暑地のK町にいるかもしれない、というライバル社の情報を頼りに、著者写真を手に、必ず先生なら立ち寄るであろう地元の書店さんに飛び込んだこと(確かにこの人は来ました、と書店のおやじさんは証言してくれました)……などなど田中先生のエピソードにはこと欠きませんが、お仕事場で居催促させていただいたとき、びっくりしたことを覚えています。


田中先生は手書きですが、手書きのかたには珍しく、きれいな楷書です。そばで見ていると、ところどころ原稿用紙の行の途中から書かれてあります。書きやすいところから書いているのかな、と思っていると、筆、いや細字サインペンはゆるゆると進んでゆき、空欄だったところが文字数ぴたりと埋まりました。そして、こちらを向いてニヤリとされたのです。この人はいったいどういう頭の中の構造をしているのか、と仰天したものです。


……このほど足かけ33年で、「創竜伝」が完結するとのこと、ほんとうにおめでとうございます。長い間待っていた読者のかたがたもおめでとうございます。無事着地を決められた先生も、今ごろニヤリとされておられることでしょう。あのときのオーラの読者さんも、わくわくしながら最終巻を読んでいただけたら、うれしいです。

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