映画『異動辞令は音楽隊!』公開記念 映画監督・内田英治インタビュー

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日本アカデミー賞最優秀作品賞受賞作『ミッドナイトスワン』では、草彅剛演じるトランスジェンダー女性の壮絶な生き様を描き絶賛を浴びた内田監督が、次に放つ期待作は、自分流が傍迷惑な中年頑固刑事が警察音楽隊の一員となる、阿部寛主演の『異動辞令は音楽隊!』。原案・監督・脚本を担当し、さらには小説も書き下ろした内田監督に「小説現代」編集部が直撃インタビュー!


本インタビューは「小説現代」2022年8月号に掲載されました。

「音楽」でミドルエイジ・クライシスを乗り越えろ!

きっかけはYouTube!?


──『異動辞令は音楽隊!』は、普段なかなかお目にかかれない警察の音楽隊が舞台となっていますが、ここに目を付けたきっかけはなにかあったんですか?

内田 たまたま見たYouTube動画です。今思えば、愛知県警の音楽隊の映像だったんですけど、制服姿の警察官の方々がショッピングモールで演奏するものでした。撮り方がドキュメンタリー風でリアリティが凄かった。警察の音楽隊なんて、警視庁くらいにしかないと思っていたのですが、実際は全国の県警にあって、しかも、普通の職務をこなしながら音楽隊をやっている方もいる。ドラマの舞台にうってつけです。ちょうど音楽に絡めた映画を撮りたいと考えていた時期でもあったので、これだ! と思いましたね。


──主人公は阿部寛さん演じる中年刑事ですけど、最初からの構想だったのでしょうか。

内田 中年を主人公にするのは、一番最初に決めていました。僕自身、十五年くらい前から音楽に興味を持ち始めたのですが、それをきっかけに日常や映画作りに大きな変化がありました。なので、自分の同年代を主人公に据えて、音楽が人生を変える物語を撮ってみたかったんです。

──ご自分の体験が大きく反映されているのですね。そこへさらに、時代に取り残された中年男性の悲哀が重なると。



対照的な二人の出会い


内田 そうですね。主人公の成瀬は、何かを得るためには別の何かを犠牲にしなければならないという典型的な昔気質の考え方の持ち主です。それに対比する存在として、春子が出てきます。春子の人物像に関しては、脚本を書く中でかなり変化していきました。最初は二人の恋愛的な要素が強いオーソドックスな作りでした。その恋愛要素を薄くして、春子の設定を育児をしながら警察官、それに加えて音楽もやっているキャラクターにしました。成瀬のトレードオフありきな価値観に対して、春子は全部なんでもやりたい。ベタベタの恋愛というより価値観のぶつかり合いとして、彼らを出会わせました。


──映画の中で、成瀬は周りからどんどん追い詰められていきますよね。見ていて胸がつまるような迫真の演出でした。

内田 時代に取り残される人もいれば、時代と共に歩む人たちもいる。取り残された人って実は、新時代になじみたくないんだと思います。それを良い、悪いではなくて、そういう人が実際いて、新しい波とどう向き合っていくのか? 刑事さんを何人も取材したんですけど、警察というところは、時代と時代の衝突が一番はっきり出ている印象でした。いい時代を経験できた一方で、自分にとって良くない時代になっていく。例えば映画でも、ミッキー・ロークの『レスラー』のような栄光と挫折の映画がすごく好きなんです。今作は警察を舞台にそれを描こうと。ただ、今回は挫折じゃなくて、新発見がテーマです。


──『レスラー』でいえば、奮闘する落ち目のレスラーには男のロマンが残っているかもしれませんが、『異動辞令は音楽隊!』の成瀬では、もう男のロマンが決定的に壊されてしまったところまで描かれています。

内田 古いタイプの考え方をする人が、「駄目だよな、今の世の中は」って言う映画にはしたくなかったんです。どちらかというと、そういう人が現実に融合していく様を描きたかった。



描かれる社会問題


──映画の中ではパワハラとか介護問題、あるいはシングルマザーなど、現代社会で取り沙汰されている社会問題も扱われています。

内田 介護についてはいろいろ取材しました。僕自身は、まだそういう状況になっていないんですけど、周りには、介護が大変で悩みの多い人もいます。人類史上初の超高齢化社会を真っ先に経験するのが日本じゃないですか。今後日本人の多くが関わっていく問題ですから、きれいにまとめないで、成瀬という人間を悩ませる問題の一つとして描きました。倍賞美津子さんがいい演技をしてくださいました。


──ミドルエイジになって職場での困難と、家に帰ってからの困難との板挟みに遭う。それってもはや実際に全然珍しくない状況ですよね。

内田 観た方何人にも言われました、「自分みたいな感じだよ」って。多くの人が向き合う現実ではあるのでしょうね。


──ちょうど成瀬くらいの世代が一番しんどい。価値観も変わってくるし、会社での立場も微妙になる。親は老いていく。

内田 日本が経済的にいい時代を経験している方たちなので、その落差はすごい。ただ昭和が良かったっていうふうには、絶対したくないと思いました。『全裸監督』とか「昭和全盛!」みたいな映画を結構撮ってはいるんですが。時代の流れによって徐々に個人の主観は変化しますよね。今回の成瀬も周りが変化したのではなくて、本人が変化したことで、結果的に変わっていく。実は僕もそうでした。音楽を聴いて前向きになったら、すごくいろんなことが開けたんです。結局、一人一人の主観的な気持ちが、人生を楽しめるかどうかにかかってくる。



難曲に挑戦したキャスト


──撮影で大変だったことはありますか?

内田 圧倒的に音楽ですね。演奏している曲が結構難しい。特に最後の曲は、経験者でもなかなか演奏できないレベルの難しさらしくて。ドラム初心者の阿部さんとトランペットの清野菜名さんには、「さすがに難しいんじゃないか」って言われていたんですが、でも撮影当日、見事に演奏できたんです。


──現場の雰囲気も盛り上がったでしょうね。もともと楽器の経験があったのは、渋川清彦さんぐらいですか。

内田 そうですね。楽器は音楽隊キャスト全員に割り振られますが、メインの阿部さん、清野さん、高杉真宙君、板橋駿谷君、全員未経験の楽器でした。皆さん、他の楽器のご経験はあるんですけど。映像化でギター、ベース、ドラムなどの役はよくありますが、管楽器の経験者はほとんどいないと思います。


──演技に加えて、楽器も練習しなければいけない。

内田 皆さん必死に練習していました。今回は、楽器ができるようになっていく過程と、成瀬が環境に融合していく過程がリンクしている脚本なので、みんな、本当に一生懸命に練習してくれて。それが役作りにすごく反映されていました。


──音楽隊の演奏は聴き逃せないですね。

内田 さきほど言ったみたいに、音楽映画ってすごく撮るのが大変なんで、あまり多くないです。特に日本映画では。音楽で気持ちが盛り上がり、さらにその映画の中のストーリーと音楽がリンクしていく特別な感覚を楽しんでいただきたいです。そして、パート2につなげると。

──パート2の構想が、もうあるんですね。

内田 はい。パート2は警視庁音楽隊と対決で。実はその次まで考えていて、パート3はニューヨーク市警音楽隊と対決する(笑)。

音楽に目覚め作風に変化


──さきほど、作中の成瀬のように「音楽で人生が変わった」とおっしゃっていましたが、そこを詳しくお聞きしたいです。映画監督としての姿勢にも影響を与えたのでしょうか。

内田 僕は三十代後半ぐらいは、学園ものを撮っていたんですよ。原作があって、かっこいい子が出てくるような映画ですね。ところがあるとき、撮っていた映画が諸事情でボツになったんです。これがかなりショックでした。もう映画は無理かもな、とまで思いました。そういうときに、たまたま、ロックを聴くようになって、YouTubeで演奏動画を見たりライブに行ったりするくらいハマりました。何に感動したかって、ミュージシャンの方々って、ライブでものすごく一生懸命じゃないですか。彼らを観て、もう一回ちゃんと映画をやりたいなと思えたんです。それこそ、彼らが音楽を演るような感覚で映画を撮りたいなと思って、ちょっと作風が変わりました。そのとき「もうゼロから自分でやろう」って思い立って今に至りますね。自分のそういう経験が、成瀬には強く反映されています。音楽に救われていなかったら、今ごろ多分映画を撮ってないでしょうね。


──ミュージシャンのパフォーマンスのすごさが、内田さんを変えたんですね。

内田 別にライブって、ギターがうまかったらいいライブってわけじゃない。うまくない人でも、醸し出す空気感が良ければ、すごくいいステージになることもある。映画でも役者の生々しい感情を切り取りたいと思い始めました。学園ものではできなかったことをやりたくなって、作り方も変わっていったんです。


──そうなんですね。『獣道』とかはその流れですか。

内田 『獣道』もそうですね。ロックに感銘を受けた後に撮り始めたものです。


──伊藤沙莉さん、いい演技でした。

内田 役者をミュージシャンに見立てるようになりましたね。音楽だと、ライブ会場に行って、良い席で目の前で観られることは最高じゃないですか。でも人気のライブって、なかなかチケットを取れない。撮影って、素晴らしい役者たちが、素晴らしい演技をするのを目の前で見られるわけです。それって最高やって気が付いた。そういう意識を持てて、僕の映画製作は変わりました。その意味では、今作は僕の音楽に対する思いがすごく集約されている映画ではあります。


──作中ではパンクロックのラフィンノーズが好きなメンバー(渋川清彦さん)がでてきます。

内田 ラフィンノーズは、中学時代に世間ですごく流行ってたんです。


──内田さんの好みとしてはジョン・ボーナム(これも映画のセリフに登場するレッド・ツェッペリンの伝説的ドラマー)とかの方面ですか。

内田 そうですね。でも、それも四十歳過ぎてからですね。本当に三十代後半ぐらいまで、ニルヴァーナすら知らなかったです。それぐらい音楽というかロックミュージックに、全く触れてこなかった。


──その辺も成瀬に反映されているんですね。成瀬も娘に「お父さん、それ中二病だよって」言われていた。

内田 僕も三十歳過ぎから中二になった感じです。ライブとかも学生よりは行けるじゃないですか。



小説へのチャレンジ


──ベストセラーになった『ミッドナイトスワン』に続いて、今回もご自分で小説を書かれたわけですが、いかがでしたか。

内田 つらい(笑)。もともとライターをやっていたのですが、いつも自分には圧倒的に小説の才能がないと思いながら書いてます。脚本なら、すぐ書けるんですけど。


──脚本と小説の違いって何でしょうか。

内田 脚本は各場面での各人物の動きの指示に重きを置いていて、気持ちは想像してもらう方向で丁寧には書いてません。一方で小説は、「なぜこういう言動に至ったのか」という内面まで説明しないといけない。この説明を書くのにものすごく時間がかかります。正直、めちゃめちゃきつい。それでも今回の映画で小説も書こうと思った理由は二つあります。

 一つは、今の時代に即したエンタメになりそうだったから。昔の小説界というのは、本当に深いところまで書いたものこそが生き残るというイメージでしたけど、今はエンタメ寄りのものが求められている。それなら僕も勝負できそうな領域だと思いました。もう一つの理由は、いつかは映画ありきのものではない、ゼロから立ち上げた小説を書きたいので、もっと上手くなりたいと思って書いています。


──今回の執筆の手ごたえはいかがでしたか。

内田 自信ないです。読みやすいとは思うんですけど。最終的には映画に入らなかったエピソードや登場人物が入っていますよ。自分は気に入っていたんだけど、みんなで話し合って映画からは外した部分が小説で復活しました。


──ご自身で小説化しているからこその面白さですね。

内田 そうですね。



日本アカデミー賞受賞の影響


──今作は、『ミッドナイトスワン』が日本アカデミー賞最優秀作品賞に選ばれるなど、非常に高い評価を受けた次の作品になりましたが、内田さんの映画を作るやり方や環境に何か変化はありましたか。

内田 あまり変わってないです。『ミッドナイトスワン』も今作もオリジナルの企画ですが、インディーズ映画をやっていた頃から、基本的にはまず脚本を書く、読んでもらう、応援してくれる人を巻き込む。そうやって時間をかけて作品にしていく形です。『ミッドナイトスワン』が賞を取ったからといって、「今、これやりたいんだけど」って言って簡単に企画が通るわけではないです。


──そうなんですね。『異動辞令は音楽隊!』の企画は、いつから始まったんですか。

内田 企画自体は、『ミッドナイトスワン』より前だと思います。今回も『ミッドナイトスワン』も、映画実現までに紆余曲折ありました。いろんな方に見せて、ようやく完成した。


──内田さんは、オリジナルの作品がとても多いと思うんですが、オリジナル企画の大変さというのはありますか。

内田 商業的なラインにきちんと乗せようとすると、だいぶ大変です。やっぱり企画は通りにくいです。でも昔からそんな感じだったので慣れているというか、特にそれを苦労には思いません。絶対、ベストセラー原作のものとかの方が企画は立てやすいです。一方で、ベストセラーは読んで面白いものって当然あるんですけど、自分が出版社さんに電話してっていうわけにはいかない。まず、知り合いのプロデューサーとかに連絡して、映画化権の確認からするじゃないですか。大体、もう空いてないです。それよりは、オリジナルの方が自由に始められますよね。



インディーズ映画の良さを残したい


──内田さんは映画製作でどこに重きを置いていますか。

内田 映画を作るうえで、たくさん工程はありますけど、僕は企画やストーリーを考える段階が一番好きです。あとはキャスティング。ここまで終わると一息つきますね。撮影現場というよりは準備段階に軸足を置いています。


──本当に映画を最初から最後まで作る監督という感じですね。

内田 小さなインディーズ映画のような作り方です。インディペンデントな作り方って今後ますます厳しくなってくると思うんですけど、その良さは捨てたくはない。


──最後に内田さんのこれからの目標や夢についてお聞かせください。

内田 これからは、ちょっと一歩飛び出たいですね。自分が飛び出すんじゃなくて、視聴してくれる人の層を広げていきたい。多分一番大変ですし、時間もかかるんですけど、国内よりは海外に、中国や韓国、台湾とか、アジア圏の方々に広く見てもらえる題材を撮りたいです。今回も、それをちょっと意識して脚本を書いたんですけど。日本人にしか分からない表現をなるべく取り除いたつもりです。


──そういうとき、音楽っていいですよね。

内田 そうですね。世界の国の、ほぼどこにでも警察音楽隊はありますし。



(五月二十日ギャガ本社にて)

映画

『異動辞令は音楽隊!』

8月26日(金)全国ロードショー


原案・脚本・監督:内田英治 出演:阿部寛、清野菜名 磯村勇斗、高杉真宙、倍賞美津子ほか

©2022「異動辞令は音楽隊!」製作委員会 配給:ギャガ



30年間犯罪捜査ひと筋、「足を使え」が口癖のゴリゴリ昭和気質の刑事・成瀬司は、世が令和になってもかまわず「刑事の勘」を頼りに法律スレスレの捜査を行い、コンプライアンスを無視した行動を続けた結果、パワハラの告発を受け、捜査の最前線からこれまで存在すら知らなかった広報課警察音楽隊への異動を命ぜられる。社会のため組織のため家族のためと一心不乱に働いてきたのに、気づけば組織からは「時代遅れ」とはみ出してしまい、家族はバラバラ。異動先にも当然なじめず、人間関係にも、音楽隊の演奏にも、不協和音が鳴り響いて―。ロングヒットを記録した映画『ミッドナイトスワン』の内田英治監督が、ミドルエイジの葛藤、生き様、そして音楽が繫ぐ絆を描く爽快なエンターテインメント!

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内田英治

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内田英治 (うちだ・えいじ)

リオデジャネイロ生まれ。週刊プレイボーイ記者を経て映画監督となる。2017年伊藤沙莉主演の映画『獣道』が多くの海外映画祭にて上映された。オリジナル脚本にこだわり、海外展開を視野に置いた映画作りを行っている。2019年にはNetflix『全裸監督』の脚本・監督を担当して大きな注目を集める。監督・脚本を務めた映画『ミッドナイトスワン』は日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞。同名の小説『ミッドナイトスワン』(文春文庫)の執筆も自ら手掛けた。最新作『異動辞令は音楽隊!』は2022年夏公開。

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