Season 2 第1話「タイムカプセル」

文字数 3,407文字

 矢部嵩さんによるホラー掌編『未来図と蜘蛛の巣』。挿絵はzinbeiさんです。

 *

 同窓会も半ばを過ぎて、校庭で談笑しているとこちらに歩いてくる人影があった。見覚えのある顔だったので、私は集団から離れ相手に歩み寄った。
「青沼さん?」私に気付いた黄楊公子が目を細め、懐かしそうに手を振ってきた。「青沼さんだ。全然変わってない。あれからもう、二十年になるなんて」
「何いってんの」と私がいうと半月振りに会う公子もそれですっと茶番をやめた。遅刻に私が文句をつけると、だってと濁った声を出した。「だって同級生と何話すの?」
「あるだろ色々天気とかスポーツとか」いいつつここ二時間の記憶が何も残っていない自分に私自身も気が付いていた。大人じみた同窓生に用事を私も思いつけずにいたし、目当てをいうならこの後を目当てに興味ない会に参加したのだった。「来るよ」
スコップ片手の男性陣が倉庫の方からドゥイドゥイ現れ、記念樹の下で働く彼らを私と黄身子(あだ名)は遠巻きに眺めていた。二十分後校庭の浅瀬からビニールシートの角が顔を出し、汚れと引き換えに巨大なコンテナが地上へ引き上げられた。
「あの中にいるのね」私は呟いた。黄身子は黙ってコンテナを眺めていた。雰囲気でいったのでその先はノープランだったが、黄身子が茶番に乗ってこなかったので準備不足を咎められることもなかった。馬鹿みたいにでかい鋼のコンテナは人一人くらい実際に収納出来そうではあったが、覚えていないのだから私たちは、人間は詰めていないのだろうと思われた。
「何入れたんだろ本当」隣で君子がいった。同窓会に顔を出したのはタイムカプセルを開けるためというより、そこに自分たちが何を入れたか覚えていなかったためだった。
「本当に何も覚えてないの」
「そっちこそどうなの」
「忘れるの得意だし私」覚えることより忘れる方が人生には有意義というのが私の持論だった。「あんたまで覚えてないとはね。暗記得意じゃなかったっけ?」
「中学のこととか思い出したくもねえし」
 開けた場所へと箱が運ばれ、置き場所が決まると少しずつ人集りが中心へと寄っていった。ボルトを外す電動工具の嘶きが三月の暮れかける校庭に鳴り響いた。
「大事なものとか」
「大事なもの何。そんなのあった?」
「ないことないだろうが」
「金もないのに大事なものどこで買うの私ら当時中学生じゃん」
「お金じゃ買えない物とかなんだろ」「石とか紙とか樹脂製品の何かってこと? 要らんごみ入れたから今何一つ思い出せないってのか」「お前人の心ないおれ悲しい」「ゴリラ」「人間くううまい」「ゴリラじゃない」
 マスクをずらして話す人種から距離を取り、夜風を避けながら私たちは校舎の方へと移動していった。校舎の壁は塗り替えられていた。二人で窓から教室の中を覗いた。
「何か作って入れた気もするな」
「本当いってる? 全然しないんだけど」私は振り向き黄身子の目を見た。「あんた一人で? 私も一緒?」
「三人で何か作った気がする」黄身子の方も私を見てきた。「昔一緒にホムセン行かなかった?」
「キャンプ行った時?」「その時かな。図書館で調べものしてホムセン行かなかった?」
「図書館? 何調べたの?」
「覚えてない」
「何かとごっちゃになってんじゃない?」「そうかな。そうかもしれない」
 輪の中心から拍手が上がり、視線を戻すとカプセルが開いたらしかった。コンテナの蓋がどくと恩師が誰かの封筒を取り出してみせ、保存状態は良好のようだった。
「ここまで何も覚えてないならカプセルなんか埋めなかったんじゃない?」ありそうなことだと私は思ったが黄身子には首を横に振られた。
「開封式の案内が来たし」中心の方を黄身子が睨んだ。「カプセルは三人で詰めたよ。相談して一緒にやった気がする」
「本当に?」「一人だったら絶対やらないもん私」「そんなん私だって」
 名前を呼ばれた同窓生がきゃあきゃあ叫んでコンテナへ駆け寄り、小さな缶々を恩師から受け取りテンションのままに泣き出していた。タイムカプセルは手紙が多かったが、ノートや小冊子もあり、缶や瓶詰の人もいて、容れ物の種類やサイズなど、レギュレーションはゆるいみたいだった。
「あの頃は嫌なことばかりだったな」泣いている子を見ながら黄身子が呟いた。「上手く出来ないことばかりだった」
「ほうね」
「色々出来るようになってしまったね」「同窓会くらい出てからいってみ?」
「さぼりも出来るようになってしまった」神妙にいって黄身子は目を伏せた。「このまま何も上手く出来ず、死んじゃうんじゃないかって思ってたけど」
「当時の性格から推理出来ないかな。中学の私たちならどういう物入れそう?」思い付きを私は口にしてみた。「二十年後の自分に伝えたいことって何だろう?」
「そんなものはない」
「そうなのよな。想像出来んのよな」頷きながら五十五歳の自分を想像してみた。「生きてるかどうかも怪しいもんな」
「本当に皆死なないとは限らない」黄身子がそういい遠くを見つめた。いわんとすること察して私も口を噤んだ。「中学の頃は私たち、いつだって三人だったのにね」
「あれからもう二十年か」ここにいないもう一人の姿を私も思い浮かべた。「あの子がもし今ここにいたなら私たちを見て何ていったんだろう」
「おじゃおじゃー」浮かべたばかりの赤井温子の姿が門から現れ手を振ってきた。私と黄身子は芝居をやめてチリ子(あだ名)に文句を飛ばした。「遅い!」「いっといたじゃん遅くなるって」混ぜて混ぜてといいつつチリ子がタックルをかましてきた。「隅っこで何してんの内気?」「ころすよ」「あんたが死んだごっこしてたの」「いじめじゃん」「そだよー」
「二十年後の自分にいいたいこと?」話を振るとチリ子は歯を出して笑った。「あるとするならざまあないなだね」
「何それ」私と黄身子も思わず笑った。
 笑いつつ、この軽薄な互いの姿を二十年間晒し合ってきたのだなということを今更のように私は考えていた。大人になる中で色々なお互いを見続けてきたせいか、あの頃の自分たちが真実どんな風だったのか、今となっては判らなくなってしまっていた。
 三人一緒に名前を呼ばれ、振り向くと担任だった老人が力なさげに私たちを手招いていた。猫を被って三人で人混みに近付くと、私たちの前にとても大きいプラスチックケースが運ばれてきた。やる気のなさをさんざんアピールした後だったので、現れた箱のでかさに少しだけ私たちは恥ずかしくなった。ケースを受け取ると挨拶もそこそこに輪の辺縁へ、集団の端の方へと退散していった。
「大きいつづらだ」「中身何?」黄身子が慎重にガムテープを剥がしていき、蓋を外して中を覗くと、ケースの中には緩衝材と、もう一回り小さい段ボールが入っていた。
 段ボールを取り出すと蓋の上部に注意書きがしてあった。
『同級生から距離をとること/周りに誰もいないところで開けること』
「何じゃこりゃ」「覚えてる?」「いや」「でもこれで判った。誰かの秘密か何かしら恥ずかしい内容だ」周囲を見回してから私たちは段ボールを開けた。段ボールの中身は乾燥剤と、一回り小さいまた別の段ボールだった。
 表にまた文字が書いてあった。
『本当に誰もいない?』
 文面を見て私たちは苦笑し、段ボールと一緒にもう少しだけ人の輪から距離を取った。この猜疑心、貧しいせせこましさ、滲み出るような自信のなさはとても馴染みがあるものの気がして、これを作ったのは間違いなく昔の自分たちだという確信が湧き、私は何だか愛おしさを感じた。過去の自分を見に来たつもりだったが、現在と変わらないものを箱の中に見つけた思いだった。
「開けるよ」笑いつ黄身子がいって、段ボールを開けると次の中身は箱ではなかった。ゆっくり黄身子が手を差し込んで、取り出したのは調理器具だった。
「なべ?」
「鍋だね」とチリ子が口にし、思わず三人顔を見合った。厳封された圧力鍋に小さいスイッチボックスと、『本当に覚えていないのか?』という殴り書きが張り付いていた。
 スイッチを押して私たちは吹き飛んだ。



本文:矢部嵩
挿絵:zinbei

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