【1981年】「窓際」の「クリスタル」族

文字数 2,089文字

「えっ! この作品流行ったのってそんな前だっけ!?」

「この本って、この頃だったんだ!」


目まぐるしく変わる世の中ですが、その中で記憶され続けるのが名作というものです。

しかし、ときの流れは早いもので、過去のできごとの実際に起ったタイミングと、自分の実感にギャップがあることもしばしば。

そんなこともあって、昔のベストセラーをそのころの世の中と照らし合わせれば、驚きや懐かしさがわんさか出てくるのです。

さあ、????年のベストセラーについて語りましょう!

文:犬上茶夢
1981年のベストセラーはどんな作品?
「窓際族」という言葉が生まれたのは1970年代後半ごろ、まだ終身雇用制度が崩壊する前のことでした。出世コースを外れた社員を安易にクビにするわけにもいかず、窓際に席を用意して一日中遊ばせておくような光景が見られたわけです。わけです、といっても私が生まれる前の出来事ですから、『特命係長 只野仁』のような作品からぼんやりと想像するほかないのですが。


 そんな話から始めた理由は、過去のベストセラーを当時の世相を踏まえて紹介する本企画、今回のお題が「1981年」だから。ロナルド・レーガンの大統領就任、教皇ヨハネ・パウロやマザー・テレサの来日、気象衛星「ひまわり2号」の打ち上げ成功などインパクトの強いニュースの多い年ですが、ベストセラーからはあまり政治経済・社会の動向は読み取れません。4位の「神戸ポートアイランド博覧会公式ガイドブック・マップ」(神戸ポートアイランド博覧会協会)から、ポートライナーが開業して「ポートピア'81」が開催されたんだなと分かる程度です。


 文芸作品では直木賞受賞作の『人間万事塞翁が丙午』が2位にランクインして存在感を示していますが、やはり1981年のベストセラーで最も有名なのは、黒柳徹子さんの『窓ぎわのトットちゃん』でしょう。1984年に出版された講談社文庫版のあとがきには「発売後、一年間で四百五十万部。現在では、六百万部に近づこうとしています」と記されており、単純な数字だけでも当時の「トットちゃんブーム」がどれだけ凄まじかったかうかがい知れるというものです。

『窓際のトットちゃん』(黒柳徹子)ってどんな作品?
 本書には黒柳徹子さんの小学生時代や、彼女が通っていたトモエ学園の独特な教育が描かれており、単なるタレントエッセイの枠を超えてある種の理想を描いた本として読み込まれるなど、様々な立場・角度から論評が加えられました。「窓ぎわ」は幼い頃のトットちゃん(徹子さん)がチンドン屋さんを呼びこむためにいつも窓際に行って授業を崩壊させていたというエピソードから拾われたものですが、当時すでに存在した「窓際族」のイメージを巧妙に掠める「技アリ!」なタイトルです。
 ベストセラーリストを眺めていてもう一つ気になったのが、田中康夫さんの『なんとなく、クリスタル』が3位に食い込んでいること。今では政治家としての姿の方が有名になってしまった感はありますが、本書は日本におけるポストモダン文学の嚆矢として挙げられるほど存在感のある作品で、芥川賞の候補にもなりました。
 「ポストモダン文学って何ぞや」というお話は脇に置くとして、ファッションモデルの女子大生を主人公に据え当時の風俗を描き出した本書がまとうのは、まさに1980年代の空気感。本文中には東京の若者にしか分からないようなブランドやショップなどの固有名詞が並び、著者自身が442個もの注釈をつけているというなかなかに珍しい作品です。ブランド物に身を包んでみた若者やカタログ文化にかぶれた若者が「クリスタル族」と呼ばれたのはここから。
 昭和は様々な「〇〇族」が生まれた時代。「カラス族」など当時のファッションと結びついたものが多いのですが、その発端とも言える「太陽族」は出版文化から始まりました。ベストセラーリストを眺めるだけで「窓際族」「クリスタル族」を思い浮かべてしまう1981年、まさに「昭和」を象徴する年だったのでは?
1981年(昭和56年)単行本ベストセラー

1 窓ぎわのトットちゃん 黒柳徹子

2 人間万事塞翁が馬丙午 青島幸男

3 なんとなくクリスタル 田中康夫

4 神戸ポートアイランド博覧会公式ガイドブック・マップ 神戸ポートアイランド博覧会協会

5 アクションカメラ術(1・2) 馬場憲治

6 この愛いつまでも 加山雄三

7 白ゆりの詩 創価学会婦人部編

8 ノストラダムスの大予言(1~3) 五島勉

9 新・頭のいい税金の本 野末陳平

10 叱り方の上手な親下手な親 田中澄江

出典:『出版指標 年報 1982年度版』

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