第七七官界彷徨/遠藤 薫

文字数 3,475文字



 1980年の木曜ゴールデンドラマ「東京大地震マグニチュード8.1」では、夕闇に包まれた午後5時55分、巨大地震が東京で発生した。らしい。

 銀座について調べていたのに、どうしてこのドラマが検索に引っかかったのかはよく分からない。戦後暫くしてヒットしたラジオドラマの「君の名は」。男女が戦下で誓った再会の場である数寄屋橋は銀座にあったが、1回目の東京オリンピックを控えた開発のため消えた。永井荷風の通った黄昏銀座()(リン)()()洋食店。金座、銀座、銅座。銀座を調べているうちに、気づけば東京オリンピックの重力に流されている。

 銀座について調べていた理由は、2020年の夏に開催される東京ビエンナーレの公募に「銀座」というプランを提出していたからで、そのプランというのが「47都道府県を回って、47都道府県にある“ 銀座”と名のつく場所から47のオブジェクトを選び出し、東京銀座にある47軒のギャラリーに配置する」というものだったからだ。それが実現できるかどうかの最終面接や諸々の用事のために東京へ向かう。

 フライトの前に、ベトナムはハノイの空港でフォーと、チャーンと呼ばれるレモンのジュースを。合計123000ドン。0が多すぎるが600円程度。チャーン、フォー、ドン、擬音語のようなベトナム語としばしの別れだ。


 東京滞在時にはいつも北区王子の友人の家に泊めてもらう。友人夫婦と2歳の娘が住んでいる庭付きの、縁側のある一軒家。奥さんの方は、私が沖縄の学生だった頃から良くしてくれる沖縄出身東京勤めのギャラリスト。私が彼女を好いている理由は、彼女の身長と同じくらいの長い髪、それを絵筆をかんざしにしてサッと結い上げる仕草、それから晒された形の良いこめかみに生まれつきある大きな赤い印、そして、なぜだか彼女は常に他人の体液の具合が気になるらしく、脈絡なく、コップ一杯の水をほとんど強制的に、はい、と一日に何度も飲ませてくれることだ。それも気になるのは体内の水分量だけでなく、時にその水にケイ素を垂らし、庭に生えている夏みかんを絞って体内のpHも調節してくれる。それが庭の杏の種を漬けた黄金の液体や、バジルの葉緑素を取り出した液体のこともある。当の本人はというと、常に缶コーヒーと缶ビール、タバコを嗜んでいる。彼女の気性の極端な様、実際的なお節介、健やかな矛盾と魔女性。ベトナム女性のそれと似ている、と思う。

 ポケットに入っていたスターバックスの領収書は777円だった。三鷹での3日間の展覧会を終えた。999円の弁当を買う。2020年1/11から始まる東京の展覧会の打ち合わせを終える。11/11 11:00に銀座のギャラリーで授賞式があった。13:13、携帯を開く。


 11/13 13:00に出版社に出向く。社会主義国ベトナムのアートについて雑誌の取材を受ける。

 インタビューが始まる前に、前回のインタビューには或る反省がある、と伝えた。人に何かを伝える際に、整合性が取れるように線を結んで像をなそうとする。その時に線で結ばれなかった、取りこぼされたものたちが気になってしょうがない、と正直に伝えた。ハノイでは言葉で輪郭を捉え難い表現に会うことが多々ある。だから今日はそのことについて話そうと思う、と。

 まず、ベトナムでは「脱貧困、脱植民地」を掲げ、すでに平等で正しい世界にひっくり返った後である、という前提について話した。そのために政府批判になり得るような貧しさの表現の発露も、社会主義のもとでは一種の美徳とも受け取られ、一方でそれらが検閲をすり抜けるための巧妙なミームであり得るかもしれないこと。また、インタビューを受ける前日に、或るまだ無名の若いベトナム人アーティストの動向が気になって東京からベトナムに電話をかけたこと。どうやらそのアーティストは普段から周囲とコミュニケーションをあまり取らないらしく、結局、その日予定されていたトークイベントにも登壇しなかったらしい。その代わりに、彼は一つの氷の塊と新聞紙をトーク会場に設置したそうだ。新聞紙には、尋ね人の欄に彼の名前と写真があったらしい。恐らく、先日発覚した英イングランド南東部の港にてトレーラーの冷凍コンテナからベトナム人を含む密航者39人の遺体が見つかった事件に対して、彼はこのような行為に及んだのだろう。貧しい家族へ仕送りをするための命がけの出稼ぎ。このことは何度もベトナムで問題視されて来た。“すでに平等で正しい世界”であるはずなのに、この世界の仕組みは少しずつみんなが悲しくなるようにできている。だとしても、ちゃんと全てが“比較的”良い方向へ向かっているはず、なのだろう。そう信じるより他ない。道を彷徨う野良犬と糞、病原菌と強い薬の追いかけっこ。市井の自転車は一斉に原付に変わった。その排気ガスのためにマスクとフードで全身を覆って四人家族で一つの原付に乗る。

 本も情報も入手し難いベトナムで、裸婦画がやっと公にされたような場所で繰り広げられるアートのような何かたち。散文的ではあるがその何かたちについて前もってA4用紙に何枚も文字を起こした。その熱量も虚しく、結局インタビュー中にそこに書いてある文字を何故か発音することができなかった。何を話しても一切伝わらないのではないか、とすら思えて来た。「……。」が多用される記事にはなりませんかね、と記者に尋ねて、なりませんね、と返答をいただいた。それはそうだと思う。言葉にできない私が全くの木偶の坊に感じられた。取材後、記者と近所のもんじゃ焼きを食べに行った。食後、二人でタバコを求めていくらか街を徘徊した。

 階段を登る派とエスカレーターを登る派、エスカレーターにただ乗るだけ派の割合が、その国の様々な事物に関与している、なにかの象徴のようだと思いながらプラットフォームへ向かう。人は多い。

 そうやって、なにも腑に落ちないまま電車に揺られる。揉まれて揺られて乗り換えのタイミングで、ゲロを吐く。駅構内のトイレに走ったけれど見つけられずに、階段を駆け降りきる前に吐いた。すぐに若い女性が自販機の水を持ってきてくれた。吐くことを事前に予感していたかのような間髪を入れない迅速な対応。お水、どうぞ、と言った彼女の声があまりにも高くて、私だって自分が思うより声が高いくせに、声の高い女性を苦手だと感じていたことを恥じて、どうしようもなくなって、すいません、と言って水を受け取る。

 Suicaチャージ残高77円。王子の家には誰もいなくて、私に生理が訪れていた。性別なんてやめたいですよね、と、もんじゃ焼きを食べながら話していた日の夜だったから、もう泣いてしまってもよかったと思う。

 二階の私の部屋の敷きっぱなしの布団に無言で侵入する。いつも鍵の締まっていない玄関が開く音。私の名を呼ぶ2歳児の声帯が小さいが故に高い声。階段を登ってくる2歳児ではない方の足音。障子が開く。

 彼女は手にコップを持っていて、お水でも飲みなさい、と言った。


 次の日、私はトークイベントの場で、もんじゃ焼きと自分の吐いたゲロの写真を並べてみせて、言った。これが言葉になることができなかった、私の大事なゲロだと思うんです。

 結果的に「銀座」のプランは通った。2020年の年明けからオリンピック開幕の夏まで、全都道府県を隈なく回ることになった。聖火ランナーでも、全都道府県は巡らない。

 100メートル走の世界記録はいつか1秒になるのだろうか。なるのかもしれない。テレビもチケットも買う予定はないから、これからもオリンピックを見ることはないのだけれど、1秒の後は0秒を目指すのだろうか。

 預け荷物の受け取りに1時間近く待って、ハノイの空港から家に着くまでの道中、いつものことながら交通事故現場を目撃し、気を抜けばいつでも死ねる世界に帰る。仮住まいの布団に滑り込む。携帯を開く。液晶に表示された時間は忘れた。眠たいのか、液晶の光が眩しいのか解らなくなって目を閉じる。47都道府県に住む眼球たちのこと、まぶたは閉じられているようでも眼球はまだ何かを見ている、などととりとめもない考えは今日も巡り、どこか遠くへ、絶えてゆく。

【遠藤 薫(えんどう・かおり)】
アーティスト。89年生まれ。

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