第38話 薬物依存が疑われる人気タレント、果たしてその実態は

文字数 2,502文字

 以前にセックスドラッグの売人だった男を取材したときに、ホルモンを過剰分泌させることにより強い高揚感や催淫(さいいん)作用を促す薬物を摂取すれば、個人差はあるが性行為を十時間前後続けられるという。
 代表的なセックスドラッグは覚醒剤などのメタンフェタミン系の薬物で、最近はカラフルでポップなデザインの錠剤として売られていることも多い。
 昔のように注射で打つという罪悪感や恐怖感が薄れたぶん、覚醒剤は十代の若者の間にも蔓延(まんえん)し社会問題になっていた。
 だが、精力絶倫という理由だけでは牧野健が薬物使用者という証拠にはならない。
「私も最初はそう思いましたけど、ほかの店で牧野さんに気に入られている女の子も同じようなことを言ってますから、多分、本当だと思います。私がやったわけじゃないからわかりませんけどね~」
 美鈴がおちゃらけた。
「ほかの店っていうのは……」
「あっ」
 質問しようとする立浪を、美鈴が遮った。
 立浪は美鈴の視線を追った。
 長身で細身の女性が、フロアの奥へと向かっていた。
 オフホワイトのタイトなニットワンピースが、女性のスタイルのよさを際立たせていた。
「あの子が杏樹です」
 凛が言った。
 薄暗い店内でも、杏樹がかなりの美貌の持ち主であるのはわかった。
「杏樹、また痩(や)せたよね?」
「クスリでもやってんじゃない」
 美鈴が言うと、凛が吐き捨てた。
 たしかに、杏樹のノースリーブから覗く肩や腕も丈の短いスカートから伸びた足も、折れてしまいそうなほどに細かった。
 だからといって、杏樹が牧野といわゆるキメセクをやっていると決めつけるのは早計だ。
 だが、接触してみる価値はあった。
「VIPルームに行くのかな?」
 立浪はフロアの奥に消えた杏樹から視線を切って、美鈴に訊ねた。
「いいえ、あっちには幹部専用のエレベーターがあるので地下のGVルームに行くんだと思います」
「幹部専用?」
「はい。店長とマネージャー専用のエレベーターで、私達キャストは使えないんです。杏樹は牧野さんが来店したときだけ特別に使用を認められているんです」
 凛が不機嫌そうに言った。
「GVルームは牧野健専用なの?」
「ほかにも使用できるお客様は何人かいるみたいですけど、GVルームにキャストを入れるのは牧野さんのときだけです」
「ということは、牧野健がきているということだよね?」
 立浪が訊ねると、凛が頷いた。
 潜入三回目にして、ようやく待ち人の登場だ。
「GVルームのお客さんには専用のエレベーターがあるのかな?」
「GVルームは地下二階なんですけど、地下一階の駐車場から幹部専用エレベーターで直行します。だから、ほかのお客さんやキャストに姿を見られずに部屋に入れます」
「やっぱり、映画やドラマみたいにいかつい護衛がいたりするの?」
「別にいかつくはないですけど、GVルームの前にインカムをつけた黒服が一人います。あ、新しいドリンクを作ります?」
 凛が思い出したように、立浪の空になったグラスに視線をやった。
「いや、チェックしてくれるかな」
「もう帰るんですか?」
「ちょっと急用を思い出して。先に車に戻ってるから、会計を頼む」
 立浪はクレジットカードを鈴村に渡し、席を立った。
「おい、俺だけ残して行く気か!?
 鈴村の声から逃げるように、立浪は出口に向かった。
                   ☆
「おい、一人でさっさと戻ってどういうつもりだ?」
 地下駐車場――アルファードのパッセンジャーシートに、鈴村が険しい顔で乗り込んできた。
「行こうか」
 立浪はボールペン型のミニビデオカメラをジャケットの胸ポケットにセッティングし、ドライバーズシートのドアを開けた。
 ミニビデオカメラのサイズはボールペンと同じで、相当に勘の鋭い人間でないかぎり盗撮がバレることはない。
「行くって、どこに?」
 鈴村が怪訝(けげん)な顔を立浪に向けた。
「地下二階だ」
「え? お前、まさかGVルームに行くつもりか!?
「ああ、そうだ」
 立浪はあっさりと認めた。
「GVルームに行って、なにをするつもりだよ!?
「決まってるだろ? こんなにちっちゃいが、音も画質も鮮明に撮影できる」
「お前、女の子の話を聞いてなかったのか? ドアの前に黒服が立っていると言ってただろ?」
 鈴村が呆れた表情で言った。
「お前は『スラッシュ』の現場初体験だもんな。ターゲットが密室でクスリをやってるかもしれない千載一遇(せんざいいちぐう)のチャンスを、手をこまねいて見ているわけないだろう? リスクを恐れていたら大魚は釣れない」
「黒服に捕まるのが落ちだ」
「だから、お前にも協力してほしい」
「は!? なんだって!?
 立浪が言うと、鈴村が眼を剝(む)いた。
「女が言っていた通り黒服一人だったら、お前が注意を引いてドアの前から引き離してくれ。俺は間違ったふりをして部屋に入る」
「そんなの冗談じゃないぞ! 揉めるに決まってるだろ! それに、うまく部屋に入れたとしても、牧野健が薬物をやってる保証なんてないだろうが!?
 鈴村が血相を変えて言った。
「そんなことわかってるさ。お前ら文芸部の原作の映像化と同じだ。プロデューサーや監督から数十本の問い合わせがあっても、一本決まれば御(おん)の字だろ? 俺らも大スクープ撮るのに空振りは付き物だ」
 立浪はスマートフォンのデジタル時計を見ながら言った。
 杏樹がGVルームに入って三十分といったところだ。
「とにかく、俺はごめんだ。お前に協力するとは言ったが、これは違う」
「わかった。危険な目にあうかもしれないから、無理強(むりじ)いはしないよ。ここで、すぐに車を出せるように待機しててくれ」
 鈴村に言い残し、立浪は車外へと出た。
「黒服が一人じゃなかったら、俺と一緒におとなしく車に戻れよ」
 車から降りた鈴村が、ぶっきら棒に言った。

(つづきは単行本でお楽しみください)

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