新しいアメリカの風景/ミヤギフトシ

文字数 2,264文字

 

 国立新美術館で開催中のグループ展『話しているのは誰? 現代美術に潜む文学』に「物語るには明るい部屋が必要で」という新作を展示している。(※展示会は現在終了)写真と映像で構成されたインスタレーションで、スピーカーから男性ふたりの会話が流れており、そのふたりは、私の初めての小説集となった『ディスタント』(河出書房新社、2019年)収録の「アメリカの風景」に登場するクリスと、主人公の僕だ。ふたりは久しぶりに那覇で再会し、過去のこと、それぞれの現在について話しはじめる。

「アメリカの風景」のクリスはアメリカ人の父と沖縄出身の母親を持ち、双子の兄ジョシュがいる。父親は家族と離れ、アメリカに住んでいる。僕は小学生の頃2年間ふたりと、高校生の頃はクリスと時間を共に、そして19歳の一夜をジョシュと過ごすことで、小学生の頃は母親の入院や湾岸戦争開戦の不安、10代の頃はセクシュアリティにまつわる悩みを紛らわし、彼らとの時間に救いを見出す。双子もまた、ハーフとしての生きづらさを抱えて生きている。

 クリスとジョシュの父親は白人だということが、息子である彼らの姿形の描写から分かる。それも、金髪や白い肌、高い鼻など、かなり典型的なものだ。「アメリカの風景」は私がかつて体験したことや覚えた感情の記憶を基にしているが、私の実際の人生にクリスとジョシュのモデルになったような双子は存在しない。それは息の詰まるような日々だった。そんな中で私が救いを求めたのは、映画や音楽といったアメリカの文化で、その多くは白人によるものだ。「アメリカの風景」において引用される映画、文学、音楽も同様だ。幼い私はごく自然に、アメリカの白人文化に憧れていた。幼く無邪気で、いびつな憧れ。その象徴として、双子がいる。

『ディスタント』には「アメリカの風景」とともに、「暗闇を見る」と「ストレンジャー」という2編も収録されていて、僕が自らのセクシュアリティに向き合い、そして名前を手に入れる過程が描かれる。僕は「暗闇を見る」でJ、そして「ストレンジャー」でジャックという名前を手に入れ、ジャックはニューヨークで様々な人たち、ゲイ男性やルーツをアメリカの外にもつ人々と出会う。この「ストレンジャー」の構想がなければ、「アメリカの風景」の双子をあのような描写にするのは躊躇していただろう。沖縄で育ったジャックの成長の過程、そして私自身を形作った大きな要素として、アメリカの白人文化があったことを描かねばならなかった。

「物語るには明るい部屋が必要で」の映像のひとつに、電子ピアノが置かれた室内を撮影したものがある。しばらく無人だが、後半クリスがピアノの前に座り、別の映像から流れるベートーヴェンのピアノソナタ32番第二楽章に合わせて電子ピアノをぽろぽろと弾き始める。今も沖縄で生きづらさを抱え、それについてなかば諦めも感じつつ、僕やジョシュと過ごした小学生の日々が忘れられない。彼にとって、3人でかつて一緒に聴いたこのソナタはかけがえのないものになっていた。だから、電子ピアノを買ってソナタに合わせてぽろぽろと鍵盤を押したりしている、と僕との会話の中でクリスは言う。

 クリスは映像に姿を現す。演者を探すにあたり、アメリカの白人を親にもつ、色白で金髪の男性というそのままの姿ではいけない、と決めていた。「アメリカの風景」から「ストレンジャー」を体験したジャックを描いた後で、私は安易なステレオタイプの再利用はできない。ポリティカルコレクトネスに配慮してというよりも、とても個人的な経験に基づく、自然な流れだった。そして、文章とはまた異なる映像の自由さを試したいという思いもあった。そんな中見つけたのが、橋本清さんだった。舞台演出家で、近年は演者としても活動されている。こちらから連絡してお会いし、話し方や佇まいから、お願いすることに決めた。ブラジル出身であること、小さな頃日本に引っ越してきたことなどを聞いたものの、まだ執筆途中だった台本に影響するのを避けたかったので多くは聞かずにいた。しかし彼の体験してきたことが、何らかの形で映像に立ち現れるかもしれないとも思っていた。

 ピアノのシーンを撮影する日は台風が東京に近づいており、撮影場所の代々木上原駅に着いた途端に土砂降りの雨が降っていたが、撮影を始める頃にはすっかり止んでいた。少し試し撮りなどをしてから、電子ピアノを演奏している橋本さんの後ろ姿を撮り始めた。しばらくして、カメラの液晶画面がじわりと明るくなった。振り返ると、雲間から夕暮れ時の太陽の光が漏れ出ていて、それが部屋を暖かな光で満たしている。液晶の中では光を受けたレースカーテンが微かに揺れて、橋本さんがピアノをぽろぽろと弾いている。不思議な気分だった。『ディスタント』の、その先の風景がカメラの向こうに広がっていた。ピアノソナタ32番が聴こえて、部屋は明るさを増し、ピアノを弾くクリスがいて、私はそれを撮影していた。自分の作った物語の続きが、目の前にある。写真や映像を通してやりたかったのは、いつだってこういうことだったのだと改めて思う。眼前の物語に私は存在しない。カメラの向こう、フレームの外側にはきっとジョシュやジャックと呼ばれた人物がいる、そんな気がしていた。
【ミヤギフトシ】
アーティスト。81年生まれ。小説作品に『ディスタント』

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