第12話 とほん

文字数 1,872文字

書店を訪れる醍醐味といえば、「未知の本との出合い」。

しかしこのご時世、書店に足を運ぶことが少なくなってしまった、という方も多いはず。


そんなあなたのために「出張書店」を開店します!

魅力的な選書をしている全国の書店さんが、フィクション、ノンフィクション、漫画、雑誌…全ての「本」から、おすすめの3冊をご紹介。


読書が大好きなあなたにとっては新しい本との出合いの場に、そしてあまり本を読まないというあなたにとっては、読書にハマるきっかけの場となりますように。

第12回は、奈良のとほんさまにご紹介いただきます。
『なにごともなく、晴天』

吉田篤弘

平凡社

 吉田篤弘の小説は静かな男性が主人公である場合が多いが、この物語ではちょっとクセのある女性たちが活躍する。舞台は鉄道の高架下にある「晴天通り」という寂れた商店街。主人公の美子は小さな古道具屋でひとり働き、その2階に住んでいる。頭上では平均8分おきに列車が通り、その長年の振動によって部屋は傾いたまま。愚痴が多い性分ではあるものの、どんな天気でも空に向かって「なにごもなく、晴天」とつぶやく前向きな性格の持ち主である。

 同じく高架下で働く親友のサキや喫茶店の店主「姉さん」とたわいない会話をして過ごす平穏な日常が続いていた。だがある日、美子が隣町の銭湯で謎の女性探偵に出会ったことで、女性たちは、それぞれ自分の胸に手を当てることになる。もしや、探偵がこの辺りをウロついているのは、私のことを調べているのかも…。

 人は生きている限り「なにごともなく」なんてことはなく、それぞれの人生を背負い、ちょっとした秘密を持っている。過去と今が絡み合い、物語はなにかが起きそうな予感を抱きつつ進んでゆく。

 本書は2013年発売の単行本に加筆修正され、その後の物語が少し書き加えられた完全版。あとがきでは創作秘話が語られて、物語に込められた思いにも「なにごとかがあった」ことが明かされます。

『いきもののすべて』

フジモトマサル

青幻舎

 フジモトマサルによる4コマ漫画は何度読み返しても飽きることがない。前半部分に登場するのは擬人化されたネコ、ペンギン、オオカミ、バクなどの動物たち。家庭や職場といった日常でのたわいない会話、ちょっとした言葉の解釈のズレ。空気を読まない言動が繰り広げられ、シュールな展開が笑いを誘う。

 4コマ漫画らしいシンプルなオチでありながらも、そこはかとなく風刺が入り込み哲学的な視線を感じさせるのがフジモトマサルのおもしろさ。

 後半では「マガオくん」という無表情で生真面目なウサギが主人公として登場し、同僚や家族との日々が描かれる。何を言われても真顔で身も蓋もない言葉で返すマガオくん。映画やドラマで人間がロボットや宇宙人と関わることで、人間の人間らしさが際立つ演出がよくあるが、マガオくんもまさにそんな存在。ぶっきらぼうで表情が顔に出ないけど、読むほどにマガオくんの真顔から感情の機微が感じられるようになり、愛すべき性格に思えてくる。

 2015年、46歳の若さでこの世を去ってしまったフジモトマサル。新作はもう読めないけれど、その魅力あふれる作品が長く読み継がれていくことを切に願っている。

『弱さの力』

若松英輔

亜紀書房

 2020年3月以降に新聞や雑誌に著者が寄稿したコロナ禍に関する文章がまとめられている。どの文章にも共通しているのは「弱さ」について書かれていること。

 この状況のなか、様々な「弱さ」があぶり出されてきたと指摘する著者。「社会的、経済的な構造上の弱さ」「自然界における人間の弱さ」「人間における他者との関係と内面の弱さ」を上げ、特にこの三番目に上げた内面の弱さについて多岐にわたる視点から語られていく。

 弱さについて考える上で、鴨長明「方丈記」や内村鑑三、哲学者シモーヌ・ヴェイユ、ニューヨーク州クオモ知事など古今東西の人々の言葉を引用。その中でドイツのメルケル首相の言葉を著者はこう分析する。『彼女は「強さ」を誇るような態度を取りません。むしろ、「弱い」、「私たちは弱い存在なのだ」ということを最初に語るのです。彼女は、自分の「弱さ」を明らかにすることで、本当の意味で、連帯というものが生まれてくることを経験的に知っているのだと思います』

 人に強さを求めるのではなく、その弱さを肯定することから見えてくる人と人とのつながり。あらゆる人がコロナ禍を経験している今だからこそ、この本で語られる言葉は強い実感を伴って考えさせられる。

とほん(奈良)

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