Day to Day〈4月11日〉〜〈4月20日〉#まとめ読み

文字数 12,569文字

2020年の春、ここtreeで、100人のクリエーターによる100日連続更新の掌編企画『Day to Day』がスタートし大きな注目を集めました。この2021年3月25日、その書籍版が発売されます。


>通常版

>豪華版


treeでは、それを記念し、『Day to Day』の原稿を10本分ごと(10日分ごと)にまとめて、一挙に読みやすくお送りいたします。それでは……珠玉の掌編をお楽しみください!

〈4月11日〉プリンセス


「ママはプリンセスじゃなくなったの?」
 最近、小二の息子に聞かれた。
 これまで仕事の時といえば、髪はゆる巻きのハーフアップで、上品なアクセサリーにレースやシフォンのワンピースが定番だった。それが近頃は青のヘルメットにピタピタのサイクルジャージ、エルボーパッドとニーパッド、そして大きな赤のリュック型ボックスを背負っている。
 息子はお絵描きが好きで、よくプリンセスの私を描いていたが、ふと気がついたのだろう。しばらくプリンセスになっていないと。
 今日も私は自転車に乗り、依頼のあった店へと急ぐ。出来たての食事を受け取り、指定された家へ配達するのが今の仕事だ。
 結婚式や宴席の司会の仕事は二月から減り始め、三月下旬までにゼロになった。去年、離婚を決意できたのは仕事が順調だったからで、むしろ仕事をセーブしなくて良くなった分、自由にできるお金は多くなった。息子も「パパがいない方が、ママがたくさんプリンセスになってくれる」と喜んでいたほどだ。
 でも今は無収入で、貯金も心細い。どんどん求人も減っていて、やっと見つけたのが出前の配達代行だった。オンライン登録し、代行会社のロゴが入った保温保冷ボックスが届けば始められる。一日中留守番をさせるのは不安なので、昼食時と夕食時にだけ働けるのが魅力だった。
 始めた頃はキツかった。長時間自転車をこぐので足はパンパンになり、道に迷い、配達に遅れて怒鳴られ、雨の日に自転車ごと転んで泥だらけになった。偶然にも苦手なママ友の家が配達先だった時には「へーえ、大変だねえ」と鼻で笑われた。クソくらえ、と心の中で中指を立てておいた。強くなったと思う。
 今では楽しみながら仕事をしている。だけど息子がどう思っているかはわからない──どんどん日焼けし、足腰に筋肉がつき、逞しくなっていく母のことを。きっとまた、プリンセスに戻ることを望んでいるんだろうけど。
 今日も夜まで働き、汗だくで帰宅した。
「おかえり」
 いつものように食卓でクレヨン画を描いていた息子が、笑顔で迎えてくれる。
「今日は何を描いてたの?」
「ママだよ」
「わあ、見せて見せて」
 のぞき込んで──息を呑んだ。
 それは青く輝くヘルメットにパワードスーツ、そして真っ赤なボックス型のミサイル装置を背負ってそそり立つ、勇ましい私の姿だった。
「ママはスーパーヒーローのプリンセスになったんだよね」
 息子が笑った。
 心から誇らしげな笑顔だった。

秋吉理香子(あきよし・りかこ)
早稲田大学第一文学部卒業。ロヨラ・メリマウント大学院にて映画・TV製作修士号取得。2008年「雪の花」で第3回Yahoo!JAPAN文学賞を受賞し、翌年受賞作を含む短編集『雪の花』でデビュー。『暗黒女子』は映画化もされ、多くのファンを掴んだ。そのほかの著書に『聖母』『絶対正義』『ガラスの殺意』『灼熱』などがある。

〈4月12日〉



「年をとると、春になって、桜を見ることができるというのが、どのくらい有り難いことなのかよく分かるよ」
 と、母はこちらに小さな背中を向けながら言った。
 はあ、なるほどそういうものなのか、と聞き流した言葉だったが、なぜだか桜を見る度に、思い出すようになった。
 二十代の頃の僕にとって、桜はただ描くための画題でしかなかった。
 それから少なくない月日が流れて、二十代が終わり、桜を描けるようになり、桜を描きたいという情熱が消え去ると、やっと桜を眺められるようになってきた。
 桜を分析し見つめるのではなく、ただその木の下にみ眺める。一つ一つの花を細かく見つめ、スケッチをする時のように形を調べ、枝ぶりや花の重さや揺れ方を見るのではなく、ただ遠くにあるものとして眺める。
 そうすると、自分が桜を描くために費やした時間や、情熱や、そのすべての瞬間が胸に迫るように立ち現れるようになった。
 長い時間の中にちりばめられた幾つものエピソードが、一瞬で桜と共に胸の内側からって来た。不思議なことだけれど、それでいて、僕は自分の人生で一番新しい時間の中にある桜を見ていたのだ。
 終わりと始まりが綺麗に結ばれるようなそんな感覚を、僕は桜の木の下で感じていた。すると言葉にし難い妙に清らかな感覚が、いまを生きているのだなあという実感とともに心に現れてきた。
 
 桜の花が風に揺れた時だった。
 あれが「春になって、桜を見る」ということだったのだろうか。
 母が言っていた「有り難いこと」というのは、積み重なって来た人生が、一瞬にして立ち現れてくるあの瞬間のことなのだろうか。
 無数の花々が、春の穏やかな風と、桜の背景に映る水色の空と、これまで経てきた数限りない出来事と一緒に目の中に飛び込んでくるとき、桜はただ花を眺めること以上の意味を持って、胸に迫ってくるものなのかも知れない。
 今年は去年と同じように桜を眺めることは難しくなってしまった。けれども春になると思うことはいつも同じだ。
 自室の汚れた窓に映る遠い桜を見ていても、春になると、幾つものことを思い返す。
 思い返すことで、春の中にいて、自分もまた巡りくる春と四季と自然の一部なのだと感じられる。
 そして、時を重ねて来たこと、ただ単に生きていることにすら、言葉に出来ないほど深く感謝している自分に気付く。
砥上裕將(とがみ・ひろまさ)
1984年生まれ。福岡県出身、水墨画家。『線は、僕を描く』で第59回メフィスト賞を受賞しデビュー。
〈4月13日〉会社に行きたい田中さん


 田中さん、あんたに言いたいことがある。ずっと言えなかったことを今夜こそ言う。会社にはもう行くな。今日から三十六日前の三月九日、うちの会社は他社より早く社員全員に自宅勤務を命じた。感染リスクの低い家の中にいられることになったんだ。なのに、なぜあんたは会社に行こうとする? 「ノートPCの画面が小さい」からと出社したのは自宅勤務になって二日目だったよな。ネットに繋がらないから何とかしてと俺まで呼び出した。家にいろ! 3.11を思い出せ。交通機関は寸断され、放射性物質はこの首都圏の上にも降ってきた。だがみんな出社するしかなかった。次の災害時には社員の命を第一にとの思いから、総務部は地道にテレワークができる環境を整えてきたんだ。なのに九年後の同じ日、あんたは「請求書にハンコを押さないと」と出社した。四月一日には「こんな時だからこそ新人歓迎会を開こう」と言い出した。お前はコロナから給料をもらってんのか? 俺が新人なら即SNSに通報だ。若者を巻きこむなよ。……要するにあんたは家に一人でいられないんだ。奥さんが出て行ってから三年、あんたは孤独を埋めるためなら何でもした。余計な残業を増やし、部下たちを帰らせなかった。今だって会社に行きさえすれば仲間に会えると思ってるんだろう。だが、幻想だ。コロナが始まる前からあんたには仲間なんかいない。部下は皆、横暴なあんたが嫌いだった。その筆頭が俺だ。退職願を出したのは国内で初の感染者が出た日だ。「じきに在宅勤務が始まる。田中とも離れていられる」と部長に宥められて思いとどまったが、距離ができた今でも、あんたは俺をZoom飲みに誘う。断れない自分が嫌だった。いっそコロナにかかってくれと願った時さえあった。だが、そうなったら負担が行くのは保健所や病院だ。大嫌いな上司の健康を俺は願わなきゃいけない。それに三十六日間あんたの晩酌につきあううち、俺は気づいたんだ。どうやら同僚たちは俺を外してZoom飲みをしている。自分にも仲間なんてものはいなかった。ずっと一人ぼっちだったらしい。だから今あんたに死なれちゃ困るんだ。もう会社には行くな! 資料をプリントするのは家でもできる。寂しさに耐えて生き延びろ。煙たくて混雑した店の中で焼き鳥を食える日が来る。一ヶ月後にはそうなっているだろう。その時は仕方がないからつきあってやる。約束するから、だから会社にはもう行くな。
朱野帰子(あけの・かえるこ)
東京都生まれ。2009(平成21)年、『マタタビ潔子の猫魂』で第4回ダ・ヴィンチ文学賞大賞を受賞しデビュー。主著に『駅物語』『わたし、定時で帰ります。』など。
〈4月14日〉2020年4月14日の大癋見警部


 大癋見警部が外出しようとしているのを目の端で捉えた海埜警部補は、慌てて後を追いかけた。
「警部、どちらへ行かれるのですか?」
 一課の大部屋の出口付近でつかまえることに成功した。ソーシャルディスタンスを考慮して、少し離れたところに立つ。まあ元々、あまり近くに寄りたい人ではない。
「本屋だ」
 いちおうマスクはしているが、顔がでかすぎるためか、ものすごーく小さく見える。
「本屋? 何でまた?」
「ワシの活躍を記録した二冊目の本『大癋見警部の事件簿リターンズ 大癋見vs.芸術探偵』の光文社文庫版が、本日発売なのだ」
「自粛して下さい。書店に並んでいるところを見たい気持ちはわかりますが、それは不要不急の外出に当たります」
 海埜が窘めると、警部はぎろりと目を剝いた。
「うるせえ! ワシにとっては必要大至急だ! それにそもそもワシは、インフルエンザにもかかったことがない。ウイルスの方が逃げるんだ、わはははは」
「駄目です。たとえ自分は発症しなくても、周囲に広める危険がありますから、外出は自粛しましょう」
「てめえこら! 人を中間宿主みたいに言いやがって!」
 あいかわらずの傍若無人。中間宿主という言葉の理解も間違っているが、今はそれどころではない。歩くクラスターのようなこの人を、街に解き放ってはいけない。
「駄目です。本はなくなりません」
「いや、なくなるんだなあ、これが」警部は駄々をこねた。「前作も、あっという間に書店の店先から消えた。大好評で売り切れたのか、返本になったのかは知らんが」
「ですが、どっちにしても緊急事態宣言以降、都内の大型書店はどこも休業中ですよ」
「くそ、そうだった!」
本当に忘れていたらしく、地団駄を踏む。
「間の悪い時に文庫化しちまったなあ。緊急事態宣言が明ける頃には、もう新刊扱いじゃなくなってるじゃないか!」
「それは本によると思いますが……」
「畜生、不便でしょうがないな。外出できないとなると、丑の刻参りにも、スイカどろぼうにも行けないじゃないか!」
 そういう誰にも会わないのはまだ良いですけど、とうっかり言いかけて、慌てて口を噤んだ。いやいや良くない。何だか善悪の基準がおかしくなっている。
「いつでも好きな時に好きなところへ行ける日常が、早く戻るといいな」
「そ、そうですね」
 珍しくまともな言葉に一瞬自分の耳を疑ったが、海埜はこの係に配属されて以来、初めて上司の言葉に心から同意した。

深水黎一郎(ふかみ・れいいちろう)
一九六三年、山形県生まれ。二〇〇七年に『ウルチモ・トルッコ』で第三十六回メフィスト賞を受賞してデビュー。二〇一一年に短篇『人間の尊厳と八〇〇メートル』で第六十四回日本推理作家協会賞を受賞。二〇一五年刊『ミステリー・アリーナ』が同年の「本格ミステリ・ベスト10」で第一位に。近著に『倒叙の四季 破られた完全犯罪』『虚像のアラベスク』『第四の暴力』『犯人選挙』などがある。
〈4月15日〉走りだせない日


 担当編集者の教えを受け、パソコンでビデオ通話ができるようになったので、さっそく東京と大阪に居ながらにしてウェブ打ち合わせをする。新作長編の構想がまとまっていない私に向け、心安い編集者は「頼みますよ、有栖川有栖先生」と、いつにない先生付けで激励だか叱咤だかを飛ばして画面から去った。
 焦る。焦って悶々とするうちに、今日が友人・火村英生の誕生日であることを思い出して、覚えたてのテクノロジーで祝いの言葉を伝えることにした。
「やっと文明の利器を覚えたのか、アリス。俺の誕生日よりそっちの方がめでたい」
 二十歳以来、十四年の付き合いだ。相変わらず私に対してだけは口が悪い。
 大学生の頃から京都の北白川の下宿で暮らす男は、母校の社会学部准教授となり、警察の捜査に協力することをフィールドワークとして研究を続けている。
「真面目な顔で言うな」と言ってから、友人の表情には微かな翳があるのに気づく。「……もしかして、そっちは不慣れなリモート授業に手こずってるか?」
「オンラインで講義を始めようとしたら、支障が出て全校的に中止になった。そんなことじゃなくて、七十代の婆ちゃんが心配なんだよ。この緊急事態下、俺は絶対、新型コロナウイルスに感染できない」
 店子としてお世話になっているのは、今や火村だけ。重責を感じるのも無理はない。
「警察から『先生、摩訶不思議な事件です!』と連絡が入っても、現場へ出られへんな。リモート探偵をするしかないか」
「やるさ。いつでもOKだ」
 そんな事態を心待ちにしているのか、犯罪学者は静かに微笑した。部屋にこもりっぱなしで腕が疼いているのかもしれない。
 通話を終えて、ふうと溜め息をつく。
 外出自粛のせいで公私とも予定が次々にキャンセルになり、執筆に専念できる絶好の環境が整ったのに、書けずにいるのがもどかしい。いつも渋滞している道からすべての車が消え、一直線に延びる高速道路を独り占めできるのに、エンジンが掛からずに立ち往生しているかのようだ。
 事件の報を待つ火村も運転席でステアリングを握ったまま、がら空きの前方をにらんでいるのだろうか? 走りたい、走らせろ、と焦燥に近いものを感じながら。
 そんな2020年4月15日。
有栖川有栖 (ありすがわ・ありす)
1959年大阪府生まれ。同志社大学法学部卒業。1989年『月光ゲーム Yの悲劇'88』でデビュー。 2003年『マレー鉄道の謎』で第56回日本推理作家協会賞、2008年『女王国の城』で第8回本格ミステリ大賞、2018年「火村英生」シリーズで第3回吉川英治文庫賞を受賞。本格ミステリ作家クラブ初代会長。
〈4月16日〉魔女か、女神か


 俺は終田千粒。売れない作家だ。ちなみに「ついた・せんりゅう」と読む。
 世はコロナ自粛のオンパレードだ。経営が苦しい版元はこれ幸いと、打ち合わせと称する接待をカットしてきた。飯ばっか食って作品を書かない食い逃げ作家を排除するいい機会だと思ったのだろう。だが自粛は真面目な作家にとっては通常運行、無問題。これからは俺みたいに本道に邁進する、真の作家の時代がくるのだ、ふははは。
 なんて思っていた。ついさっきまでは。
 すると、作家の鑑である俺の目の前に、白髭の老人が煙のように現れた。
「余は神ぢゃ。余は横暴な人類を滅ぼそうと決意した。ぢゃがその前に、作家の本道に専心しているお主にラスト・チャンスをやろう。一度しか言わんからよく聞け。コロナが蔓延した今も、安保首相は三千億円の追加を払ってでも五輪開催に執着しておる。ぢゃが、いのちかカネかの選択で、カネを選ぶなら余が人類に鉄槌を下す。頼みの綱は小日向美湖・東京都知事の造反じゃが、これは五分五分ぢゃ。彼女には幼稚な安保宰三と同じ、自分の欲しか考えない魔女の顔と、人々を愛する女神の顔という、ふたつの顔がある。厄介ぢゃが最終決定をするとき彼女がどちらの顔になるかわからぬが、見分ける方法がひとつだけある。七月の都知事選で公約に『五輪中止』を掲げれば女神、『五輪実施』と言えば魔女の決断ぢゃ。お前はその前にそれを仄めかした作品を書いて大ベストセラーにして、事前に魔女を駆逐するのぢゃ。急げ。都知事選前の五月に出版せねば効力は切れるぞよ」
 白髭の老人は、現れた時と同じように、煙のように姿を消した。
 夢か? だが脳裏には老人の言葉がくっきり残っている。カレンダーの日付は四月十六日。五月中に刊行するには二週間で執筆せねば。やれるのか、俺? 大丈夫、俺はネタさえ思いつけば一日百枚は書ける。やろう。人類のためだ。こんなのサララのラーで書き上げてみせる。
 だが高揚した俺は次の瞬間、頭を抱えた。忖度検閲国家の今の日本で、こんな作品を出してくれる版元があるはずがない。加えて先日俺は帝国経済新聞系列の健康サイトの連載エッセイでちくりと厚労省を批判し、「該当不遜箇所ヲ削除セヨ。サモナクバ掲載不可」と警告されたが、従わずボツにされた。今頃は大手新聞社や大手版元に、俺の作家破門状が回っているはずだ。
 どうすればいいのだ。このままでは人類が滅亡してしまう。
 ああ、この世には神も仏もないのか。
海堂尊(かいどう・たける) 
1961年生まれ。医師、作家。2006年『チーム・バチスタの栄光』で第4回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞、作家デビュー。桜宮サーガ・シリーズは累計1000万部を超える。Ai(死亡時画像診断)の概念提唱者で、関連書に『死因不明社会2018』(講談社)がある。『ブラックペアン1988』(講談社)、『ジーン・ワルツ』(新潮社)、『螺鈿迷宮』(KADOKAWA)等、映像化作品多数。現在、キューバ革命を描く「ポーラースター」シリーズ(文藝春秋)を刊行中で7月末に最新作『フィデル出陣 ポーラースター』を刊行予定。最新刊は『氷獄』(KADOKAWA)。近刊は7月刊、本SSの続編にあたる桜宮サーガ・シリーズ最新刊『コロナ黙示録』(宝島社)。

〈4月17日〉



 1970年春、ケネディ宇宙センターから1基のロケットが打ち上げられた。
 アポロ13号だ。アポロ計画3度目の有人月面着陸をミッションとして意気揚々と地球を飛び立った宇宙船は、しかし約2日後、予想外の事故に見舞われる。
 機械船の酸素タンク爆発である。
 これにより、酸素タンクと燃料電池のすべてと、2つあった電力供給ラインのうちの1つが使用不能となってしまった。もちろん月面着陸は不可能、それどころか宇宙飛行士たちの命すら危ぶまれる事態となった。
 地球に帰還するには、月をぐるりと周回して戻ってくるルートが安全だ。だがそのためには約4日間という時間を要する。その間、飛行士たちはいかにして生き延びるのか。
 管制センターは、飛行士たちにまず着陸船に移動するよう指示する。着陸船を救命ボートに見立てたのだ。
 しかし着陸船は、2日間の有人月面着陸を行う目的で作られたものであり、3名の飛行士が4日間滞在するにはさまざまなものが不足していた。まず電力、そして水だ。酸素は十分な量が備わっていたのが不幸中の幸いだったが、一方で着陸船には毒性のある二酸化炭素を除去する能力に限りがあり、これをどうするかも大きな問題となった。
 飛行士たちは、数多の問題に、知恵と忍耐、そして勇気とともに立ち向かった。電力の消費を抑えるため船内温度をぎりぎりまで下げ、水を飲むのも最低限にした。司令船用のフィルターも、着陸船のろ過装置に取り付けられるよう手作りした。
 かくして着陸船は、楕円軌道を描きながら地球へと帰還。過酷な環境に耐えた3名の宇宙飛行士たちも全員無事に生還した。4月17日のことだった。
 「栄光ある失敗」とも称えられるこの事故は、僕たちにふたつのことを教えてくれる。
 ひとつは、どんなに準備していてもピンチに陥る可能性があること。
 もうひとつは、そのピンチを脱する方法は必ずあるということだ。
 僕たちは時として、唐突に窮地に追い込まれる。すべてが順風満帆に思えていたある日、突然、ぬかるみにはまるように危機的状況に立たされるのだ。
 けれど、絶望する必要はない。なぜなら、その苦境から脱け出る方法は必ずあるはずだからだ。
 そのためには、飛行士たちのような知恵と忍耐が必要かもしれない。それでも、勇気を持って立ち向かえば、その壁は必ず乗り越えられる。
 アポロ13号は、地球に還ってきた。
 僕たちも、知恵と忍耐と勇気を持って立ち向かおう。
周木律(しゅうき・りつ)
2013年『眼球堂の殺人~The Book~』で第47回メフィスト賞を受賞しデビュー。本作は「堂シリーズ」として人気を博し、『大聖堂の殺人~The  Books~』で完結した。そのほかにも『不死症』から始まる「症シリーズ」など著作は多数。最新刊は『小説 Fukushima 50』。
〈4月18日〉絶望と希望


 私は朝九時半に仙台の事務所で待機していた。私はこの日、うつ状態による休みを経て一ヵ月ぶりに仕事を再開したのだ。NHKの指針も急速に変わり、中村幸司解説委員以外の四名全員はリモート出演となった。スカイプでTVに出るのは初めてのことだ。
 堅達京子プロデューサーによるBS1スペシャル「ウイルスVS人類2」の収録である。岡部信彦、河岡義裕、大曲貴夫各氏に治療薬開発について聞く。私は司会役に徹する。第一回のゲストは押谷仁、五箇公一両氏で、私と中村氏が続投。前回の収録は三月一一日、東日本大震災の日だ。翌一二日未明にWHOはパンデミックを宣言する。専門家会議の押谷氏に詳しく話を聞けた最後の機会だったと思う。
 三月、私の出演した『100分de名著 アーサー・C・クラークスペシャル』が放送されていた。想定される視聴者の①SF初心者、②ライトSFファン、③コアなSF読者のうち、私は①②を対象とするが③の人々の心情にも配慮し慎重にふるまうと事前に決めた。番組は①②の層から歓迎されたが、予想通り③からの反応はほぼ無視ないしマウント行為だった。私は三月下旬、うっかりツイッター上で③の層からの私のミス指摘を見てしまった。たったひとつのミスですべての努力は瓦解し非難に晒されるだろう、どんなに提言してもSF社会は変わらないではないか、と瞬間的に感じた。自分、周囲、将来への否定的認知だ。絶望感に囚われ、急速に六年前のうつ状態が再発し、主治医からは一ヵ月すべての仕事を休んだ方がよいと助言を受けていた。
 一ヵ月間、原稿は書けなかった。だがその間に『結局、自分のことしか考えない人たち 自己愛人間への対応術』という本を手に取り、デビュー以来ずっと私が苦しんできたものが何だったのか初めてわかったように感じ、少し落ち着いた。ツイッター上に渦巻く政策批判も一歩退いて見られるようになった。誤解なきよう強調しておくが③の層すべてが自己愛人間ではないし、私はミスを指摘して下さった方を決して怨みもしない。また真摯に問題共有し迅速に公式サイトへ訂正・お詫び文を掲載して下さったテキスト編集部、番組プロデューサーの皆様には感謝している。この番組に参加できて本当によかったと思う。
 前週に観たETV特集でジャック・アタリの唱える「利他の精神」が紹介されていた。キャスターから「あなたは一貫した楽観主義のようだがそのポジティビズムはどこから来るのか」と問われ「ポジティビズムと楽観主義は違う。ポジティブに考えて生きることは楽観主義ではない」と彼が答えたのに感銘を受けた。それはすなわち人間らしい想像力と希望を持って生きることだ。SF作家クラークは楽観的な懐疑主義者を標榜していたが、いまはそれだけではだめなのだ、クラークに学びつつも自己愛の限界を越えてその先を想像すべきだと感じた。
《楽観的にならないこと、悲観的にならないことで、もっとも大事なことは絶望しないことです》──二〇〇九年に押谷氏から聞いた言葉だ。番組プロデューサーは司会役の私がアタリに言及することに賛同してくれた。
 私は、だから文学に対し楽観も悲観もしない、絶望もしないと決めた。ただ希望を持つ。私はこの日から原稿を書き始めた。読者に楽しんでいただくために。
瀬名秀明(せな・ひであき)
1968年静岡県生まれ。東北大学大学院薬学研究科(博士課程)修了。薬学博士。1995年、『パラサイト・イヴ』で第2回日本ホラー小説大賞を受賞し、デビュー。1998年、『BRAIN VALLEY』で第19回日本SF大賞を受賞。幅広いジャンルの小説を発表する一方で、科学ノンフィクション、文芸評論にも精力的に取り組む。2011年、日本SF 作家クラブ会長に就任し、2013年に辞任、退会。パンデミックに関する著作に『パンデミックとたたかう』(共著=押谷仁)、『インフルエンザ21世紀』、また近年の著書に『この青い空で君をつつもう』『魔法を召し上がれ』『小説 ブラック・ジャック』『ポロック生命体』などがある。
〈4月19日〉その日、山崎岳海は


「コロナのクソッタレ」
 山崎はこの日二十五回目の罵倒を口にした。広域指定暴力団宏龍会のナンバー3ともあろう者がウイルス相手に因縁を吹っ掛けるのもどうかと思うが、腹が立つのだから仕方ない。
 実際、緊急事態宣言が発出された七日からこっち、組の収益は壊滅状態となっている。飲食店が自粛で閉店してみかじめ料が取れず、観光地や祭りに屋台が出せないからテキヤ商売もあがったりだ。経済的事情だけではない。そもそも刺青やらヤクで針を使い回すヤクザにはウイルス性肝炎に罹っている者が少なくない。また刺青自体が新陳代謝を下げているので免疫力の低下を招いている。ヤクザにとって新型コロナウイルスは不俱戴天の仇だった。
 しかも宏龍会会長は高齢に加えてヘビースモーカーなので人一倍コロナウイルスを怖れている。都知事が要望するまでもなく三密(密閉・密集・密接)は禁ずると通達してきた。
 この通達に難色を示したのが山崎を含めた幹部連中だった。幹部は組員の行動を把握するため本部に顔を出す義務があるが、広くもない事務所に組員が密集するのは危険なので取りやめになった。密閉された事務所にいては感染リスクが高まるので縄張りに出ろと命じられた。それだけではない。幹部には常時五人以上の警護がついていたが、これも密接を防ぐ目的で外された。三密を排除することによって哀れ幹部は単独で縄張り回りをさせられる羽目になったのだ。「ステイホームや」と会長は号令を発しておきながら、一方では山崎たちの尻を叩いて地回りをさせている。
 何にでも終わりがある。山崎は、宏龍会が終焉を迎えるとすれば警察による一斉検挙か対立組織との全面戦争だと予想していたが、まさかウイルスに壊滅させられそうになるなどとは想像さえしなかった。
 仕方なく新宿歌舞伎町に出掛けると、運悪くチャイニーズ・マフィアが堅気と揉めている現場に遭遇した。山崎が侠気を出してその場を収めようとしたまではよかったが、結局はマフィアともども逮捕され新宿署の留置場に放り込まれて現在に至る。
「コロナのクソッタレ」
 同じ檻に入れられたマフィアたちが昨夜から体調不良を訴えている。片言の日本語で、出された食事の味が分からないと訴えている。
 房の中は密閉・密集・密接だ。山崎は恐怖に震えながら顧問弁護士の到着を今か今かと待っている。
「早く来てくれ、御子柴先生」
中山七里(なかやま・しちり)
1961年、岐阜県生まれ。2009年『さよならドビュッシー』で第8回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2010年1月デビュー。2020年は、作家デビュー10周年を記念して前代未聞の新作単行本12ヵ月連続刊行を実施中。近著に『騒がしい楽園』『帝都地下迷宮』『夜がどれほど暗くても』『合唱 岬洋介の帰還』などがある。
〈4月20日〉×××××の○○殺人事件


 非常事態宣言から明日で二週間、もっと前から外出を控えているので床屋が恋しい。そんな毎日だから、不要不急のことを書く。
 G・K・チェスタトンの名探偵ブラウン神父シリーズに「ヴォードリーの失踪」という短編がある(第四短編集『ブラウン神父の秘密』に収録)。創元推理文庫新版の扉で、「常識をはるかに超えたユーモアと恐怖の底に必然的な動機がひそんだ」と紹介されている佳品だ。「ユーモアと恐怖」に彩られた電光石火のトリックに目を引かれがちだが、むしろ後半の「必然的な動機」の邪悪さが物語の肝だろう。犯行動機そのものにまつわるWHYではないけれど、シオドア・スタージョンの変格ミステリ「考え方」に引けを取らない、「目には目を」の異様な発想があるからだ。
 ところが惜しいことに、このネタは完全に後出しなのである。一番大事なデータが最後まで伏せられていて、それ抜きでは真相を推理できない。せめてもう少し伏線があれば……と思っていたのだが、数年前この短編集を読み返した時、「おや、これはひょっとして?」と気になったところがある。
 『ブラウン神父の秘密』は枠物語の形式になっていて、巻頭にブラウン神父が自らの推理法について語る同題のプロローグが置かれている。このプロローグには妙な記述があって、どういうわけか「ヴォードリーの失踪」の犯人の名前が本編より先にバラされているのだ。「あるいはアメリカでもよく知られている×××××の○○殺人事件、こうした事件はかなりのセンセーションをまき起こしたものです」(中村保男訳、前掲15書頁)。作者本人が堂々と明記しているので隠さなくてもいいのだが、ここでは一応エチケットとして伏せ字にしておく。
 気になったのは、本編より前に犯人の名前(×××××)がバラされていることだけでない。実は「○○殺人事件」というのが重要で、「○○」という語を物語の空白(不足)部分に当てはめると、ホワイダニットの解明に必要なデータを逆算して、犯人と被害者のいびつな関係を推定することが可能になる。わかりにくい書き方で申し訳ないけれど、現物に当たれば何が言いたいか、一目瞭然のはず。
 このプロローグは収録短編を一冊にまとめる際、後から書き下ろしたものである。だとすれば、「逆説の巨匠」チェスタトンがわざわざこういう自爆めいた記述を書き加えたのは、先に犯人を明かしたうえで、それを上回る「意外な動機」を当ててみろと探偵マニアに挑戦するためだったのではなかろうか? なので、これから「ヴォードリーの失踪」を読もうという読者は、プロローグの記述をしっかり頭にたたき込んで趣向を凝らしたホワイダニットの謎に挑んでほしい──これだけヒントを出しても、たぶん当てられないと思うけど。
法月綸太郎(のりづき・りんたろう)
1964年島根県生まれ。京都大学法学部卒業。在学中は京都大学推理小説研究会に所属。1988年、『密閉教室』でデビュー。2002年「都市伝説パズル」で第55回日本推理作家協会賞短編部門、2005年『生首に聞いてみろ』で第5回本格ミステリ大賞小説部門を受賞。その他の著書に『キングを探せ』『ノックス・マシン』『法月綸太郎の消息』など多数。
漫画版Day to Dayはこちら

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