第11話 栞日

文字数 1,970文字

書店を訪れる醍醐味といえば、「未知の本との出合い」。

しかしこのご時世、書店に足を運ぶことが少なくなってしまった、という方も多いはず。


そんなあなたのために「出張書店」を開店します!

魅力的な選書をしている全国の書店さんが、フィクション、ノンフィクション、漫画、雑誌…全ての「本」から、おすすめの3冊をご紹介。


読書が大好きなあなたにとっては新しい本との出合いの場に、そしてあまり本を読まないというあなたにとっては、読書にハマるきっかけの場となりますように。

第11回は長野・松本の栞日さまにご紹介いただきます。
『原野の返事』

ウチダゴウ

(2020年6月)

2年前、安曇野の森の中に自宅兼アトリエ兼ギャラリーを構え、松本から移り住んだ詩人、ウチダゴウさんが、この初夏にリリースした最新の詩集。2012年に発行された詩集『空き地の勝手』の続編という位置付けで、この人の世の不条理や不可解を、前作に増すユーモア(ときにアイロニー)で鋭く切り出す。「漢字は表意文字だから、その一文字一文字が意味を持ちすぎて、詩が重くなる」と云って、この数年間ひらがなだけで詩を綴ってきた詩人が、ひさびさに漢字もフル動員して書いた詩たちは、彼の予言どおり、ものすごく、重い。この間、テーマとしても、愛や自然の美しさを柔らかに語ることが多かったから、そこから急旋回して、社会に真っ向から切り込む姿勢にも、しびれるものがある。『空き地の勝手』が、この詩人との出会いだった僕からすると、ある種の懐かしささえ覚え、おもわず「ウェルカムバック!」と拍手を贈りたくもなる。この最新作を刊行するタイミングで、前作もデザインの改訂を加え重版。いずれも松本に拠点を置く〈藤原印刷〉が印刷を担った。合わせて読むと、作中の登場人物が共通する点などから、ふたつの詩集は地続きであることがよくわかる。
『PLAY AT HOME』

MASA HAMANOI

(2020年3月発行)

写真家、MASA HAMANOIさんが、メイクアップアーティスト、YOSHi.Tさんらとクリエイティブチームを編成し、「アソビゴコロ」をテーマに「PLAY」シリーズの創作に取り組み始めたのは2015年のこと。昨年リリースを迎えた同シリーズ初の写真集『PLAY』では、東京の街で17人の若手モデルを撮影。その続編にして第2弾にあたる本作では、松本出身のダンサー、アオイヤマダさんを唯一のモデルに、撮影の舞台も彼女の故郷、松本に限定。出身校や通学路、思い出の公園や喫茶店を再び彼女が訪れ、「アソビゴコロ」を交えた演出も加え、撮影を展開した。タイトルにある「AT HOME」は「ホームタウン」での「アソビゴコロ」の表現と、その記録を意味する。本作は、松本〈藤原印刷〉が印刷したことで、まさに「Made in Mastumoto」と呼ぶに相応しい写真集に仕上がった。この春、小店では、コロナ禍の影が地方にも忍び寄る中、どうにか発行記念の写真展だけは開催できたが、当初予定していたアオイヤマダさんによる店内でのパフォーマンスは、断念せざるを得なかった。関係者の間では、状況が好転したあとのリベンジマッチの開催が切望されている。

『Live-rally ZINE』

キチム

(2020年8月発行)


吉祥寺のイベントスペース&カフェ〈キチム〉が不定期刊行しているフリーペーパー『Live-rally(ライブラリー)』は、毎号ひとりにインタビューするスタイル。このZINEは、その番外編で、店主の原田奈々さんが、店にゆかりの20人に投げかけた問いに対する返答としての寄稿文で構成されている。「2020年4月、5月の緊急事態宣言下、どう過ごしましたか?どんなふうに感じましたか?どんなことを考えましたか?」。応じたのは、音楽家の高野寛さん、料理家の高山なおみさんをはじめ、各分野の第一線で活躍するクリエイターたち。もちろん奈々さんの姉、原田郁子さんも。そこに綴られている言葉たちはどれも、生々しく、切実で、胸の奥からこみ上げてきた声そのままだ。問いかけからのレスポンスにしても、そこからの編集、印刷、発行にしても、相当なスピードで進行していったことが想像できる。このライブ感は、まさにZINEのそれだし、リリースがゴールではなく、読み手に対する問いかけが巡り出すスタートになっている点も、ZINEならでは。2年前の「種市」で〈キチム〉が会場のトークセッションの進行を務めた際に、挨拶を交わしただけだったのに、今回、奈々さん自らメールをくださり、取扱いをオファーしてくださった。この販路の拓き方、個人と個人の手から手に、本が届けられていくさまも、ZINEだなぁ、と感じ、胸がじんわりあたたかくなる。
栞日(長野・松本)

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