傷口からラメが湧く……。『すべて真夜中の恋人たち』

文字数 2,604文字

本も恋も、ネットで見つける時代です。

本屋で本に出会う素敵さに負けず劣らず、インターネットを通して本に出会う時の付帯してくる言葉、例えばブログ、書評、つぶやき、〜さんお薦め!にもまた違った肌触りのようなものがあり、それもそれでかなり魅力的なのです。


くっついてきた情報や言葉が入口となって本への扉が開かれる時、そのくっついてきた言葉は消えず、味わいとして作品とともに残りますね。


また、今は著者がSNSで発信してくれるのでそれも大変なエンターテイメントです。これまた緊急事態宣言中、講談社文庫創刊50周年のベスト・オブ・ベストをチェックしていて見つけた一冊です。

「打ち明け話をされやすい人」は悲しむべきですか?

私はボブヘアにすることが多く、美容院に行く時につい見てしまうのが川上未映子さんの髪型とお化粧です。


いや、最終的には「川上未映子さんみたいにして下さい」とは言えないのですが、ご本人のインスタグラムやツイッター、インタビュー時の服装や髪型を一通り眺めてはうっとりし、おすすめのお化粧品を見てはこうやってきちんと着飾って生きるのはどんなに楽しいだろうかと憧れそして夢想もします。


けれどその憧れの向こう側にあるのは湿度が高くて痛くて貧しさが見えっぱなしの真逆の作品世界で、その総合に胸がいっぱいになる、なんて魅力的な作家さんなのだろうと心が燃えてしまうのです。


  作中に「それは、入江くんがもうわたしの人生の登場人物じゃないからなんだよ」という台詞がありまして、入江くんというのはこの物語の主人公である入江冬子のことなのですが、「あなたはすでに私の人生とあまり関係のない人間なので自分の生活上の問題、夫婦間のセックスレスや家庭への不満など私的なあれこれを無遠慮に話せる」という意味で、この物語の主人公はこれまで誰かの人生の登場人物にことごとくなり得なかった女性です。


なったとしても聞き役、というかぞんざいに扱われてきました。まるで小さなサンドバックのようで、一方的に思いを吐露されるばかりでした。そして彼女はそれをひとりでじっと引き受けていました。

わたしは誰かの登場人物になりたいタイプ。目指せ、主要キャラ⁉

私ははっとしました。私はこの主人公の女性と違う人間です。誰かの人生の登場人物になりたくてしょうがない、なっていないと落ち着かない、孤独に耐えられない人間です。


ひとりでいることは大好きですし毎日の大半は仕事以外ひとりで過ごしますが、それでも誰かの人生に登場していないことは耐えられないのです。人と関わる快楽を覚えてしまった私は、誰かと関係を持ち続けてコミュニティに参加し続けて生きています。


そんな私なのに、心には冬子が眠っているのでしょう。ページをめくるたびに共感を重ねて、緊張のため日本酒を飲んでからコーヒーで気を奮い立たせて結果気持ち悪くなる場面では一緒に吐き気を催し、仕事の時間以外はやる気がなくてただ寝ている冬子と一緒に、私もぐったりとベッドに伏せって続きを読みました。


そして私も冬子と一緒に、をしました。


冬子は小さな出版社で校閲(一冊の本になるまえのさまざまな文章を何度も何度もくりかえし読んで、誤字脱字や言葉のつかわれかたや内容に事実誤認があるかどうかを調べる※本文引用です)の仕事をしていましたがある日元仕事先の知り合いに声をかけられ、フリーランスで校閲の仕事をすることになります。出勤せず、家で仕事をする毎日。


唯一連絡があるのは仕事をくれる石川聖というアグレッシブな女性。聖が豪快にお酒を飲む様子から、冬子も自宅で仕事するばかりの毎日に少しずつお酒を飲むようになります。


このあたりから私、木村美月も冬子に同化してゆきます。私、お酒好きなんです。まあそれはおいておきましょうか、冬子の小さなどうしようもない「孤独」と名前をつけるにも躊躇われるような生活に火が灯り始めたのは、カルチャーセンターに出かけてからでした。


実際にはカルチャーセンターで講座を受けるというただそれだけのことが冬子にはかなり困難で失敗を重ね講座は受けられないのですが、そこで出会ったのが三束さんでした。

痛くて素朴できれい。川上作品の不思議。

 今文字を打っていて気付いたのですが、三束さんの「束」は「つかのま」のつかなのですね。束の間、その時間をどうしようもなく愛しく思う、自分の人生のありったけをぶつけてしまう、そういう瞬間を通していわゆる幸せになれるのかどうかは分からないんですけど、ないよりは良いって思いました。


ないよりは生きてるって感じがする方が、絶対良いって思いました。三束さんの重要さに加え、この話でとても面白いのが石川聖の存在です。私にとってはとても意外な展開で、聖がこの物語をひっくり返す存在になるんです。読んでのお楽しみなのですが、孤独な女性の単なる恋物語ではないんです。そうですね、ぜひ読んでみてください。


冬子には9年前からの、あるひとつの習慣があります。誕生日、真夜中に、ひとり散歩をするのです。それは25歳の誕生日でした。何も起こらなかった誕生日が終わろうとするのをぼんやりと眺めているうちに、とつぜん外へでて歩いてみようと思ったのでした。ケーキを買ってきて食べたり、誰かと話したり、そういうことはしないで、ただ散歩をします。冬子にはその時間がとても美しいんですね。


『夏物語』にあった身に染みるような「貧しさ」もそうですが、川上未映子さんの作品はなんて痛くて素朴できれいなんでしょう。傷口からぐずぐずと湧いて出てくるのは実はきれいなラメで、血液に混ざっている光はきっと誰にも気付かれないのでしょう、物語にしない限りには。そんな想像をしてしまいました。


これからも作品と、あとお化粧と髪型とファッションとお家のインテリアがとても楽しみです。

『すべて真夜中の恋人たち』川上未映子/著(講談社文庫)

木村美月(きむら・みつき)

1994年3月生まれ。劇団・阿佐ヶ谷スパイダース所属。俳優部。『MAKOTO』や『桜姫〜燃焦旋律隊殺於焼跡』などに出演。自身で脚本執筆や演劇プロデュースもしており、2019年の、ふたり芝居『まざまざと夢』では初脚本と主演を務めた。11月公演予定の阿佐ヶ谷スパイダースの新作にも出演予定。しっかり読書を始めたのは13歳。ラム肉と大根おろしが好き。

Twitter/@MiChan0315


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