群像エッセイ・くどうれいん「一千万円分の不幸」

エピソード文字数 3,578文字


 
あれは14時半まえだった。高校3年生。受験期の夏の教室のホワイトボードには、〝センターまでのこり〟と書いてあり、その先の数字の部分が掠れていた。のこり365日から始まって毎日更新されていたはずのカウントダウンは日に日に書き換えられなくなっていき、週のはじめにだけ担任が更新していた。

〝センターまでのこり〟と、みんなこころの片隅で常に思っているが、だるいふりをしながらそわそわしていた。受験期はよくも1年間そわそわし続けられたと思う。お互いのこころの底を探りあうような、妙な空間だった。真面目になったら負けのような気がしたし、真面目にならないと終わりのような気がした。

 その日は午後のうち二つの授業が自習だった。模試の自己採点と解きなおしに充てるための時間。開け放たれた窓からは、ちょうど涼しい風がたっぷり入ってきた。左右の裾を結ばれたカーテンが風のかたちに膨らんでゆったりと舞い上がる。工藤、工藤。と菊池が小声でわたしを呼ぶ。なに。見てあれ。カーテン? うん、超おっぱい。ばーか。菊池はアメリカンコメディのように肩をすくめておどけた顔をした。

 やれやれとシャープペンシルを握りなおすとまた風が吹いた。ゆん、と、2枚を結ばれたカーテンが膨らむ。確かに、そう言われるとうす橙のカーテンがちょうどグラビアアイドルの水着のように見える。風にも肉体があるのかもしれないな、と思い、慌てて生徒手帳に挟んでいたちいさなライフの手帳を取り出し、「風の肉体」とメモする。

 わたしは文芸部に入部して俳句と短歌と詩と小説と随筆と児童文学を書いていた。文芸部の先輩は、週に2度しかないから楽だと思われていたその部活の後輩たちに「文芸部は24時間部活です」と言った。

 その言葉通り、わたしはただでさえついていくことができない授業の最中、メモに思い浮かぶ限りの言葉を書き連ねていた。文芸コンクールではたくさん入賞し、勉強の成績はついに学年で下から2番目になった。

 勉強に集中しなければならないときほどネタになるようなことがたくさん思いついて困る。時には登校したふりをして、学校の近くの川沿いのベンチで短歌を作り、とにかく学業よりも文芸部のために登校していた。そういうわたしをいちばんよく見ていた顧問であり担任のユミちゃんは、推薦入試である大学の文学部に入る道を提案してくれた。

 サンキュー、安泰。と思った。どうにか県内で進学率の高い高校に入学できて、成績は悪いけれど、部活の功績でよい大学に入ることができる。文学部に入ったら司書になるかもしれないし、学芸員になるかもしれないし、国語教諭になるかもしれない。

 作文が得意だ、俳句をやっている、と言うと、大人たちからは期待のまなざしで「それじゃあ玲音ちゃんは文学部に行って国語の先生になるんだね」と言われた。まったく疑うことなく、きっとわたしはそうなるのがあたりまえなのか、それならそうなろう。と思っていた。ひどく緊張した推薦入試の一次試験は驚くほどあっさり通った。

 面接官の教授には「春からもたくさん作品を書いて活躍してください」とまで言われた。その合格を掛けた二次面接は明日だった。

 カーテンが何度も揺れる。アスファルトのにおいと、女子の制汗剤のにおい。必死に鳴く蟬の声と木々が揺れる音が遠くに聞こえてきもちがいい。顔を上げると誰ひとり窓の外を眺めることなく黙々と勉強している。

 なんか、悪いなあ。わたしだけこんな簡単に受験が終わって。自己採点の不正解に懸命に付箋を貼っている友人を見ると申し訳ない気分になる。

 明日、何時だっけな。机の中から書類を出そうと手を差し入れた瞬間、今度はさっきよりも強い風が吹いた。

 あれ。唐突に青ざめた。背筋を駆け上がるような寒気に襲われて、目を開いたまま呼吸をとめた。わたしはとんでもない予感に打たれた。

(そういえばきょう、何日?)

 心臓が鷲摑みにされるように痛んで、自分の心音が自分の耳から聞こえた。息が浅くなる。目をぎゅっと閉じて、開いて、嘔吐しそうな感覚は口に手を当てて対処した。

(きょう、何日? じゃあ、受験日は?)

 目の前がちかちかした。もう、わかっていた。震える手で取りだしたうす緑色の書類の表紙には、受験日のところにきょうの日付が記してあった。13時集合、13時半試験開始。いま、14時20分。

「先生」

 と、大きな声で言って立ち上がり、教壇で採点作業をしていたユミちゃんのところへまっすぐに歩いた。突然の行動にクラス全員の視線を浴びたことを覚えている。ユミちゃんの、何も言わなくても察したときのその表情を忘れられない。

 「大変お気の毒ですが時間厳守ですので」とその大学の担当者は電話口で申し訳なさそうに、けれど少し呆れたように言った。わたしの入試は終わった。

 仕事を早退して灰色のわたしを引き取りに来た母に、ユミちゃんは聞いていられないくらい何度も、涙声で「わたしがきちんと把握していなかったせいで」と謝罪した。

「それは我が家だって同じです、こんなに良いチャンスを作っていただいたのは先生なのに」

 と、母は謝罪しかえした。推薦入試を受ける生徒は日程管理や面接の練習も原則自身で行っていた。なによりユミちゃんに報告するのにも、家のカレンダーに印をつけるのにも、間違った日程で伝えていたのはわたし自身だった。

 わたしの、こんなしょうもないミスで大人が土下座をする勢いで謝罪をしている。頭の中でいろんな言葉がぐるぐる回って、思考だけが螺旋状に上昇しながらわたしの肉体を離れていくような心地がした。

 母は謝らないといけないのはこちらだから、と自宅への謝罪訪問の申し入れも頑なに断った。

 結局、後日両親とユミちゃんと学年主任と副校長、という地獄のような六者面談が約束されてそのまま早退することになった。

「人生なんてね、そんなもんですよ」

 と母は帰宅する車を運転しながら言った。わたしは鞄を抱きしめるようにしながら助手席に座って否定でも肯定でもないか細い声を出した。

「おなか空かない?」「ん」「お寿司でも買って帰ろうか」「ん」文学部に入って誰よりも喜ぶのは母だったはずだ。こんなしょうもないミス、普段ならもっと叱られるはずだった。母の妙なやさしさとわざと大雑把なふるまいは、わたしの発狂するほどの罪悪感を加速させた。

 おなかは空いていない、と言ったのに母は百貨店に車を停めた。ふらふらとついていくと、そこは宝くじ売り場だった。

「滅多にない不幸が起きたんだから、その分滅多にない額が当たる気がする」

 と、母は意気込んだ。なんだそれ。笑ってみたがぎこちない表情になってしまう。言われるがままスクラッチを3枚買った。削り始めるわたしに「一等の一千万円だったらどうするう?」と母が笑う。引きつり笑いをしながら削り進めると、当たった。三千円だった。

「なんだ、そんなもんか。てことはこの後の人生でもっと、一千万円分の滅多にない不幸が来るよお」

 母は、にひひ、と笑った。縁起でもないことを言うんじゃねえ、と泣き出しそうになりながら、架空の巨大な不幸がいまの不幸をすこし軽くしてくれたことに驚いた。

 結局文学部には進学しなかったし、司書にも学芸員にも国語教諭にもならなかった。ならなかったし、いま思うと、なりたいわけでもなかった。あのミスはありえない、と思うが、その後に選択した人生にいまはまったく後悔をしていない。

 仕事もたのしいし、何より、ひょんなことからこうして随筆を書く機会に恵まれているのは日付を間違えたおかげだ。ユミちゃんとは卒業後たまに食事をしに行くが、そのたびにこの日の話をして、あの時の、青ざめた、顔! などと言って笑っている。母校のありえない伝説として受験生に語り継がれているらしい。

 つらい経験の何もかもが最終的には笑い話になってしまう。つくづくわたしの人生は、行ったり来たりまたいだりしながらも、どの線を選んでも全部あたりのあみだくじだと思う。アスファルトのにおいのする夏の風に吹かれるといつもあの日の自習の教室のことを思い出す。

 いまでも仕事で落ち込む出来事があるとスクラッチを買う。大概外れるか、当たってもスクラッチを買ったのと同じ金額で儲けることはない。その度に、まだか。と思う自分がいる。まだか、わたしの一千万円分の不幸は。かかってこい、一千万円分の不幸。

【くどうれいん】
歌人、作家。94年生まれ。『わたしを空腹にしないほうがいい』

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