『茜さす日に噓を隠して』『青く滲んだ月の行方』書評(吉田大助)

文字数 2,978文字

小説家・真下みこととシンガー・みさきによるデュオ「茜さす日に嘘を隠して」(=アカウソ)、

小説家・青羽悠とシンガー・shunによるデュオ「青く滲んだ月の行方」(=アオニジ)。

これまで5話にわたり、現代を生きる10代~20代を主人公とした小説と楽曲をリリースし、

7月1日(金)には、全話をまとめた、待望の共作小説『茜さす日に噓を隠して』『青く滲んだ月の行方』が刊行されました。

刊行記念として、吉田大助さん(ライター)の書評を公開いたします!

絶望をはらうために必要なことは、優しくなりたい、と願うこと。


 令和を生きる若者たちのアンセムソング(=わたしたちのうた)、と呼びたくなる仕上がりだ。「星に願いを、そして手を。」で第二九回小説すばる新人賞を受賞した青羽悠と、「#柚莉愛とかくれんぼ」で第六一回メフィスト賞を受賞した真下みこと。二〇〇〇年生まれと一九九七年生まれの俊英二人が、登場人物や出来事、世界観を共有する共作小説を完成させた。


 青羽の小説の題名は『青く滲んだ月の行方』、真下の小説の題名は『茜さす日に噓を隠して』。あおとあか(茜)──こう記すと、実写映画化もされた平成のベストセラー小説『冷静と情熱のあいだ』(一九九九年)の辻仁成と江國香織を思い出すことだろう。男性作家が男性を主人公に書き、女性作家が女性を主人公に書くという役割分担はまったく一緒だ。しかし、辻&江國のコラボは一組の男女の忘れられない恋を綴るものだった。青羽&真下のコラボは、恋の悩みも取り上げられてはいるが、令和を生きる大学生たちの震える心を写し取っている。群像劇形式の採用により表現されることとなったテーマは、世代だ。今の若者たちはみんながみんな傷付いていて、今を生きるだけで精一杯。その様子を綴るヒリヒリした筆致に、まずは驚き、次いで罪悪感を抱くことになるだろう。若者世代を傷付ける一因となっているのは、上の世代から否応なしに受け継ぐこととなった右肩下がりっぱなしの経済不況──二作に共通する就活のモチーフがその事実を決定的に色付ける──であり、彼らを取り巻く世間の「空気」だからだ。「空気」に関わりのない人間などどこにもいない。


 いくつか例を挙げる。大学四年生の皐月は、就活に励んでいるものの一向に内定が取れない。そのせいで、サークル仲間や恋人との関係も悪化している。〈こうして悩んでいる間にも、私の体は歳をとっていく。二十二歳の次は二十三歳になり、二十四歳になり、次はもう、アラサーと言われる年齢だ。/今、この瞬間が、一番若い〉。切羽詰まったその思考から、彼女はこんな結論を導いてしまう。〈今死ねば、一番若いまま、みんなの記憶に残っていられる〉。シングルマザーでバリキャリの母から自分の価値を認めてもらえず、リストカット代わりに男たちと寝るようになった愛衣は、〈誰でもいい、あたしを止めてほしい。/殴っても蹴っても何してもいい。あたしをここに留めてほしい〉と心の中で叫ぶ。


 恋愛に対しても就職活動に対しても、冷笑スタンスを崩さない隼人の闇も相当深い。〈自分は何だって器用にやれるんだ。/……それなのに劣等感が込み上げる〉。リア充認定されているモテ男の大地は、自分という存在の退屈さや無力さをやり過ごすため、手当たり次第にセックスする。〈女と寝れば寝た分だけタフになれる。(中略)そういう単純な話なのだ。……単純な話であって欲しいのだ〉。


 晴れていても吹雪に見舞われているような凍えた日々の中で、彼らが手にしているマッチの火はか細く、ひ弱い。自分が傷付いているからこそ、相手を傷付けないようにと振る舞った結果、相手との距離ができていくのかもしれない。いや、自分がこんなにも傷付いているんだから、相手も傷付けていいと思ってしまっているのかもしれない。


 ある人物のパートでは描かれなかった出来事が、別の章で、別の人物の視点から語り直される。そこで得られる驚きや発見、他者の内面にまつわる「謎」が明かされる感触は、二作を読むことでさらに増幅していく。そして、二作合わせて九人分の絶望、彼らが抱えている呪いを突きつけられる。それは同時に、九人がどのような行為によって絶望や呪いを退けたかを知る経験になっている。九人は物語の結末部でいったい何をしたか? 優しくなりたい、と願ったのだ。他人に対してはもちろん、自分に対しても、優しくなりたい、と。〈自分はそういうやつなんだ。でも、そういうやつなりに生きていかなきゃいけないんだ〉。


 二作の登場人物を取り巻く「空気」に関わりのない人間などどこにもいない。だからこそ、登場人物たちが優しくなることによってその「空気」をかすかに、決定的に変えていく姿に、読み手は深く共鳴する。優しくなりたい、と強く願えば人は本当に、優しくなれる。二作を読めばそう、信じられるようになる。


 なお、二作は新人シンガーとのコラボレーション企画という顔も持つ。青羽悠と真下みことが自らの小説と共に、歌詞を書き下ろしている。全一〇曲はデジタル配信されているほか、YouTubeでも公開中だ。それらの楽曲でも現実の寒さや厳しさが歌われているが、最後にやはり優しさの火が灯る。小説を読む経験と音楽を聞く経験が掛け合わさることで、アンセムの感触がグッと高まることだろう。


吉田大助(ライター)

<書誌情報>

『茜さす日に噓を隠して』


「誰かに言えるわけない」私がこう思っている時、あなたは。

就活面接でうまく話せず、彼氏とも疎遠な日々に思いつめる皐月、

寂しさを埋めるため、急に人と会いたくなる衝動を抑えきれない愛衣、

自分の経験を切り売りして曲を作り、シンガーとして活動する文、

大切な友達に言えない秘密を抱えながら過ごす智子ーー

誰かに理解してほしい葛藤をひとりで抱える、"大人未満"の4人の物語。


真下みこと(ました・みこと)

1997年埼玉県生まれ。

2019年「#柚莉愛とかくれんぼ」で第61回メフィスト賞を受賞し、2020年デビュー。

最新刊は、「あさひは失敗しない」(講談社)。


◆発売日:2022年7月1日

◆定価:1540円(税込)

◆四六変判 264ページ

◆ISBN:978-4-06-524800-3

◆講談社第五事業局 文芸第三出版部


★小説の世界にリンクした各話の楽曲も配信中。MVはこちら

<書誌情報>

『青く滲んだ月の行方』


「ここからどうすればいい?」僕がこう思っている時、きみは。

何かを「好き」と言える人を眩しく感じる隼人、

「女の子との遊びはクレーンゲームみたいなもの」と言ってみせる大地、

高校時代までは、周囲から認められて自身を持っていた和弘、

仲間が何に苦しんでいるのか分からず、寄り添えない自分に絶望するBーー

「なりたい自分」に向かってひとり藻搔く、"大人未満"の4人の物語。


青羽悠(あおば・ゆう)

2000年愛知県生まれ。

2016年「星に願いを、そして手を。」で第29回小説すばる新人賞を史上最年少で受賞しデビュー。

最新刊は、『凪に溺れる』(PHP研究所)。


◆発売日:2022年6月29日

◆定価:1540円(税込)

◆四六判 288ページ

◆ISBN:978-4-06-527870-3

◆講談社 第五事業局 文芸第三出版部

 

★小説の世界にリンクした各話の楽曲も配信中。MVはこちら

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