第9話 toi books

文字数 2,142文字

書店を訪れる醍醐味といえば、「未知の本との出合い」。

しかしこのご時世、書店に足を運ぶことが少なくなってしまった、という方も多いはず。


そんなあなたのために「出張書店」を開店します!

魅力的な選書をしている全国の書店さんが、フィクション、ノンフィクション、漫画、雑誌…全ての「本」から、おすすめの3冊をご紹介。


読書が大好きなあなたにとっては新しい本との出合いの場に、そしてあまり本を読まないというあなたにとっては、読書にハマるきっかけの場となりますように。

第9回は、大阪・本町の「toi books」さまにご紹介いただきます。
『ランバーロール 03』

オカヤイヅミ,滝口悠生,ひうち棚,おくやまゆか,水原涼,森泉岳土,鈴木翁二,古山フウ,町屋良平,安永知澄/作

ランバーロール編集/編
(タバブックス)

漫画家の安永知澄、森泉岳土、おくやまゆかの3人によって創刊された、漫画と文学のリトルプレス。ランバー(腰)ロール(ひねる)という、腰椎と仙腸関節に遊びをつけるカイロプラクティックの手技のひとつからとられた名前の似合う、読む人の心と体に遊びをつくってくれる物語が毎号詰まっている。
3号は、やりどころのない思いがぐっと心に迫る、余韻に満ちた「オカヤイヅミ/肩」。日常の細部そのものが持つ引力を愛おしく感じる「滝口悠生/忘れたことが思い出せない」。人生の一瞬一瞬を慈しみたくなる「ひうち棚/柿の木」。片づけをめぐるさみしくもやさしい思考を描いた「おくやまゆか/冬のフローリング海を泳ぐ」。何かを、誰かを想うことの愛おしさと、そこに紛れこむ齟齬について考えさせられる「水原涼/舌は憶えている」。なくなってしまうこと、それでも残るもの。静かに死をめぐる、行間豊かな「森泉岳土/爪のようなもの」。生々しい幻想にも似た景色がたくさんの過去と感情を呼び起こす「鈴木翁二/きみの人さしユビ」。ゆるゆるとした空気感に癒やされるひと味違う怪談「古川フウ/moon drive」。同級生の死をきっかけに"記憶"をたどる、たおやかな感傷がたまらない「町屋良平/沖野」。降りかかる理不尽に毅然と立ち向かう、のびやかでたくましい想像力が嬉しい「安永知澄/ツナの樹」の10編収録。
それぞれの個性が発揮されながら、全体を通してみれば不思議とまとまりを帯びた理想的な一冊。
『ローベルト・ヴァルザー作品集3:ヤーコプ・フォン・グンテン/フリッツ・コハーの作文集』
ローベルト・ヴァルザー/作 

若林恵/訳
(鳥影社)

フランツ・カフカやヴァルター・ベンヤミン、W・G・ゼーバルトなど、名だたる作家に評価されているスイスのドイツ語作家・ローベルト・ヴァルザー。散歩を愛した彼の作品は、明朗で饒舌な語りによって遊ぶように言葉が書かれていく。また、社会的な枠組みや常識とされるものからするりと逃れていくことを志向し、徹底的に小さく弱いものであろうとする。その態度は、読む者の価値基準を解きほぐして、生きることそのもの、ただ在る世界について目を向けるように唆してくるのだ。
今回紹介する3巻収録の「ヤーコプ・フォン・グンテン」では“将来僕は魅力的なまんまるの零になる。”という変わった信念をもった少年が召使学校で過ごした日々を日記のように書き綴っている。生きることの高揚と不安、表裏一体の情動を饒舌体によって編み込んだ傑作小説だ。まんまるな零(限りなく小さく弱いもの)を目指すことで、あらゆる構造や意味付けを無力化してしまうこの作品は、面白さと不穏さが不可分となった化け物みたいにも思える。どこにも〈いかない/いけない〉この物語は、文学のひとつの到達点だと思っている。
彼の小説に出てくる語り手たちの生きる姿を、ロールモデルにはとても出来ないけれど、心の片隅に住まわせ時おり言葉を交わしてみることで、生きるということへの風通しがとても良くなるはずだ。
『なぜならそれは言葉にできるから 証言することと正義について』
カロリン・エムケ/作

浅井晶子/訳
(みすず書房) 

暴力は、この世界の生きていくうえで大切な前提や約束事を容易に壊してしまう。暴力をうけた人の心はなぎ倒され、自身の心身に何が起こったのかを理解するのにも時間がかかってしまうし、世界への不信を抱くことになる。そうした人たちがふたたび世界を信頼するために、私は、私たちは何ができるのか。
この本はジャーナリストである著者が取材した戦地での出会いを通して、語ることや聴くことについての思索を深めていく過程を綴ったエッセイ集だ。ページをめくる度に、語り得ぬこと、語ることが難しいことがそれでも言葉として発されるとき、耳をかたむけ、聴きとった言葉の意味を想像することの大切さを知る。誰かの声を聴くとき、本に書かれた言葉を読むとき、こんな風に真摯でありたい。素直にそう思える、温かさをもった一冊。
差別や敵意をどこかへ向けてしまうことに抵抗するために。一人一人がそれぞれの自由を得るために何を考え、大切にしていくべきなのかについて書かれた『憎しみに抗って 不純なものへの賛歌』もあわせてぜひ。
toi books(大阪・本町)

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