「人生のミルフィーユ」に、ひと重ね……。『楽しい夜』

文字数 1,812文字

人生のベスト3に入る短編集!

  やり遂げると幸せなそれはそれは大事な仕事のように、読み終えることに至上の喜びがある、そんな本に出会ってしまった時、人生を少しずつ塗りかえていけるのだなと思います。


その塗り替えた層が重なって、厚みを帯びて、なんだか思っていたより素晴らしい人生になってしまった、そんな瞬間があることを信じています。『楽しい夜』、私の人生の中でもベスト3には入る短編集に出会いました。


これからもっとたくさんの本に出会っていくのだろうけれど、この本を読んだことは忘れないでいられるんじゃないかな。家で、電車で、カフェで、公園で、時にはお風呂場で。自分の体がいる場所と、本の想像力が向かう場所にこんなにも違いがあるのに、何故か一体化して今いる場所の尊さと巡り会える。

「岸本さん印」の作品なら、間違いないのです!

 岸本佐知子編訳の本書。アンソロジーといって、異なる作者の異なる作品を岸本佐知子さんの「面白い」を基準に集められたのだそう。


全部で11編あり、作品に「共通項はない」と編訳者後書きにはあったのですが、強烈で瞬間的なイメージを持たせるような力強い印象の死について、それから生へのロマンが克明に描かれていて、今ここで生きられていることが奇跡だなと確認させられるような作品が多かったように思います。


230ページほどの本の中で短編が11編ですから、ひとつひとつは短くて読むのに苦労はしません。簡単に外国に行けるようで、楽しいようで、ものすごい場所まで連れて行かれてしまった孤独感が読後あり、それが全く嫌ではなく、この感覚を知らないままで生きているのは勿体無いなと思えるほどです。


 ラモーナ・オースベルの『安全航海』はおそらくすでに死の淵に立っている老女が、妄想なのか天国への入り口なのか、他のたくさんの老女たちとクルーズ船に乗って人生への美しい懐古をするという話です。


それからアリッサ・ナッティングの『亡骸スモーカー』は死人の遺灰を吸うと、その人の記憶がそっくり頭に入り込んでしまう男と、その男に焦がれる女の人の話。


ミランダ・ジュライの『ロイ・スパイヴィ』は飛行機で隣り合った有名人とその一時惹かれ合い連絡先を聴いたけれど、とうとう一度も連絡はしなかった、けれどもその番号だけはなぜかおまじないのようにずっと大事にしていた、それが人生を救っていたけれど…という話。

『楽しい夜』岸本佐知子/編・訳(講談社)
外国は「TSUTAYA」と「金曜ロードショー」が教えてくれた。

はじめて「外国」というものに出会ったのは、映画だったでしょうか。


TSUTAYAで借りてきたDVDか、きっと金曜ロードショー。『ビッグ・フィッシュ』とか『タイタニック』で、とにかくあの時の不思議な感覚はよく覚えています。『ビッグ・フィッシュ』に出てくるサーカスとか変な村とか巨人とか、おそらくある程度大きくなってから観ても強烈だったとは思うのですが。


とにかく、両親が楽しそうに見ているそれはアメリカの映画で、テレビの中から知らない言葉で、知らない風景で、知らない容貌をした人々が生き生きとしているのが見えて、処理はできないけれどその風景が刻まれたというか、心に染み付いて離れようとしないのです。


子供の頃にはじめて見た外国の香り、あれって嘘じゃないと思うのです。何が嘘じゃないかっていうと、あの時見えてしまった物語の切実さ、俳優の息づかい、風景の壮大さって「慣れてしまう前」の本当に心で感じたことだと思うからです。


本来は、そうだ、こうやって生きていたのだ、こんなふうにものを見て、こんなふうに恐れ、こんなふうに想像する。知らないものに対して、こんなふうに大きく感じそして受け入れる。体の中に湧く原始的な体験を見て、そして今いる自分の世界を再認識して愛す。そういうことが出来る、稀有な短編集だと私は思うのです。

『楽しい夜』岸本佐知子/編・訳(講談社)

木村美月(きむら・みつき)

1994年3月生まれ。劇団・阿佐ヶ谷スパイダース所属。俳優部。『MAKOTO』や『桜姫〜燃焦旋律隊殺於焼跡』などに出演。自身で脚本執筆や演劇プロデュースもしており、2019年の、ふたり芝居『まざまざと夢』では初脚本と主演を務めた。11月公演予定の阿佐ヶ谷スパイダースの新作にも出演予定。しっかり読書を始めたのは13歳。ラム肉と大根おろしが好き。

Twitter/@MiChan0315

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