木村美月『げんじものがたり』を読む

文字数 2,624文字

紆余曲折がありまして、読書好き舞台女優やってます。

いしいしんじ版源氏物語が出版されたのを、みなさんご存知ですか? 私は著者ご本人が開設されているツイッターから発見したのですが、期待以上の軽妙さ、美しさに感動のあまり恐怖(つまりこういう気持ちを畏怖と呼ぶんですね)を覚えたので、せっかくだから紹介させていただこうとキーボードをかちゃかちゃ叩いているわけです。


あ、私、木村美月(きむらみつき)と申します。

普段は舞台女優をやっていて、阿佐ヶ谷スパイダースという劇団の団員です。これは2度目の劇団で、以前には違う劇団に入っていたり、大学も中退していたりなど人生としては紆余曲折あるわけですが、そんな中でも読書だけは続けてきたのです。

「与謝野晶子」で勝負に出ました。褒められたくて。

私と源氏物語の出会いは馬鹿馬鹿しく、「塾の先生にもっと褒められたい!」というものでした。中学校2年生の時分、クリスマスに図書カードを戴いて持て余していたところ、ピンクの装丁が可愛らしく勢いで購入したのが与謝野晶子訳の『源氏物語』でした。


ちょうど次の日あたりに塾があったので数ページだけ読んで出かけて行き、えっらい読みづらいと思いながらも鞄に忍ばせ宿題もせずにやたら白く眩しい蛍光灯の下に座ってさて授業だと構えたところ、先生が読書談義を始めました。

私はおずおずと「今は与謝野晶子訳の源氏物語を読んでいます」と答えました。ええ〜木村さん凄い!渋い!とクラス中が沸き立って、先生は褒めるわ他のクラスにも自慢するわ数学の先生にも自慢するわでその瞬間、私の頭にはファンファーレ(のようなもの)が鳴り響きました。あたしめっちゃカッコいいじゃん!と。


それから、もう飽きた、とか面倒くさい、とか言えずに「あたしカッコいい」というモチベーションだけで読み終えてしまって、描写も所々覚えていて、それ以降読まず今に至るわけです。


作家の角田光代さんが数年かけて分厚い上中下巻で源氏物語を出し、さて私もこちらを本腰入れて読もうかと思っていたところ、講談社からこの『げんじものがたり』が出版されているのを見つけました。


読んでみて、なんてクオリティだと腰を抜かしました。いしいしんじさんは元々大好きです。『ぶらんこ乗り』『麦踏みクーツェ』『プラネタリウムのふたご』『ポーの話』など私の青春史に欠かせない本たちなんですけど、柔らかで恐ろしいくらい本質を描くいしいさんがそのまま平安時代に降り立ったような生々しさと瑞々しさ、というのでしょうか。

忠実・簡単・生き生きとした文体で分かりやすく、全編京都弁なのですが馴染んで読んでしまい、さらに異常なほどに身近さを感じさせるユーモア、馬鹿馬鹿しさの数々です。中学の頃苦し紛れに読んだ『源氏物語』の記憶がまるで癒されてゆくようです。(物事には適正年齢があるのでしょう)


よく考えたら初期光源氏が京を闊歩しているのは17歳あたり。めっちゃプレイボーイで、女の人を口説く理由もやり方もくだらなく色々情けなくでも若いからそれすら可愛いという馬鹿馬鹿しいったらありゃしない話ですよね。

その可愛らしさや馬鹿さ加減が、まるで紫式部が楽しくお喋りしてるような京都弁の口調で生き生きと描かれています。超楽しいです。しかも光源氏は賢いプレイボーイですから、賢さ故に思考回路がきっちり描かれています。それがとてつもなく狂っているのです。狂った思考回路にも魅了されました。


今考えるとかなり酷いことを色々な女の人にやってしまっているのですけど、光源氏なりの感じ方があって、妙に納得してしまう。そんなことまでありありと分かるのがこの超現代的な『げんじものがたり』なのです。本当にとことん楽しませていただきました。しかし読中、あまりの巧みさにヒヤッとしました。あれ、これって色々な作家さんが訳していて、苦労していて、むつかしいんじゃないのかしら?
こんな軽々と楽しそうに書けるものなのかしら? 

「憑依系俳優」の実在には否定的。でも「憑依系作家」は存在する⁉

「憑依」という言葉を思い出しました。普段役者をやっていて、憑依なんてそりゃ嘘だろーという派の人も多く私もどちらかというとその一人なのですが、いしいしんじさんからは何故か「憑依」の匂いが強くします。何かの霊力を使って書いているとしか思えないのです。圧巻。とはいえ、異常に気楽に読めるので、老若男女問わず、ユーモアをお持ちの方皆様にぜひ読んでいただきたいな、と私は強くおすすめします。


みなさんは最近、読書をどのように楽しんでますか? 私は緊急事態宣言前日に吉祥寺の本屋さんに行き『げんじものがたり』を購入したのですが、その後古本屋さんにも行き、向田邦子の本を2冊買いました。


積読は100冊くらいあってだらしないな〜と思うのですが積読症は治らず、というか読みきれず。最近は運読(鞄にいれて運ぶだけ運んで読まれなかった本たち)という言葉もあるくらいで、私は積読症を患っている運読魔とでも言いましょうか、常に鞄は形がぎこちなくなるくらいに重いです。並行して本を5冊くらい読んでいて、あたしゃ浮気者か!光源氏か!と。彼は並行して何人もの女の人と遊んでいるので。


お家に帰ったら積み上がった本を見て、これは再度「カッコいい〜」と言われないと読み終えるモチベが上がらないぞと失笑なのですが、私は本を読んでる人に出会うとほとんどと言って良いほど「すごいね!」「かっこいいね!」と声をかけます。


きっとこの人も私と同じように、読書という小さな苦労を「読書界」という大きな存在の為に繰り返しているのだから励まし合って、元気づけ合ってまた前を向いて頑張っていこうよ、読書を!と妙にポジティブに生きております。ゆえ、私にも引き続き「素敵だね!」と声をかけて下さいませ。私は今から角田光代訳『源氏物語』に取りかかります。

げんじものがたり』いしいしんじ/著(講談社)

木村美月(きむら・みつき)

1994年3月生まれ。劇団・阿佐ヶ谷スパイダース所属。俳優部。『MAKOTO』や『桜姫〜燃焦旋律隊殺於焼跡』などに出演。自身で脚本執筆や演劇プロデュースもしており、2019年の、ふたり芝居『まざまざと夢』では初脚本と主演を務めた。11月公演予定の阿佐ヶ谷スパイダースの新作にも出演予定。しっかり読書を始めたのは13歳。ラム肉と大根おろしが好き。

Twitter/@MiChan0315

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