【2011年】震災の年、ベストセラーは「毒舌執事」の謎解き物語

文字数 3,182文字

「えっ! この作品流行ったのってそんな前だっけ!?」

「この本って、この頃だったんだ!」


目まぐるしく変わる世の中ですが、その中で記憶され続けるのが名作というものです。

しかし、ときの流れは早いもので、過去のできごとの実際に起ったタイミングと、自分の実感にギャップがあることもしばしば。

そんなこともあって、昔のベストセラーをそのころの世の中と照らし合わせれば、驚きや懐かしさがわんさか出てくるのです。

さあ、????年のベストセラーについて語りましょう!

文:犬上茶夢
2011年のベストセラーはどんな作品?

過去のベストセラーを当時の世相をふまえて紹介するという本企画、最初のお題は「2011年」です。


2011年といえば今からちょうど10年前、東日本大震災の年です。3月11日14時46分、三陸沖を震源とする地震が発生し、多くの方が亡くなりました。コロナ禍とは方向性こそ異なるものの、未曽有の大災害ということでいまの世相に通ずるものを感じる年でした。


そんな2011年の売れ筋は? やっぱり地震に関係する書籍が売れているのかな……と単行本のベストセラーを漁ってみると、河北新報社の『巨大津波が襲った 3・11大震災』が19位にランクイン。でも震災関連の本はこの一冊のみで、他は文芸書やスピリチュアル関連の書籍、新書ばかり。震災や原子力関係の書籍売り上げは伸びていたとしても、ベストセラーに食い込むほどではなかったのでしょう。


では最も売れていた作品は何だったのか。前年1位の岩崎夏海『もし野球部の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら(もしドラ)』が3位に、サッカー選手・長谷部誠による『心を整える。 勝利をたぐり寄せるための56の習慣』が2位にそれぞれランクインしましたが、それらを抑えて1位になったのはユーモア・ミステリの大人気作、東川篤哉『謎解きはディナーのあとで』の1巻でした。わざわざ「1巻」と記したのは11月発売の「2巻」も8位にランクインしているからです。

同じ小説分野では俳優・水島ヒロが齋藤智裕名義で出版した第5回ポプラ社小説大賞受賞作『KAGEROU』(5位)、言わずとしれたベストセラー作家による東野圭吾『マスカレード・ホテル』(26位)『麒麟の翼』(30位)、後にシリーズ化する池井戸潤『下町ロケット』(27位)など錚々たるメンツが並んでいます。


謎解きはディナーのあとで』で特筆すべきは、前年2010年9月に刊行された作品であること。「2011本格ミステリベスト10」9位、本屋大賞にも選出されるなどして箔を付けながら、だんだんと話題作に成長していきました。


『謎解きはディナーのあとで』(東川篤哉)ってどんな作品?
大富豪のお嬢様にして新米刑事である宝生麗子は、自身が捜査中の難事件について執事・影山に語る。影山は毒舌交じりに応じながら、麗子からもたらされた情報のみで事件の謎を解く。

本作の骨格は完全に本格ミステリのそれ、いわゆる「安楽椅子探偵物」です。それでいてテイストは軽妙洒脱で、多くのライトな読者の心をつかみました。


しかし同時に、普段から小説を読み慣れている人の中には、「失礼ながらお嬢様――この程度の真相がお判りにならないとは、お嬢様はアホでいらっしゃいますか?」に代表される麗子と影山の暴言を含むやりとりなどに抵抗感があった人もある程度いたように思います。


ですが、脳への負担は間違いなく軽い作品でした。殺人事件を扱いながらも「人間の死」に対する嘆きといった重い感情を強調するようなことはなく、あくまでパズルのように処理される。連作短編集ですから、一話一話の分量も短い。言い換えれば「ライト層へ向けてがっつりチューニングされた作品」でした。


そもそも『謎解きはディナーのあとで』は「女性読者を意識し、普段あまりミステリを読み慣れていない方へ向けた作品」(※1)として企画された作品。手に取りやすく、読む負担も軽減したことでどれほどの商業的な成功を勝ち得たかは、いまさら説明するまでもないでしょう。


2011年の世相は?

ベストセラーは世相と無縁ではいられないものですから、ここで一度当時の情勢に光を当ててみましょう。最初に述べた通り、2011年は東日本大震災の年。『謎解きはディナーのあとで』が選出された本屋大賞発表会の挨拶でも、次のように触れられています。


「本屋大賞を予定どおり開催していいものか悩みましたが、被災地の書店の方からもたくさんの投票をいただいており、これをきちんとした形で発表するのが我々の使命と考え、例年どおり開催することにしました。」(本屋大賞実行委員会代表 浜本茂さん)(※2)


「本屋大賞」は例年通り実施されましたが、震災が原因で中止になった催しもありまして、たとえばJR九州は翌日の九州新幹線全線開通(鹿児島中央~博多間)式典を取りやめています。昨今のコロナ禍とは状況も異なりますので、安易に相似を見出すべきではありませんが、10年前もやはり未曽有の大災害を受け、お祝い事を自粛する雰囲気が漂っていたのです。


そうはいっても行方不明者の動向や原発事故の報道を毎日追いかけるのは辛いもの。そんなときに文芸小説や音楽や映画といった「娯楽」があれば、苦しい状況から逃げたり、立ち向かう気力を得られるものです。

コロナ禍においては『鬼滅の刃』がその役割を担いましたが、2011年当時は『謎解きはディナーのあとで』に前を向いて生きていくための楽しみを見出した人も多かったのではないでしょうか。

2011年(平成23年)単行本ベストセラー

1 謎解きはディナーのあとで 東川篤哉

2 心を整える。 長谷部 誠

3 もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら 岩崎夏海

4 人生がときめく片づけの魔法 近藤麻理恵

5 KAGEROU 齋藤智裕

6 救世の法 大川隆法

7 くじけないで 柴田トヨ

8 謎解きはディナーのあとで(2) 東川篤哉

9 老いの才覚 曽野綾子

10 新・人間革命(23) 池田大作

11 教育の法 大川隆法 

12 9割がバイトでも最高のスタッフに育つディズニーの教え方 福島文二郎

13 ニッポンの嵐ポケット版 嵐

14 スティーブ・ジョブズ(Ⅰ・Ⅱ) W.アイザックソン

15 百歳 柴田トヨ

16 伝える力 池上彰

17 官僚の責任 古賀茂明

18 日本男児 長友佑都

19 巨大津波が襲った3・11大震災 

20 ワンピース最強考察 ワンピ漫研団

21 日本中枢の崩壊 古賀茂明

22 朝鮮王朝の歴史と人物 康熙奉 

23 「折れない心」をつくるたった1つの習慣 植西聰

24 大人の流儀 伊集院静

25 マネジメントエッセンシャル版 P.F.ドラッカー

26 マスカレード・ホテル 東野圭吾

27 下町ロケット 池井戸潤

28 ONE PIECE STRONG WORDS(上・下) 尾田栄一郎ほか

29 日本はなぜ世界でいちばん人気があるのか 竹田恒泰

30 麒麟の翼 東野圭吾

出典:『出版指標 年報 2019年版』

※1 「ブック質問状:「謎解きはディナーのあとで」 本屋大賞のヒット作 第2弾、映像化も」https://mantan-web.jp/article/20110513dog00m200009000c.html

※2 「2011年本屋大賞結果発表&発表会レポート」https://www.hontai.or.jp/ceremony/report2011.html


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