■SS『無敵の城主は愛に溺れる』特別番外編 春原いずみ | 執筆

文字数 3,932文字

■SS『無敵の城主は愛に溺れる』
特別番外編「スイート・メモリーズ」春原いずみ

 姫宮の引っ越しは、びっくりするくらい簡単に終わってしまった。
 姫宮が住んでいたマンションから、城之内の家に引っ越したのは、花海棠が蕾の頃だった。
「家具らしい家具って、このベッドだけかよ……」
 引っ越し作業を手伝うはずが、なぜか、寝心地のいいベッドに倒れ込むことになってしまい、真っ昼間からよからぬことを楽しんで……そして、一息ついたところである。
「ええ。他のものはほとんど処分しましたから」
 息を整えながら、姫宮が答える。昼酒が効くように、真昼のセックスもかなり効く。かろうじて、シャワーは浴びたが、もう引っ越し作業を続ける気もなくなって、結局二人して、ベッドに戻ってしまった。
「まさか、二部屋もいただけると思っていなかったので」
 姫宮はそう言い、ふうっと軽くため息をついた。
「もともと、ものに対する執着は薄いんです。たぶん……幼い頃から、潤沢にものを与えられたからでしょうね」
 クールな口調でさらりと言う。
「いいことではないと思っています。ものを大切にする習慣がないわけですから」
「いや、そんなことないと思うけど……」
 姫宮と一緒に働くようになって一年が過ぎたが、彼が浪費家だと思ったことは一度もない。むしろ、城之内よりも堅実で、しっかり者という気がしているのだが、姫宮的には違うらしい。
「じゃあ、学生時代のものも一切ないとか?」
 城之内はエスカレーター式の私学にいたせいか、幼稚園、初等部、中等部、高等部、大学と上がっていっても、通う場所が、大学以外はほとんど変わらないし、周りにいる顔ぶれも変わらないためか、あまり区切りというものがなく、ついつい学生時代のものも捨てずに、そのまま放置というのが多い。大学だって、卒業した後、院に進み、そのまま医局に入り、医局員から助教となったので、区切りがなく、だらだらと来てしまった。
「そうですね……。英成学院の寮は個室ではなかったので、ものの持ち込みがあまりできなくて、結局卒業の時に持ち出したのは、教科書と制服くらいでした。そのまま、ワンルームマンションをあちこち移動する生活になりましたので、結局、そうしたものも処分しましたね」
 英成学院の制服は、ブラウンのテーラードジャケットとグリーン系のチェックのスラックスだった。中等部と高等部では、確かジャケットのエンブレムの縁取りの色が違っていたはずだ。兄の健史が卒業する時には、制服自体は着て帰ってきたのだが、ネクタイもエンブレムもボタンもない状態だった。さすが英成の『プリンス』さまだ。みんな後輩に取られたらしい。
「うちの兄貴は、ネクタイもボタンも全部むしり取られて帰ってきたんだが、蓮もそうだったか?」
 聞いてみると、姫宮はいいえと軽く首を横に振った。
「僕は後輩には人気がなかったので、そういうことはありませんでした。城之内先輩が卒業なさる時は凄かったですね」
 くすりと笑う。
「髪の毛までむしられそうな勢いでした。教科書も全部置いて行かれたと記憶しています。凄まじい人気でした」
「そうなんだよな……」
 まぁ、何となくわかる。健史には、城之内にはないカリスマ性があった。ばたばたと走り回り、人に任せるよりも自分がやった方が早いというタイプの城之内に対して、兄は人の内面を見抜き、その人を生かすことが上手い。生まれながらにして、人の上に立つタイプの人間なのだ。
「家じゃ、パンツ一丁でうろうろするようなやつなんだけどな」
「それはそうでしょうね」
 姫宮が頷く。
「寮でも、夏になるとそんな感じでしたよ。でも、そんな姿がまた、人気を呼んでしまうんです。何か、親近感がわくとでもいうのでしょうか」
「はぁ……」
 結局、人気があれば何でもいいということか。
「蓮だって、人気あっただろ? 兄貴が言ってたぜ?」
 横を向き、隣にいる姫宮の髪をさらさらと撫でてみる。
「とにかく……可愛かったって」
「僕は……何かを与えるよりも、いただくばかりの人間なんです」
 姫宮がぽつりと言う。
「先輩たちが卒業なさる時、いろいろなものをいただきました。ネクタイやボタン、エンブレム……教科書やノートもいただきました」
「あ、そっちか……」
 なるほど、相手が在校生なら、残していくしかないだろう。彼から何かを奪ってしまったら、明日から困ることになるのだから。
「でも……いただいても仕方がないので、全部先生に預けました。たぶん、在校中にものを紛失したいろいろな生徒に貸与されたのではないかと思います。何せ、山の中の特殊な学校です。紛失したからといって、ものが簡単には手に入りませんから。特に制服関係は、完全オーダーメイドなので、なくしたりすると大変なんです」
「なるほどねぇ……」
 東興学院も私学だが、何せ都心にあるマンモス校だ。いろいろなものが簡単に手に入る。特に学院のエンブレムの入った鞄は人気アイテムで、校内の購買部に他校の生徒が買いに来たりしていた。
「ああ……そういえば」
 ふと、姫宮が思いだしたように言った。
「英成学院の思い出の品が、一つだけありました」
「え?」
 姫宮はふわふわと揺れるカーテンを眺めながら言う。
「アルバムです」
「アルバム?」
「卒業アルバムというのでしょうか。高額な学費を取っている学校ですので、イベント毎にきちんとプロのカメラマンが来て、写真を撮っていて、それが卒業時に一冊のアルバムにまとめられて、卒業生全員に配られるんです。ちょっとした写真集の趣があって、人気の品なんですよ」
「写真集……」
 姫宮はすっと枕に肘をついて、身体を起こす。ブランケットが滑り落ちて、すべすべとした滑らかな胸が露わになる。
「ご覧になったことはありませんか? 城之内先輩もお持ちだと思いますが」
 兄は、中学入学からこの家を出て、それから戻ってきていない。大学はここから通えない他県に進学したし、厚生労働省に入省してからは、特殊な職業だったせいもあって、官舎に入っていた。今は豪華なマンションを買って、優雅な一人暮らしを満喫している。
「あ」
 城之内ははっとして、姫宮を見た。
うわぁ、目の毒というか、眼福……
 目の前には、恋人の裸の胸があったりする。ぷくんと膨らんだピンク色の乳首が可愛い。
「な、なぁ、もしかして、今もそれ、持ってたりする?」
「はい。すぐそこに」
 指さした先には、まだ開けていない段ボール箱。姫宮の個人的なアルバムはみたことがあったが、公式はまだ見ていない。
「入ってますけど」
「見たい!」
 反射的に叫んでしまう。
「美少年の頃の蓮、もっといっぱい見たい!」


 赤いビロード張りに金のエンブレム。その表紙を開くと、そこには懐かしい空気が満ちていた。
「本当に……こぢんまりした学校だったんだな……」
 校舎は見たことがあったが、こうして写真になり、そこに人物を置いてみると、やはり小規模校なのだと実感した。
「ああ……これが僕のクラスです」
 さすがにベッドで開くのは気が引けたので、きちんと服を着て、リビングのソファに並んで座った。
「うわ……可愛い……っ」
 そこには、生真面目な表情をした幼い姫宮がいた。中等部一年生だから、大人びている子もいたが、二十五名のクラス写真の最前列に座った姫宮は、まだ顔の輪郭も丸みを帯びていて、本当に子供だった。しかし、その顔立ちの美しさは群を抜いている。
 少年たちの中にたった一人美少女がいる。そんな風情だ。
「蓮……可愛いなぁ……」
「子供っぽいでしょう」
 姫宮は淡々とした表情で言った。
「背も小さかったし、身体も華奢だし。恥ずかしいです」
「いや……すげぇ可愛いよ……。兄貴の言う通りだ……」
 ちょっとしたスナップの隅っこに写っていても、そこにまるでスポットライトが当たっているようだ。本当に……ほころぶ花のような美少年だ。
これは……目立っただろうな……
 彼が山の中にひっそりと佇む英成学院に進んだのは、正解だった。そうでなければ、穏やかな学生生活を送ることはできなかっただろう。
「……ああ、蓮だ……」
 ページを繰っていくと、最後の方に卒業式の日の姫宮がいた。校門のところに立ち、卒業証書の入った筒を手に、学び舎を見つめている彼がいた。恐らく、カメラマンもそのあまりの美しさに、思わずシャッターを切ってしまったのだろう。
「蓮が……いる」
 英成学院での最後の日。そこにいたのは、すっかり大人びて、完成された美貌の姫宮だった。
 駆け抜けた君の六年間。ああ、やはり、俺はあの学校に行くべきだったと思ってしまう。
 やはり……君に会いたかった。緑の風に抱かれた少年の君に。


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