ほんのり幸せになりたい時に効く「忙しい人のための本」3選

文字数 2,653文字

「幸せになるためのリスト」を考えなくていい幸せ。

prime videoで『マイ・プレシャス・リスト』という映画を観たんです。


14歳でハーバード大学に飛び級で進学した天才だけれど、卒業後やりたいことが見つからず本ばかり読んで暮らす孤独で拗ねた女の子の話で、またその子が意外にも親近感の湧くキャラクターでまんまと好きになってしまいました。


最高なことに、映画の中に作家の名前や引用がたくさん出てきます。ヴァージニア・ウルフ、ジョイス、カミュ、フィッツジェラルドなどなど、そして主人公の特別好きな本は私も大のお気に入りであるサリンジャーの『フラニーとゾーイー』でした。


主人公は唯一の会話相手であるセラピストに「幸せになるためのリスト」を渡されます。内容は友達をつくるとかデートに行くとか子供の頃好きだったものを食べるとか一番好きな本を読むなど月並みのものだったけれど、文句を言いながらひとつひとつリストを達成していく主人公は荒治療気味にも確実に幸せへと向かっていくのでした。


主人公は「幸せになるべきか」という問いに対して基本的に疑念を持っているのですが、私も常々幸せとはなんだろうと感じておりまして、前回紹介した「大事な仕事を達成したような幸せ」ではなくほんのり日常に寄り添うような、忙しい人でも少しの時間で高揚した非日常を味わえるような本はないかと私の記憶から探してみたのです。


今回は3つの本を紹介させていただきます。どれも短く、ユーモアたっぷりなのでお忙しい方でも安心して手にとっていただけますよ。

クラシック好きに。河童好きに。谷川俊太郎好きに。

森絵都『アーモンド入りチョコレートのワルツ』は私にとっていつまでも大切な作品です。


文庫には角田光代さんの解説もあり本作の美しい読み方をやんわりと誘導してくれるのですが(私は角田さんの解説がいつも大好きです)、薄い文庫の中に3編のきらきらした物語が入っています。


作品は曲名がタイトルになっていて、シューマン〈子供の情景〉から「子供は眠る」とか、サティ〈童話音楽の献立表〉から「アーモンド入りチョコレートのワルツ」など、クラシック音楽と一緒に楽しめる作品になっています(ちなみに今はサティを聴きながら書いていますよ)。


私が一番好きなのは「彼女のアリア」という作品です。不眠症の男の子と、ピアノの上手な嘘つきの女の子のお話。だんだん嘘が大きくなっていく彼女がチャーミングで痛々しいのと、音楽室で会うふたりのこっそりとしたロマンがたまらないです。登場人物は主に中学生だけれど、大人でも十分に自分ごととして楽しめるのはきっと心理描写があまりに的確だから。


クラシックに相応しく淑やかな心の機微でありつつ、森絵都さんらしく庶民的。私こんな感性もっていたかも、と自分の心を言語化してくれるよう。そういう感覚って本を読んだり映画を観たり、お芝居を観るときの醍醐味ですよね。一編30分ほど、クラシック音楽を聴きながらみずみずしい感性に触れる時間をつくれます。

 川上弘美『神様』も素晴らしい傑作です。薄い文庫に9つの短編が収められています。


表題作は川上弘美さんのデビュー作でなんと子育てをしている最中に、ふと家事の合間に書いたそう。


熊と散歩に出かける話、梨園で小さな未知の生き物とひとときを過ごす話、壺をこするとなんとかつて亡くなった若い女性が出てきて一緒にワインを飲んだり遊んだりクリスマスを過ごしたり色々ある話、そして河童に恋の相談を受ける話まで。


どれも自然なユーモアと優しさ、深淵な情緒に溢れていて楽しくて見事。ここまで短く、よく理解もできるのに高級というか文学である事がすごいです。かつ軽快で、ちょっとワインバーで一杯飲んじゃって酔っ払って帰るような馬鹿馬鹿しさ、と例えるのは如何かと思いますがそんな大人のこっそりした楽しみを味わえるような最高の作品です。

『神様』川上弘美/著(中公文庫)
最後におすすめするのは谷川俊太郎の詩集『普通の人々』です。


あれこれする名前のある「人々」をただ羅列していく表題作、たとえば「篤はワインリストを手にして 卓の下で足を組む 自分を平凡だと思う」とかね。そういうのがつらつら書かれているんです。


ラストには「私は」と谷川さん自身も登場し、自分もこれらの人々と同列に書かれているのがなんとも可愛らしく奥深い印象です。


谷川さんは誰にでも分かるような言葉で、唯一無二の景色を見せてくれます。圧倒的な肯定力、とでもいうのでしょうか。そして少しだけ、私たちがあまりにも驚きすぎないような方法で、はっと目に見えていない現実をさらしてくれます。


僕にはこう見えていますと真っ直ぐ伝えてくれるから、その嘘のない景色に信頼を覚えます。信頼と安心を重ねると不思議と書かれている言葉の情景も素直に浮かんできて、こうして作者の手に委ねて安心してイメージの世界を楽しめる、自分がその光景に浮かんでいられる、言葉の大浴場を独り占めしているようなポカポカした気持ちになれるのです。


もちろん字数は少ないから、1日寝る前に数ぺージだけ読むのもよし、装丁が綺麗だからただ飾っておくのもよし。

『普通の人々』谷川 俊太郎/著(スイッチパブリッシング)
あなたに小さな幸せを送れたら、幸いです。

   私のほんのり幸せになれる本3選、いかがでしたか?


 映画の主人公のように「幸せ」の答えはなかなか見つからないけれど、音楽を聴くように、ワインを飲むように、お風呂に入るように、少しだけの幸せを本で味わうことができたなら、より自分好みの人生を、もしくはなんとかマシな時間を重ねられそうですよね。


今回の紹介で少しでも気になったなら是非読んでみてくださいね。あ、『マイ・プレシャス・リスト』もおすすめですよ。時間があったら『フラニーとゾーイー』も読んでみてください!

『フラニーとズーイ』J.D.サリンジャー/著 村上春樹/訳(新潮文庫)

木村美月(きむら・みつき)

1994年3月生まれ。劇団・阿佐ヶ谷スパイダース所属。俳優部。『MAKOTO』や『桜姫〜燃焦旋律隊殺於焼跡』などに出演。自身で脚本執筆や演劇プロデュースもしており、2019年の、ふたり芝居『まざまざと夢』では初脚本と主演を務めた。11月公演予定の阿佐ヶ谷スパイダースの新作にも出演予定。しっかり読書を始めたのは13歳。ラム肉と大根おろしが好き。

Twitter/@MiChan0315


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