中学生後藤
文字数 2,557文字
僕は中学校に通っているときが一番楽しかったです。
野球部に入ったおかげで友達も多く、休みの日も野球部のみんなと遊んだりしていました。ですが、僕のありえない行動でクラスのすべての友達を一気に失いかけたことがあります。
それは中学3年生の夏の合唱コンクールの時の出来事です。
僕は合唱コンクールが大嫌いでした。
僕の通っていた中学校は人数が多く、各学年12クラスほどありました。
各クラス40人ほどなので、合計で言うと約1500人です。
その数から僕のクラスの人数を引いた人数の前でなぜ熱唱しなければならないんだ、と。この日に向かって時間が過ぎていくのが嫌でたまりませんでした。
しかも僕はクラスの男子で唯一アルトのパート。
周りの男子はテノールかバスのパートなのに僕だけアルト。
クラスに一人はいませんでしたかねそういうやつ。女子とパート分け練習している男子。それ僕です。
そしてこれまた厄介なことに、僕のクラスは合唱コンクールに命を懸けるタイプのクラスでした。
その日の授業が終わって、みんなでそのまま残って歌の練習をしてから部活に遅れていくことを許されていたくらい合唱コンクールガチ勢のクラスで、その歌の練習がこの世で一番嫌いでした。
早く部活に行きたい。
先生に怒られながら野球がしたい。
そんな風に思っていたのはあの期間くらいです。
僕の学校は部活の終わる時間になるとビートルズの「レット・イット・ビー」が流れるのですが、部活が終わり、その曲を聴きながら帰る時間が一番好きでした。
早く「レット・イット・ビー」が聴きたい。そんな風に思いながら歌の練習をしていたのでたまに「レット・イット・ビー」を歌っちゃったりもしていました。
そして合唱コンクール2日前の練習の時に事件は起きたのです。
僕が女子に交じってアルトパートの練習をしていた時に、バスとテノールを練習している男子の方がやけに盛り上がっていたのです。
どうやら一人の男子生徒が体操着を裏表に着ていたみたいです。
そんなことで大盛り上がりできる中学生。愛おしいですよね。それを見て女子もみんな交じって、みんなで大盛り上がりしました。
そんなときです。「ちょっとみんな! なに遊んでんの」そう声を荒らげたのは、指揮者のカイという男子でした。
カイは男子からも女子からも人気のあるイケイケの子でした。そんな子がブチギレたもんだから、盛り上がっていた教室は瞬く間に静寂に包まれました。
「合唱コンまであと2日だよ!」とカイは再び声を荒らげました。
僕はなんでクールまで言わないんだよ、と思いながらカイの事を見ましたが、周りのみんなは反省した目でカイを見つめています。カイは続けて「もうこんな遊んでるなら合唱コン出るのやめよ!」と叫びます。
僕はなんでクールまで言わないんだよ、と再び思ったのと同時に、出るのやめれんのかよ、と思いながらカイを見ましたが、周りは反省した目でカイを見つめ続けています。「もう時間もないんだよ!」そう言ってカイは黒板の上にある時計を指さしました。
指揮者が急に右手を掲げるもんだから、僕は閉じていた足を広げそうになりましたが、なんとかこらえました。
そこでその日の練習は終わり、みなそれぞれの部活に向かいました。
そしてその日の部活も残りわずかで終わるころに、同じクラスのサッカー部の子が僕のところに駆け寄ってきて、みんなでカイに謝ろうと言ってきました。
めんどくさいとも思いましたが、みんなで行くという言葉に僕は弱く、顧問の許しを得てカイのもとに向かいました。
急に現れた約40人の姿にカイは低い声で「なに」というと、みんながカイに「ごめん」と立て続けに声をあびせます。
僕も周りの声にかき消されるくらいの声量で謝りました。
すると「俺はみんなと一緒に優勝したいんだよ。みんなの歌声を本気で指揮したいんだよ」とカイが言ったと同時に、校内のスピーカーから「レット・イット・ビー」が流れ始めました。
死ぬほど笑いそうになった僕は、慌てて右腕で顔を覆い隠すように下を向きました。
「レット・イット・ビー」を背に、カイの熱い言葉は続きます。
今じゃない、頼むやめてくれ。笑ったらクラスから永久追放だ。
帰りの放送を担当している生徒を恨みながら一生懸命笑いをこらえました。
自分の笑いがおさまったと思い顔を上げると、真面目な顔でカイの話を聞くほかの生徒の光景が目に入ったのと同時にサビに入りました。
こらえきれなくなり僕は吹き出しました。
冷たいみんなの視線とカイの驚いた視線。
終わった俺は完全に終わった。
そんな僕にカイは一言「テノールだ」、そう言いました。
どうやら僕の吹き出したときの音がテノールの高さだったようです。
カイ以外の全員がハテナを頭上に浮かべているなか、カイははしゃぎます。
「アルトの練習いらなかったね。テノール練習しよう」
そして僕は次の日テノールを練習しました。
迎えた本番。
カイが手を上げた瞬間、あの時の出来事がフラッシュバックして、伴奏者を脇に、約1450人の前で歌っている間、僕は笑いをこらえきれず、最高の笑顔で歌い切りました。
その結果、学年の中で見事優勝。
よかった。
優秀な指揮をした子に贈られる指揮者賞。
ゆうや。
だれ。
97年岩手県生まれ。16年、都築拓紀、石橋遼大とともにお笑いトリオ「四千頭身」を結成。おもにツッコミとネタ作りを担当している。
YouTubeに四千頭身公式チャンネル「YonTube」を開設し動画を配信中。
FM-FUJIにてレギュラー番組「四千ミルク」を放送中。
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