第8話 書肆スーベニア
文字数 1,834文字
書店を訪れる醍醐味といえば、「未知の本との出合い」。
しかしこのご時世、書店に足を運ぶことが少なくなってしまった、という方も多いはず。
そんなあなたのために「出張書店」を開店します!
魅力的な選書をしている全国の書店さんが、フィクション、ノンフィクション、漫画、雑誌…全ての「本」から、おすすめの3冊をご紹介。
読書が大好きなあなたにとっては新しい本との出合いの場に、そしてあまり本を読まないというあなたにとっては、読書にハマるきっかけの場となりますように。
千松信也
(リトルモア)
大学在学中に狩猟免許を取得し、運送会社で働きながら京都の山で罠猟をしている千松信也さんによるエッセイ集です。狩猟ブームの発端とも言える前著『ぼくは猟師になった』から7年、猟師を続けながら家庭を持ち、動物の命を奪い子供達とその肉を食う。千松さんはそのような実生活に基づき、狩猟という行いを現実的な自然サイクルの一部として語ります。
“僕が狩猟を続ける理由はいろいろあるが、そのうちの一つに自然界の生態系の中に入っていきたい、野生動物の仲間に交ぜてもらいたいという気持ちがある”
そこには自然に対して無責任な都市部の生活や、本当にあるべき自然の姿を考えもしない自然保護への批判が込められつつも、動物たちのように静かな足取りで書かれた文章からは自然体で柔らかな印象を受けます。「動物」というと守るべき環境や愛らしいペットをイメージされることが多いかもしれませんが、本来は人と動物は対等なものとして自然下で共生してきたはずで、本書はそういった視点に立ち返らせてくれます。
また、装丁も気が利いていて面白いです。ぜひ読み終わった後にこの本のカバーを外してみてください。
『バスラーの白い空から』
佐野英二郎
(青土社)
太平洋戦争下、人間魚雷に乗るべく訓練を受けながらも終戦を迎え、その後は商社マンとして海外各地で過ごした著者が晩年に書き残した回想エッセイです。
作家や学者でもない、なぜそのような人物の書き物が本になっているのか。経緯はあとがきにありますが、遺族や友人たちがこの本を残すために尽力したのは著者の人柄があってこそだったと、他者への真摯な慈しみにあふれた文章からも読者はお分かりいただけるでしょう。
表題作「バスラーの白い空から」では、終戦から約10年後、著者はイラク南部の都市・バスラーに赴任するも、思うように仕事が進まず長期滞在することに。そこで出会った人々から先の戦争のにおいを感じ取りながら、互いにそこに触れることはなく、新しい友情を深めていきます。避けようのなかった戦争の不運はまだ癒えぬ記憶として、現在の私たちには決してリアリティを持って理解されないリアルが描かれています。
弊店では、人間愛に満ちたこの本を可能な限り取り扱い続けると決めています。また、本書は1993年に初版が発行されて以来、2004年、2019年と新版が発行され続けており、青土社もこの本を大切にされているようです。
長塚節
(新潮社)
長塚節は正岡子規に師事し『アララギ』の創刊に携わった歌人ですが、小説も数多く残しています。唯一の長編小説である「土」は、節の郷里(現在の茨城県常総市)を舞台に貧しい農家の生活を描いた作品です。1910年、夏目漱石の薦めにより東京朝日新聞で連載され、高い評価を受けて農民文学のさきがけとなりました。100年以上前に発表されたにもかかわらず、暮らしの厳しさとそれゆえの強欲や利己心、家族への愛情や葛藤など、その不変的な人間らしさに現在の読者も共感させられることでしょう。その一方で、農村の自然や風俗を徹底的な写実主義で捉えた表現は圧倒的で、どうしようもなく雄大な自然の営みの中で暮らす人々が、小さくみじめな土くれのようにも思えてきます。
ただ、当時この作品を発掘した漱石が評した通り、作中の人物の方言がキツいのが本作の特徴であり読み辛さでもあります。ぜひとも茨城弁を話せる方の朗読でオーディオブックを発売してほしいです。
余談ですが、現在、新潮社から出ている文庫のカバーデザインには新旧あります。夕陽のような朱色地にもんぺ柄を施した旧デザインも秀逸なので、古本屋で探してみるのもおすすめです。
書肆スーベニア(東京・墨田区)