第21話 スーパーアイドルの「枕営業」疑惑などスクープできるのか?

文字数 3,100文字

 黒幕――「帝都(ていと)プロ」に情報が伝わり、圧力がかかることを警戒したのだ。
 立浪の知るかぎり「帝都プロ」の大河内(おおこうち)は、メディアを黙らせるだけの影響力を持ち司法を動かせる権力と繋がっている危険な相手だ。
「情報屋? 誰だ?」
「編集長の知らない人です。ゴールドプラン会議で言わなかったのは、情報が洩(も)れるのを警戒したからです」
 立浪は淡々と説明した。
「おいおい、あんまり脅かさないでくれよ。いったい、メンバーの誰がそんな噂を立てられているんだ?」
 福島がマールボロのパッケージから取り出した紙巻を口にくわえたが、禁煙室と思い出し慌てて戻した。
 立浪は無言でタブレットPCのポーズキーをタップし、静止画像の中央――メンバーのセンターに立つ少女を指差した。
「いやいやいや、立浪ちゃん、悪乗りし過ぎだって。『エンジェル7』のメンバーの枕営業が千歩譲って事実だとしても、アイミーだけは天地が引っ繰り返ってもないだろう!?
 爪痕を残そうと必死になるバラエティ番組の雛壇(ひなだん)芸人さながらに、福島が顔の前で大袈裟に手を振った。
 福島のリアクションも無理はない。
「エンジェル7」の不動のセンターでありリーダーであるアイミーこと桜愛美(さくらまなみ)は、枕営業どころかデビュー五年で一度も浮いた噂が立ったことのないアイドルの鑑(かがみ)だ。
 プロ意識が高く、バラエティ番組や歌番組で共演者からLINEの交換を求められても、男女問わずに断る鉄壁のガードは業界では有名な話だ。
 表向きは堅い女に見せておきながら、裏では遊びまくっているアイドルは掃いて捨てるほどいる。
 だが、アイミーのようにストイックを貫き通しているパターンは珍しい。
 じっさい、これまでに様々な週刊誌やスポーツ紙の記者がアイミーに張り付いていたが、彼女はいまだにスキャンダル処女だった。
 立浪も子飼いの情報屋からアイミーの枕営業疑惑を聞かされたとき、俄(にわ)かには信じられなかった。
「俺も最初はそう思いましたが、どうやら本当のようです」
「アイドルの頂点に上り詰めたアイミーが、いったい誰を相手にそんなことをする必要があるんだよ? プロデューサーか? スポンサーか?」
「事務所の社長です」
「事務所の社長だと!?

――事務所の社長!?

 福島の裏返った声に、記憶の中の立浪の声が重なった。

――どうやら最初は、一軍選抜の合宿中だったみたいだな。

 立浪にアイミーの枕営業疑惑のネタを運んできたのは、五人いる情報屋の最古参……三上(みかみ)だった。
 三上との出会いは五年前――立浪が文芸部から「スラッシュ」編集部に異動したばかりのときに、張り込み現場で何度か顔を合わせたのがきっかけだった。
 立浪が当時追っていたターゲットが、たまたま三上と同じだったのだ。
 三上は優秀な男で、ニュース部で新人だった立浪は彼から情報収集や張り込みのいろはを学んだ……というより盗んだ。
 フリーで活動していた三上から立浪が「スラッシュ」でネタを買い取ることを約束したのが、関係の始まりだった。
 立浪は、「スラッシュ」に極秘裏に情報を集めたいときには個人的に報酬を払い三上に依頼するようになった。

――いまでこそ国民的アイドルとかなんとか持て囃(はや)されているが、当時は売れるかどうかわからないアイドル研究生だ。一軍メンバーになれなければデビューもできずに研究生のままだ。みんな、一軍メンバーが決まる合宿で眼の色を変えていたそうだ。大友小百合の話では、アイミーはよく言えば向上心の塊、悪く言えば野心家だったそうだ。一軍行きを確実にするために、所属事務所の社長兼総監督と肉体関係を持ったらしい。
――つまりアイミーは研究生の頃に一軍メンバーになるために、事務所の社長と一度だけ関係を持ったということだな?
――とんでもねえ。二人の関係は、いまも続いているそうだ。
――いまも!? いくらなんでも、それはないだろう。
――一軍メンバーになったら次は選抜メンバー争い、選抜メンバーを勝ち取ったら次はセンター争い、センターを勝ち取ったら次は奪われないように維持しなければならない。関係を断ったら新人にセンターを奪われる恐怖、なにより、万が一関係をバラされたら芸能人生が終わってしまう……有名になったアイミーには失うものが多過ぎて社長を切れないというのが、男女関係を続けざるを得なかった実情だろう。

 三上に情報提供した大友小百合(おおともさゆり)はアイミーと同じ元研究生で、一軍メンバーにはなれたが選抜入りすることはできずに、いまは控えで燻(くすぶ)っているという。
 女の嫉妬がもたらした衝撃スキャンダルが事実で裏を取れたら、柏木保どころの騒ぎではない。
 だが、立浪が国民的アイドルグループの不動のセンターを記事にしようとしているのは、名誉のためでもましてや「スラッシュ」編集部への貢献のためでもない。
「はい。アイミーこと桜愛美は研究生だった当時、一軍メンバーになるために所属事務所の社長と肉体関係を結びました」
 立浪は、三上から受けた報告を福島に説明した。
 話を聞いているうちに福島の瞳が爛々(らんらん)と輝き始め、頬肉が弛緩していった。
 柏木保以上の大スクープに、明らかに福島は興奮していた。
「俄かには信じられない話だが、立浪ちゃんの情報屋のネタがガセじゃなかったら大変なことになるぞ! ところで、こんな凄いネタを記事にするのにどうして俺の許可を取るんだ? ストップする理由は、どこにもないだろう?」
 福島が、不思議そうな顔で訊ねてきた。
「そうだといいんですが……」
 立浪はオブラートに包んだ言い回しをした。
「なにが心配なんだ? もって回った言いかたしないではっきり言ってみろよ」
「『エンジェル7』の所属事務所は、『ニュースタープロ』です」
「ああ、『ニュースタープロ』だったのか。それがどうした?」
 福島はまだ、立浪の言わんとしていることを察し切れていないようだ。
「『ニュースタープロ』は、どこの系列か知ってますか?」
「ん? どこの系列だったっけかな?」
「『帝都プロ』です」
 立浪は、文芸部から「スラッシュ」編集部に異動する目的となった怨敵(おんてき)の名を口にした。
「なっ……『帝都プロ』だと!? 大河内社長の事務所じゃないか!?
 福島が大声を張り上げ、弾かれたように立ち上がった。
「大スクープでも大河内社長の息がかかっているタレントだとわかった瞬間、どこのメディアも腰を引きます。忖度(そんたく)なしの『スラッシュ』編集長の福島さんにかぎってはそんな弱腰じゃないと信じてますが、念のため許可を頂きたいと思いまして」
 立浪は大胆不敵に言い放ち、福島を見据えた。
「立浪ちゃん、『帝都』だけは触ったら……」
「ありがとうございます! 国民的アイドルグループ『エンジェル7』の不動のセンターと、所属事務所社長の肉欲をすっぱ抜きますから期待していてください! では、失礼します!」
 立浪は一方的に話を終わらせ、ミーティングルームの出入り口に向かった。
「おいっ、立浪!」
 追い縋(すが)る福島の声を断ち切るように後ろ手で閉めたドアに、立浪は背を預け眼を閉じた。
 本丸に行く前に、まずは系列のドル箱を叩くつもりだった。

 さあ、どうする? 息子も消しにかかるか?

 立浪は、瞼(まぶた)の裏に浮かぶ大河内に語りかけた。
(第22話につづく)

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